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すると、朝陽が慌ててスマホをズボンのポケットの中に入れた。全部聞かれてしまったとは思っていないかも知れない。俺は結構長く話を聞いてしまったから、その分だけ多くごめんと何度も言った。
「……聞いてたの?」
朝陽の声は小さく震えていた。怒っているというより、見られたくなかった気持ちが滲んでいると思った。そこで、俺はペットボトルのコーヒーを差し出した。
「……ごめん。君の部屋に行こうと思って歩いていたら、聞こえてきたんだ。はい。買ってきたやつ。さっき渡しそびれて」
「……ありがとう。優しいね」
朝陽が視線を落としたまま、両手で受け取った。その手が少しだけ震えていた。そして、彼の言葉に、さっきの六槍さんの声が頭をよぎった。
(優しいって言葉、君、よく使うよね、か……)
まるでその言葉が今、空気の中に残っているようで、胸がざらついた。
「さっきの……、六槍さん?」
「うん……。ちょっと、話していただけ」
「話してただけの声じゃなかったね、あ、ごめん」
思わず、少し厳しい言い方になってしまった。俺がまた謝ると、朝陽が顔を上げ、困ったように笑った。
「夏樹。誤解しないで。六槍君は僕のことを心配してくれてるだけだから」
「そう?喧嘩していたんじゃないの?なんだか厳しいことを言われていたような気がするんだけど……」
「そんなのじゃないよ」
すると、朝陽がうつむき加減でペットボトルを見つめ始めた。そして、表面についた水滴が、ぽたりと指先に落ていった。
「……俺、怖いんだと思う」
「何が?」
「明日もそうだけど……。自分の気持ちが分からなくなりそうで……」
「六槍さんのこと?」
「うん……。六槍君は優しいよ。さっきはちょっと怒られたみたいになったのは、俺が折り返しの電話を早くしなかったからなんだ。ちょうどここに来たときに電話が鳴って、すぐに出ないと、今度は連絡が取れなくなるんだ。だから、ここで話していたんだ。それと、六槍君にちゃんと話していなかったことがあったからなんだ」
「何の話?」
「こ、このキスマークのことだよ……。昨日の夜、ビデオ通話をしたときに気づかれて、どうして何も言わないんだって怒られたんだ。ちょっと機嫌が悪いっていう感じだよ。でも、喧嘩じゃないんだよ」
「そっか。六槍さんのことはどう思っているんだよ?付き合っていないって言っていたけどさ……」
「えーーっと……」
朝陽はその問いに、すぐには答えなかった。ペットボトルを握る手が、わずかにきゅっと音を立てた。ラベルの端が指の跡で少し歪んでいる。俺は黙って待った。急かしたくはなかった。しかし、廊下のエアコンの風の音が妙に耳につくほど、沈黙が長く感じられた。そして、ようやく、朝陽が小さく呟いた。分からないんだと。
「六槍君のこと、嫌いじゃない。むしろ、感謝してるよ。いろいろ助けてもらったし……。俺が誰にも言えないことを、聞いてくれた人だから。でも、六槍君と話していると、自分が変になるんだ。泣きたくなったり、笑ったり、よく分からない気持ちになる。だから、“好き”なのか、“怖い”のか、自分でもよく分からないんだ」
朝陽の言葉に、胸の奥が少し痛んだ。そして、さっきの六槍さんの言葉を思い出した。あの、柔らかくて、それでいて息が詰まるような声音も。優しさと支配の境目を、朝陽は今、踏み越えそうになっているのかもしれなかった。
「……夏樹」
「どうしたの?」
「俺、悪い子なのかな」
「どうしてそう思うの?」
「六槍君が言ってたんだ。“いい子だね”って。……でも、あの言い方が、少し怖かったんだ。褒められてるのに、どうしてか泣きたくなったんだ」
朝陽が顔を上げた。瞳の奥が、わずかに濡れていた。その表情に、胸がぎゅっと締めつけられる感じがした。そこで、俺はそっと朝陽の名前を呼んで、彼の肩に手を置いた。
「誰かに“いい子だ”って言われるのは、嬉しいことだよ。でも、それが“その人のためにいい子でいなきゃ”って意味になるなら、それは優しさじゃないよ」
「あ……」
朝陽は何かを考えるように、目を伏せた。俺の言っていることは六槍さんとの仲を裂くようなことかも知れない。ただ、大丈夫だと言ってもらいたかったのだと思った。しかし、俺はそれは言えない。正直でありたいからだ。六槍さんのことは危険な人だとは思っていない。朝陽のこともとても好きなのだと思う。しかし、朝陽が戸惑っているなら、そこははっきりさせた方が良いと思った。
