【完結】王国中の穢れを集める「毒の器」の私を捨てた国王様へ。銀狼騎士団長の十年来の執着で「愛の器」になったので、二度と戻りません。

Marine

文字の大きさ
22 / 39

# act21. 蜂蜜の口づけ

しおりを挟む

「メル、そろそろ起きるぞ」
 耳元で囁く声と、重なる唇。
 寝ぼけ眼のまま応えると、挨拶代わりのキスがねっとりと深くなった。
 ぼんやりとした意識が、甘い熱でとろかされていく。
 
 起きろ、と言われても腰がだるすぎる。
 昨日あんなにしたのは誰のせいなの、と記憶をたどると、抱き上げながら『どこに置いたらいい?』と必死に言われたことを思い出した。
 
 その後はベッドで『寂しかった』だの『もっと早く言ってほしかった』だの、甘えながら訴えたらしい……。
 らしい、というのは記憶が曖昧だからだ。
 途切れた記憶の奥にあるのは、彼が『もう二度とそんな顔はさせない』と低い声で囁き、執拗に私の奥を愛し抜く感覚だけ。
 ……やっぱり、この体の怠さは、私が彼を煽ってしまったせいなの?

 ココッ。
 軽い二回連続ノックに、びくっと背を強張らせた。

「しっ、失礼いたします。ジーン殿より、奥様の在室確認がきております」

 カイの硬質な声が朝の甘い空気を破る。
 若干、いつもより噛み気味だ。
 その声から守るようにアレクセイは懐深くに私を抱き寄せた。

「在室だ。朝食はここで……」

 言いかけた彼の袖を慌てて引っ張った。
 先日は何とか誤魔化して、見られる恥ずかしさに耐えたけど、やはりベッドの上での朝食は恥ずかしすぎる。
 二人が情熱的に乱れた痕跡がシーツに残っているし、何よりこの空気の中に入り込まれるのが嫌だった。

「朝食室に行くわ」
「立てるか? 昨日はあんなに泣かせたし、種もたっぷりと……」
「だ、大丈夫ですから!」

 騎士という人種の、事実をありのままに報告する習性は、こういう時だけは本当に困る。

「……では、朝食はサンルームに変更だ」
「はっ」

 短い返事を残して、カイの気配が消えた。

「サンルーム? 三階の」
「ああ。この部屋でなければいいのだろう。朝食室は公だ。まだ私は君とゆっくり過ごしたい」

 彼はベッドの中で『二度と寂しい思いはさせない』と言っていた。
 本当にその通りにしてくれている。
 騎士は一度口に出したことは絶対に守ると聞いたことがあるけど、その律義さ、不器用さが……堪らなく……愛おしい。

 サンルームに着くと、すでに朝食の準備が整えられていた。
 人払いされた、二人だけの空間。
 ほどよく落ち着いた広さのガラス張りの部屋は、朝の光に満ちていた。
 上半分は青空が広がり、下半分は中庭の石畳を見ることができる。
 アレクセイはソファにゆったりと腰を下ろすと、外を見ている私に向かって自分の膝を叩いて見せた。

「ここへ」

 瞬時に顔が熱くなった。
 
(もうっ、恥ずかしいわ……でも昨日の彼の拒絶を考えると、私が受け入れてあげなきゃ)

 私は彼の逞しい膝の上に乗った。
 これにだんだん慣れていきそうで――怖い。

「また黒パンを食べてみるか?」
「はい」

 小さくちぎったパンを口元に運ばれて、口を開けてそれを受け入れる。
 前回は味も分からないほど恥ずかしかったが、今回は味わう余裕ができたようだ。
 黒パンは硬くて少し酸味があった。噛んでいると穀物の旨味を感じる。
 いつも食べているパイや白パンよりも、力が湧いてくる味だ。

「君のパンも食べてみたい」

 そう言われて、蜂蜜がたっぷり巻かれているロールパンをカットしてフォークで彼の口元に運んでみた。
 彼は素直に口を開けて食べていて――近衛騎士団長にあーんをするなんて、この光景を見たらカイは失神しちゃうんじゃない?

「甘いな」
「アレクセイ様は甘いものをあまり食べないのね」
「君は好きなんだろう?」
「はい、特に蜂蜜が大好きなの」
「…………」

 一瞬、彼の目が痛ましげに細められた気がした。
 けれどすぐに、愛おしげな熱を帯びて私を見つめる。

「でも、甘いものは体の疲れをとるそうよ。たまには……」
 話し続ける私の顎が彼の指に捕らわれた。

「食べている。――こうやって」

 唇が合わさり、私は自分が堪能される番なのだと悟った。
 本当に、彼とのキスは蜂蜜より甘くて、必要な栄養なのかもしれない。
 舌を絡めてゆっくりとお互いを味わい合う。
 私の喉がこくりと動いた時、彼は満足げに唇を離した。
 甘さに蕩けた脳がゆっくり動き出していく。
 
