【完結】王国中の穢れを集める「毒の器」の私を捨てた国王様へ。銀狼騎士団長の十年来の執着で「愛の器」になったので、二度と戻りません。

Marine

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# act6.膝の上の朝食

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 ノックの音。扉が開いて、誰かが入ってきた。
 あ、ジーンだ。
 起きなきゃいけない……けど、なかなか瞼が上がらない。
 
 今日は王宮を離れて三日目の朝だわ……。
 体調はさらに良くなっていて、体は軽いのに。
 昨日は遅くまで離してもらえなかったのと、この膝の上が心地よすぎるせいだわ。
 ごつごつした大きな手が、髪を優しく撫でてきて、また瞼が重くなってしまう。
 王宮ではこんなに安心して深く眠れたことはなかったわ。
 いつも浅い眠りと苦痛の中で、なんども寝返りを打っていた。

「……行けると思うか?」

 低い声が優しく響く。
 まるで、幸せが溢れてくるようで、嬉しくて顔がにやけてしまう。
 ジーンの返事が聞こえてきて、夢の中に、現実がだんだんと染み込んでくる。
 扉が閉まった音と共に目が開いた。
 
 彼はシャツとズボンを身につけていたが、私は裸だった。
――大切そうにシーツにくるまれてはいたが。

「今、ジーンが?」
「起きたか……体は大丈夫か?」
「もしかして、ジーンにみっ、見られ……」
「侍女は、私生活を『見ない』ことになっている」

(えっ、本当に?)

 扉が二回、コツコツとノックされ、ほんの少しだけ開いた。

「朝食をお持ちいたしました」
「入れ」
「失礼します」

 ジーンがワゴンを持って静かに入ってきた。目線はずっと床に固定されている。
 さすがプロね、こんな状況でも動じないわ。

「テーブルとベッド、どちらにお運びいたしますか?」
「ベッドに」
「かしこまりました」

 配膳をする彼女の顔は……。
 
(真っ赤じゃないの!)

 銀狼の騎士がここまで私に夢中になってくれている。それがなんだか、くすぐったくて、嬉しくて。
 
 でもこんなところを見られるなんて……やっぱり恥ずかしい。
 これからもこんな風なの? 慣れるなんてできそうもない。
 もうこれは、考え方を変えるしかないわ。

 そう、こんなに膝の上で甘やかしているってことは、アレクセイ様は私にベタ惚れってこと。
 つまり、私が彼を陥落したところを目撃されただけって考えれば……うん、いけそう。
 「かえって箔が付く」と思えばいいのよ。
 私は赤くなった顔を隠すように彼の胸に顔を寄せた。

 ベッドに二つのトレイが置かれ、その上に簡単な、でも美味しそうな食事が並べられていく。
 ジーンは「失礼しました」とだけ言って、そそくさと出て行ってしまった。
 
 私の前には蜂蜜パイとスープ、紅茶。
 彼の前には黒パン、チーズ、燻製肉が置かれていた。

「黒パン、いつも召し上がってますね。どんな味なんですか?」
「硬くてまずいぞ」

 その言い方が少しだけ面白かった。
 自分がいつも食べているものをまずいだなんて。
 まるで、私の目線で話しているみたい。

「そのまずいパン、少し頂けませんか?」
「ほら」

 彼は小さくちぎった黒パンを口元にもってきた。
 
『あーん』だなんて、幼児になったみたいで恥ずかしすぎる。
(あっ、考え方を変えないと……)
 で、でも、これがこの男の陥落の証なんだわ。
 私の魅力に参っちゃって、こんなことをしちゃうのよ。
 銀狼の騎士を骨抜きにしたんだもの、付き合ってあげなくもないわ。
(ドキドキ……)
 
 私は素直に口を開けた。
 唇に、剣ダコのある硬い指先が触れる。
 その瞬間、昨夜の記憶――この指が私の何を愛で、どこを辿ったのか――が一気に甦ってしまった。
 耳がじわっと熱くなるのを感じながら、口に入れられた黒パンを咀嚼する。
 心臓の音がうるさすぎて、味なんて分からなかった。
 
 結局、蜂蜜パイもあーんされてしまった。
 このパイは後宮でよく出てきたものに似ている。
 みんなでわいわいと笑いながら、色とりどりの菓子を囲んでいた令嬢たち。
 ……私はいつも、その輪の少し後ろで、彼女たちが食べ残したものを片付ける役割だった。
 「友達」だと思っていた子に、毒見を頼まれたり、嫌な役目を押し付けられたり。それでも私は、そこに居場所があるだけで幸せだと思い込もうとしていた。
 でも、彼女たちは五年もすれば幸せそうに嫁いでいき、私だけが「毒の器」として、あのカビ臭い離宮に置き去りにされた。
 
「どうした? ほら、次だ」

 膝の上で蜂蜜パイをあーんされていても、彼の片腕はしっかりと私を支えている。
 後宮では、いつ捨てられるか、という恐怖に怯えていた。
 でも、今は違う。
 この温かい拘束は、絶対に私を放さないという意志を感じる。
 
 食事が終わると、彼は私を抱き上げたまま浴室へ向かった。
 私が自分で洗うと言っても聞かず、まるで壊れ物を扱うように、指の腹で全身を丁寧に洗われてしまった。
 湯あみの後、服も着替えさせられて……こんなに甘やかされたら、私、駄目になってしまいそう。

 腰は大丈夫かと散々心配されて、歩けることをアピールしなければいけなかった。
 本当は足の付け根が少し痛いし、腰はふらつくけど、ずっと寝てるなんて御免だわ。
 寝室のドアの前に立ったとき――

「メリザンド」

 振り向くと、アレクセイの唇が触れてきた。
 彼はまるで、もうひとつの朝食のように私の唇を心ゆくまで味わうと、そっと離れた。
 そして、私の髪と襟を整えながら、耳元で低く囁く。

「ここからは『公』だ。できるな?」
「……はい」

 私の表情を確認してから、彼は小さく頷いて扉を開けた。
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