青い月の天使~あの日の約束の旋律

夏目奈緖

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25-34(黒崎視点)

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 14時。

 副社長室にて執務中だ。デスクの上には、今も昔も変わらぬ黒崎製菓の“骨格”を示すような古い資料が積まれている。30年前の販売データ、工場の改修計画書、当時の社長である父の署名入りの議事録。紙の端には年月の黄ばみが染み込み、まるで時間そのものが形を持って残っているようだった。

 昼の光がブラインドの隙間から差し込み、机の上に細く白い線を描いている。その光を目で追っていたとき、デスクの上のスマホが小さく震えた。画面に表示された名前を見て、少し意外に思った。六槍からだった。

 今は、朝陽と一緒にいるはずだ。マリーズカフェで落ち着いて過ごしていると聞いていたから、連絡が入るとは思わなかった。何かあったのか。あるいは、報告か。六槍が“ただ報告のため”に電話をかけるような男ではない。目的を持って動く人間だ。冷静でありながら、常に“何を手に入れるべきか”を考えている。カフェで落ち着いた後にそれぞれの家に帰ったのか。まさかとは思うが、喧嘩をしたのだろうか。いや、それはないと言える。狡猾なところがある六槍がそうするわけがない。朝陽と離れることなど、そんな材料になる種をまくわけがない。また、彼のことを頼っている朝陽が争いの種をまくはずもない。そこで、電話に出ると、相変わらずの落ち着いた声が耳に届いた。

「副社長。お忙しいところ、失礼いたします。今、お話ししてもよろしいでしょうか」
「かまわない。……朝陽はそばにいるのか?」
「ええ。今は少し席を外しています。マリーズカフェにいますが、高校時代の同級生から電話があったようでして。……静かにしておいた方がいいと思いまして」

 六槍の声は、丁寧で抑揚が少ない。しかし、その抑制された響きの奥に、かすかな熱が潜んでいる。理性の下に、どんな思いを抱えているのか、俺はすでに知っている。今回の旅で自分が蚊帳の外に置かれたことを恨んでいるのだろう。今後、俺が倉口や谷本との交渉の窓口になることで、また外に出されやしないかと思っているのだと感じた。高校の同級生からの電話は朝陽のことを心配してのことだろう。向こうで何があったのか、六槍は見ることができなかった。

「……なるほど。朝陽は落ち着いているか?」
「はい。思ったよりも穏やかです。少し疲れは見えますが、表情は柔らかい。……“僕がそばにいるから大丈夫だ”と伝えたら、微笑んでくれました」

 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥にゆるやかな安堵が広がった。そして、同時に、心のどこかで、微かに重い音がした。“僕がそばにいる”。その言葉には、ただの気遣い以上の響きがある。

「……そうか。君には、いろいろと迷惑をかけている」
「とんでもありません。僕は朝陽君のそばにいたいんです」
「朝陽に無理をさせないでくれ。まだ気持ちの整理がついていないはずだ」
「承知しています」

 六槍はすぐに応じた。しかし、その声にはどこか柔らかい笑みが混ざっているように聞こえた。これ以上、蚊帳の外にするのなら、自分も考えていることがあると言いたそうだ。俺ならそう考える。そして、朝陽のことを奪うだろう。しかし、俺たちは敵ではない。朝陽とのことを反対していない。ただ、朝陽の意思を尊重しただけだ。

 もしも俺が夏樹のことを蚊帳の外にされたなら、黙っていられるはずがない。何か問題が起きて、中山の義父が交渉の窓口になると言ったなら、俺は静かに待っていられるだろうか。いや、そういうわけにはいかないだろう。義父から夏樹のことを奪い取るかもしれない。

 今回のことでは朝陽の遠慮を押し切ってでも、六槍を同行させればよかったのか。俺はそれでもよかった。六槍の気持ちを考えなかったわけではない。しかし、朝陽のことを思うと、恥ずかしいという気持ちは分からないわけがなかった。
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