青い月の天使~あの日の約束の旋律

夏目奈緖

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 今日はこれからアレクシスさんだけがドイツに発つ。エミリアさんは残る。そして、数日後に帰ってしまう。ユーリーはずっとここにいる。ほんの一時の離ればなれを経験する家族のことを見つめて胸が痛くなった。大きくなったアレクシスさんとユーリーは親の手を離れて自分で道を選択した。みんなこうして歩いて行く道が異なっていくのだと思った。しかし、結ばれた家族は一つだ。そこで、決して仲の良くない家族もいることを思い、それが黒崎家だったことも思い出して、また胸が痛くなった。

 今は昔と違って電話だけで無く、ビデオ通話があるから、顔を見て話すことが出来る。メールやラインだってあるから、メッセージをすぐに届けることが出来る。そして、文章でもコミュニケーションが取れるし、電話でも取れやすい。なんて便利なのだろうと思った。今、アレクシスさんと別れることになるが、16時間後には連絡が取れる環境になる。明日になれば、またユーリーが一貴さんがやらかしたことを報告するのだろう。だから、永遠の別れでは無い。しかし、とても寂しい。

 すると、エミリアさんがアレクシスさんの荷物を持った。手荷物預かりカウンターまで一緒に行くという。そして、俺達に待っていてくれと言った。それにはお義父さんが頷き、アレクシスさんに向き直った。

「アレクシス。離れていても私達は家族だ。お前は何を選んでもいい。今の酒造会社に残っても良いし、バーテルスビスケット会社に移ってもいい。お前の自由にしなさい」
「ありがとう。よく考えてみるよ。酒造会社の方が珍しい酒を手に入れやすいという特典があるんだ。バーテルスビスケット会社にもあるけどな。マスコットキャラクターのアントンの人形を手に入れられる。……晴海君。また会う日まで。どうかお元気で」
「ああ。行ってこい。また帰ってこい」
「晴海お兄ちゃん……」

 晴海さんが泣いてしまった。名残惜しくてたまらないと言った。特に昨夜は語り合っていたし、昔の思い出が蘇ったのだろう。俺は晴海さんの背中をさすった。アレクシスさんは困った顔をして、そして、微笑んだ。それはユーリーにそっくりな笑顔だった。

「母さん。ここでいいよ。みんな、夏樹、じゃあな!」
「うん!またね!連絡してね!」
「もちろんだ。二葉、いつでもドイツに来い。ただし、こっちでやることが無くなった後だ」

 アレクシスさんが二葉の頭を撫でた。そして、スーツケースを持って、俺達に背を向けた。その後ろ姿を見つめて、もう彼が振り返らないと分かり、俺達も帰ることにした。

「晴海お兄ちゃん。大丈夫?」
「泣かないと決めていたのに……」

 晴海さんの両目からは大粒の涙が流れ落ちた。それをハンカチで拭いているが、あっという間に布の多くの面積が涙で濡れてしまい、それでも涙は流れ続けるから、俺のハンカチを貸すことにした。俺も泣くかも知れないと思って3枚持ってきてある。しかし、俺は薄情になったのか、涙は一つも落ちてこなかったという結果になってしまった。

「お兄ちゃん。3枚持ってきてあるんだ。使ってよ」
「すまない」
「いいよ。アレクシスさんも嬉しかったと思うよ。こんなに泣いてもらえるなんてさ。あ、エミリアさん……」

 晴海さんの隣にエミリアさんが立った。そして、彼女もハンカチを貸してくれた。そして、昔はごめんねと言った。親戚の叔母さんのようにして同じ家に暮らしていたのに、ちっとも叔母さんらしいことをしていないのだという。それは晴海さんの教育のためだ。エミリアさんはお客さんであり、もてなしはしても、甘えてはいけない存在だとお義父さんから躾けられていたのだという。俺はそれを聞いて、お義父さんに腹が立ってきた。もちろん、半分冗談だ。

「お義父さん!また息子を泣かしているよ~」
「すまない。晴海。帰ろう。エミリアはまだいるから、ゆっくり話すと良い」
「ああ。そうする……」

 晴海さんが顔を上げた。顔が真っ赤になっている。晴海さんは繊細だから、心の中が心配になった。しかし、俺が構うと、もう大丈夫だと言って歩き出した。その後ろ姿は逞しくて、頼りになる人だと思った。

(また会う日まで。どうかお元気で……)

 もうすでに人の波で見えなくなってしまったアレクシスさんに向けて、心の中でお別れをつぶやいた。するとなんだか俺まで悲しくなって、ほろりと涙がこぼれたのだった。
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