夏椿の天使~あの日に出会った旋律

夏目奈緖

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25-7(夏樹視点)

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 19時半。

 目が覚めると、リビングのソファーで寝転がっていた。頭痛が起きて呻いた。黒崎が冷たいタオルを持ってきて、頬に当ててくれた。みんなが帰るときにソファーに寝転がって挨拶だけをした。明日電話をかけて謝る。

 あの時のことを思い浮かべた。ご迷惑をおかけしました。そう言っている優しい声が聞こえたから目を開けると、女性から濡れタオルを交換してもらった。それは佐久弥達のお母さんだった。そばでは、佐久弥がシュンとしていた。理久のことを家に連れて帰った後、さっき、お見舞いに来てくれていた。

 まさか、お母さんだと思わなかった。佐久弥とは17歳しか年齢差がないそうだ。血のつながりがないとは思えないぐらいに、雰囲気が似ていた。

「お前はな……」
「ごめんなさい……」

 顔のほてりと頭痛が治まった後、黒崎から叱られた。静かな声で。酒に弱いことが分かっていながら、甘酒を何杯も飲んだこと、フラつきが出た時点でやめるべきだったこと。理久も酒に弱いことが分かったなら飲むのをやめること。そのままダラダラ続けるなと。

「だって、理久君の話が面白かったんだもん……」
「飲まずに話せるだろう?」

 理久が厳選した材料を持って来たというから興味があり、細かくレクチャーを受けた。サエキ酒造が長年使っている米麹は、50年来の付き合いのある会社のもので、黒崎製菓でも使ったことがあるという。水は精製水にしたそうだ。バランスを見るために。ほかほかのご飯は自宅で炊いたもので、佐久弥が忘年会でもらった景品の炊飯器を使った。すでに市場に出回っていないものだ。後継機もでていない。設計者が職人気質で量産が難しく、メーカーが嫌がった経緯があるそうだ。

「理久が炊飯器の制作者に薫陶を受けたわけだよ。佐久弥の友達が設計者でさ……」
「影響を受けたのか。素晴らしいことだ。試飲ができなかったが……」

 ほかほかご飯に麹を入れて冷ます。その後は、本来は濡れふきんをかけて保温する。甘酒製造機がベストな適温を保つことで、最高に美味しい甘酒に仕上がるというコンセプトだと教えてもらった。

 黒崎たちがピアノのそばに居る間、試飲をしてきた。ほんの少し苦みがあり、あれやこれやと試してみて、改善点を話し合っていた。その後は記憶にない。アルコールに弱いことを語り合っているうちに、甘酒がすすんでいた。それが今回の結果につながった。

「黒崎さん。まだ頭痛がするんだよ~」
「嘘つけ。ドーナツが食べられるようになった」
「胃が空っぽなのは良くないからだよ~。無理に食べているんだ」
「……胃もたれするだろうが」
「これは焼きドーナツだもん。あっさりしてるよ~。甘さ控えめだし」
「バカヤロウ。去年は大けがして、今年は急性アルコール中毒になりかけていたんだぞ。反省しろ」
「うっうっ。反省してるってば、ひっく」

 本気で反省している。目が覚めた時は黒崎が慌てていた。大ごとになっていれば病院へ搬送するが、そこまでではなかったと言っていた。

「ごめんなさい。反省しています」
「これ以上は言わない。何もなくてよかった」
「うん。汗のにおいがするよ。慌てさせたんだね……」
「クーラーを弱めているからだ。明日は七夕だ。庭で準備をしないか?」
「いいの?庭に出るなって言ったのに」
「俺がいる。記念日だ」
「うんっ。二年前だね。うへへ」

 二年前、俺達は付き合い始めた。黒崎の方をちらっと見ると恥ずかしがるかと思ったのに、動じていなくて、俺のことを抱きかかえるように立ち上がらせた。えらく優しい。たまには心配させるのも良いと思ったことは口にしないようにした。
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