「……でも、まだ信じられないわ。あの日記には全然覚えがないから」

 呟くと、彼は頷いた。

「……おそらく、王直属の魔術師の仕業だろう。生半可な術師では太刀打ちできない」
 彼の声が、地を這う獣の唸りに似た低音に変わる。
 その瞬間だけ、邸を満たす穏やかな空気が凍り付いた。

――そんなに、私のことで傷つかないでほしい。

(でも、湖で感じたあの不思議な感覚……あれがあったから、受け入れられた。あの日記は本当のことなんだと心が納得している)

「そういえば、日記にあった『私の体質を治す』ってなに?」
「君は毒を体に集める体質だ。だが、聖石があればその体質は治るんだ」
「えっ、聖石……あれは伝説じゃないの?」
「……まあ、金と力は使った」

 さらりと言うけど、それがどれほど大変なことか、薄々だけど分かってしまう。
 
「それってどこにあるの?」
「この邸の地下だ。絶対に盗まれないように地下に封じ込めた。その力はこの邸全体をカバーできるほど強力だからな。……この邸は聖石を守るための要塞というわけだ」

「……まさか全部、私を迎え入れるための準備だったの?」
「君が、二度とあんな寂しい場所に戻らなくて済むようにな」

 彼は恥ずかしそうに少しだけ視線を逸らして言った。
 
 その姿に、胸が痛いほど波打った。
 彼が私を手に入れるために諦めてきた普通の幸せ。
 それを取り戻してあげたい。
 
「……メル、どうした?」
「もうちょっとだけ……」
 
 私は彼の首に手を回して、自分からキスをねだった。
 唇が触れ合うと、そこから清浄な気が染み入ってくる気がして、とても心地いい。

「こうしてアレクセイ様に触れていると、浄化されていくみたい。もしかして魔力で……?」
「いや、私にそんな力はない。ただ、愛でることによって聖石の力が増幅されて、対象に注ぎ込まれるという伝承があった」

 だから抱かれるたびに劇的に体調が回復していったのかと思うと、少し恥ずかしい。

「だが、これほど早く回復したのは、君の本来の性質が神聖だからだろう」

 執務室にあるたくさんの本が頭に浮かんだ。
 彼が私を手に入れるために諦めてきた普通の幸せ。
 それを取り戻してあげたい。

(もし記憶を回復することが出来たら……彼の重荷を一緒に背負いたい)

 出仕するぎりぎりの時間まで、彼のキスは止まらなかった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました

由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。 ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。 遠い存在になったはずの彼。 けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。 冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。

【完】麗しの桃は攫われる〜狼獣人の番は甘い溺愛に翻弄される〜

こころ ゆい
恋愛
※完結しました!皆様のおかげです!ありがとうございました! ※既に完結しておりますが、番外編②加筆しました!(2025/10/17)  狼獣人、リードネストの番(つがい)として隣国から攫われてきたモモネリア。  突然知らない場所に連れてこられた彼女は、ある事情で生きる気力も失っていた。  だが、リードネストの献身的な愛が、傷付いたモモネリアを包み込み、徐々に二人は心を通わせていく。  そんなとき、二人で訪れた旅先で小さなドワーフ、ローネルに出会う。  共に行くことになったローネルだが、何か秘密があるようで?  自分に向けられる、獣人の深い愛情に翻弄される番を描いた、とろ甘溺愛ラブストーリー。

完璧な政略結婚のはずでしたが、宰相閣下の“私の妻”扱いが甘すぎます

星乃和花
恋愛
政略結婚のはずでした。 家同士の利も、立場の釣り合いも、全部きちんと整った、完璧に合理的な結婚。 ……なのに、夫となった冷徹宰相は、なぜか人前で私を「最高の妻」と紹介し、暮らしを完璧に整え、他人に近づかれると不機嫌になってしまいます。 “天使”と噂される穏やかな令嬢フィオナもまた、 そんな不器用な優しさに少しずつ心をほどかれて――。 これは、条件で選ばれたはずの夫婦が、 いつの間にかお互いを“ただ一人”として欲しくなるまでの、甘くてやさしい政略結婚物語。 (毎日21:50更新ー全8話)

英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない

百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。 幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。

結婚式に結婚相手の不貞が発覚した花嫁は、義父になるはずだった公爵当主と結ばれる

狭山雪菜
恋愛
アリス・マーフィーは、社交界デビューの時にベネット公爵家から結婚の打診を受けた。 しかし、結婚相手は女にだらしないと有名な次期当主で……… こちらの作品は、「小説家になろう」にも掲載してます。

十歳の花嫁

アキナヌカ
恋愛
アルフは王太子だった、二十五歳の彼は花嫁を探していた。最初は私の姉が花嫁になると思っていたのに、彼が選んだのは十歳の私だった。彼の私に対する執着はおかしかった。

【完結】愛する人はあの人の代わりに私を抱く

紬あおい
恋愛
年上の優しい婚約者は、叶わなかった過去の恋人の代わりに私を抱く。気付かない振りが我慢の限界を超えた時、私は………そして、愛する婚約者や家族達は………悔いのない人生を送れましたか?

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

処理中です...