青い月の天使~あの日の約束の旋律

夏目奈緖

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 俺達は自動販売機の前で、機械音が聞こえるぐらいに静まりかえった。俺の言ったことが朝陽が六槍さんから離れるきっかけになってしまうだろうか。できれば2人には一緒に居てもらいたい。六槍さんが朝陽を見る目は優しくて、鈍い俺でも十分に気持ちが伝わってきているからだ。

「……六槍君のこと、嫌いじゃないんだ」

 朝陽はもう一度、ゆっくりと繰り返した。まるで、自分の中で確かめるようだった。俺は静かに次の言葉を待った。

「俺、時々分からなくなるんだ。何を話しても、六槍君は“分かっているよ”って言ってくれるのに、俺の中の何かが、置いていかれる感じがするんだ」

 朝陽の声は穏やかだったが、そこにはかすかな疲れが混じっていた。そして、視線を落とし、ペットボトルのキャップを指でなぞりながら続けた。

「俺、誰かに“分かってる”って言われるの、ずっと憧れてたんだと思う。自分でも何を考えてるか分からないときがあるから……。だから、そう言ってくれるだけで、安心する。でも、六槍君の“分かってる”って言葉を聞くと、どうしてなのか、怖くなるんだ」
「怖くなる?」
「うん……。まるで、俺の考えが全部、見透かされてるみたいで。嘘をついたわけじゃないのに、責められてる気がする。優しい声なのに、逃げられない感じがして……」

 すると、廊下の静けさの中で、エアコンの低い唸り音がまた響いた。それがやけに現実を引き戻して、俺は息を整えた。朝陽は今、色んな事を乗り越えようとしている。そばに居る者として手を繋ぎたいと思った。

「朝陽。君が怖いと思うのは、悪いことじゃないよ」
「……そうなの?」
「うん。怖いって思うのは、ちゃんと自分を守ろうとしてる証拠だよ。人に“優しくされてる”のに苦しくなるときって、それはたぶん、心が“少し違う”って言ってるんだ」
「そっか……」

 朝陽が唇をきゅっと結んだ、そして、小さく笑おうとしたのに、うまく笑えないと言った。俺は心が苦しくなり、朝陽の肩を何度もさすった。

「夏樹は、六槍君のこと……、どう思う?」
「俺?」
「うん。なんか、夏樹って、人の本性を見抜くの得意だろ?」

 少し冗談めかした口調だったが、その奥には、自分の気持ちや六槍さんの気持ちの答えを求める気配があった。そこで、俺は視線を外さずに、静かに言葉を選んだ。

「六槍さんは君に本気だと思うよ。でも、その“本気”の形が、君に合うかどうかは別だけど」
「……合うか、どうか?」
「うん。朝陽にも心がある。六槍さんにもある。2人の気持ちが合わないと話はまとまらないよ。もしかして、六槍さんって、朝陽のことを縛りたい人なのかな?朝陽のことを見ているようで見ていないとか?」
「……それって、俺のことをちゃんと見てないってこと?」
「そうじゃないよ。見ているけど、“見たいように見ている”だけに感じるとか……。まだしっかりと話をしていないんじゃないの?」

 俺がそう言うと、朝陽は長い沈黙の後、ぽつりと呟いた。やっぱり、夏樹は優しいねと。恋愛の後押しをする言葉だったからだろうか。それなら、朝陽は否定されたかったことになる。あんな人、やめておけとか、そういう言葉が欲しかったのだろうか。

「またそれ?俺、そんなに優しいかな~?」
「夏樹は優しいよ。でも、優しいの意味を、俺、たぶん間違ってたのかもしれない」
「どういうこと?」
「六槍君に言われる“優しい”は、“従順でいてくれる”ってことだったのかも。俺、そうじゃなきゃ嫌われると思ってた。でも、夏樹の“優しい”は、ちゃんと考えてくれる優しさなんだね」
「六槍さんだって、君のことを考えているんだよ」
「うん。分かっているよ。好きだよ。六槍君のこと」
「ごめん。説教みたいだったね」
「ううん。なんか……、少し楽になった」

 それは小さな声だった。しかし、確かに朝陽はそう言った。彼の手の中で、冷たいコーヒーの水滴がまた、ぽたりと床に落ちた。

「明日、会うんだろ。倉口さんに」
「うん。お兄ちゃんも一緒に来てくれると思うけど……」
「黒崎さんは行くよ。朝陽のことを放っておくわけないじゃん。玄関先で話すんだろ。どっか、近くで待ってくれているよ」
「そうだね。俺、なんか情けないよ。人に頼ってばかりだよ」
「大丈夫だってば。じゃあ、今日はもう休もう。明日も忙しいよ」
「うん。……ありがとう、夏樹。じゃあ、おやすみ」
「おやすみ。しっかり休んでね」
「うん」

 朝陽は頷き、微かに笑った。その笑顔を見て、少しだけ安心した。しかし、心の中では、六槍さんのあの言葉がまだ消えていなかった。

(今度は僕に吸わせて、君の肌……、か。まだ朝陽には早いんじゃないかな……)

 俺は息を詰め、濃密な空気感も思い出した。朝陽は驚いたかも知れない。それとも、いつも言われているのだろうか。あんなことを言われたら戸惑ってしまうだろう。

 部屋へ戻る途中、ふと、スマホが震えた。画面を見ると、“六槍”の名前があった。そこにはラインの短いメッセージが一つだけ表示されていた。――今日はお疲れ様でした。明日も朝陽君のことをどうかよろしくお願いしますと。

 なんていうタイミングだろう。俺はしばらく立ち止まり、画面を見つめた。まるで見られていたみたいだと思った。そして、息をひとつ吐いた。明日は長い一日になりそうだと思いながら。
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