「……聞いてたの?」
朝陽の声は小さく震えていた。怒っているというより、見られたくなかった気持ちが滲んでいると思った。そこで、俺はペットボトルのコーヒーを差し出した。
「……ごめん。君の部屋に行こうと思って歩いていたら、聞こえてきたんだ。はい。買ってきたやつ。さっき渡しそびれて」
「……ありがとう。優しいね」
朝陽が視線を落としたまま、両手で受け取った。その手が少しだけ震えていた。そして、彼の言葉に、さっきの六槍さんの声が頭をよぎった。
(優しいって言葉、君、よく使うよね、か……)
まるでその言葉が今、空気の中に残っているようで、胸がざらついた。
「さっきの……、六槍さん?」
「うん……。ちょっと、話していただけ」
「話してただけの声じゃなかったね、あ、ごめん」
思わず、少し厳しい言い方になってしまった。俺がまた謝ると、朝陽が顔を上げ、困ったように笑った。
「夏樹。誤解しないで。六槍君は僕のことを心配してくれてるだけだから」
「そう?喧嘩していたんじゃないの?なんだか厳しいことを言われていたような気がするんだけど……」
「そんなのじゃないよ」
すると、朝陽がうつむき加減でペットボトルを見つめ始めた。そして、表面についた水滴が、ぽたりと指先に落ていった。
「……俺、怖いんだと思う」
「何が?」
「明日もそうだけど……。自分の気持ちが分からなくなりそうで……」
「六槍さんのこと?」
「うん……。六槍君は優しいよ。さっきはちょっと怒られたみたいになったのは、俺が折り返しの電話を早くしなかったからなんだ。ちょうどここに来たときに電話が鳴って、すぐに出ないと、今度は連絡が取れなくなるんだ。だから、ここで話していたんだ。それと、六槍君にちゃんと話していなかったことがあったからなんだ」
「何の話?」
「こ、このキスマークのことだよ……。昨日の夜、ビデオ通話をしたときに気づかれて、どうして何も言わないんだって怒られたんだ。ちょっと機嫌が悪いっていう感じだよ。でも、喧嘩じゃないんだよ」
「そっか。六槍さんのことはどう思っているんだよ?付き合っていないって言っていたけどさ……」
「えーーっと……」
朝陽はその問いに、すぐには答えなかった。ペットボトルを握る手が、わずかにきゅっと音を立てた。ラベルの端が指の跡で少し歪んでいる。俺は黙って待った。急かしたくはなかった。しかし、廊下のエアコンの風の音が妙に耳につくほど、沈黙が長く感じられた。そして、ようやく、朝陽が小さく呟いた。分からないんだと。
「六槍君のこと、嫌いじゃない。むしろ、感謝してるよ。いろいろ助けてもらったし……。俺が誰にも言えないことを、聞いてくれた人だから。でも、六槍君と話していると、自分が変になるんだ。泣きたくなったり、笑ったり、よく分からない気持ちになる。だから、“好き”なのか、“怖い”のか、自分でもよく分からないんだ」
朝陽の言葉に、胸の奥が少し痛んだ。そして、さっきの六槍さんの言葉を思い出した。あの、柔らかくて、それでいて息が詰まるような声音も。優しさと支配の境目を、朝陽は今、踏み越えそうになっているのかもしれなかった。
「……夏樹」
「どうしたの?」
「俺、悪い子なのかな」
「どうしてそう思うの?」
「六槍君が言ってたんだ。“いい子だね”って。……でも、あの言い方が、少し怖かったんだ。褒められてるのに、どうしてか泣きたくなったんだ」
朝陽が顔を上げた。瞳の奥が、わずかに濡れていた。その表情に、胸がぎゅっと締めつけられる感じがした。そこで、俺はそっと朝陽の名前を呼んで、彼の肩に手を置いた。
「誰かに“いい子だ”って言われるのは、嬉しいことだよ。でも、それが“その人のためにいい子でいなきゃ”って意味になるなら、それは優しさじゃないよ」
「あ……」
朝陽は何かを考えるように、目を伏せた。俺の言っていることは六槍さんとの仲を裂くようなことかも知れない。ただ、大丈夫だと言ってもらいたかったのだと思った。しかし、俺はそれは言えない。正直でありたいからだ。六槍さんのことは危険な人だとは思っていない。朝陽のこともとても好きなのだと思う。しかし、朝陽が戸惑っているなら、そこははっきりさせた方が良いと思った。
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