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# act28.銀狼の首輪
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チョーカーを外してフェロモンを解放した彼の性欲はすさまじかった。
あれから幾度となく愛されて、私は何度か意識を飛ばしてしまった。
窓の外が白み始めるころ、私は泥のように力の抜けた体で、彼の広い胸に抱かれていた。
体中がべとべとで、汗と愛液と、彼が注ぎ込んだ白濁で汚れている。
けれど、不思議と不快ではなかった。
むしろ、彼の匂いに包まれていることが、心地よくてたまらない。
「……メル」
「ん……」
頭上から降ってきた声は、さっきまでの獣の唸り声ではなく、いつもの穏やかな響きに戻っていた。
けれど、私を抱きしめる腕の力だけは、まだ少し強い。
「……すまない。加減ができなかった」
「ううん……凄かった、けど……」
私は火照った頬を彼の胸板に擦り付けた。
お腹の中が、たっぷりと注がれた熱でまだ重たい。
あんなに激しくされたのに、満たされた幸福感の方が勝っているなんて。
それは彼が、どんなに獣欲に突き動かされていても、私自身を求めてくれたからだ。
こんなに愛してくれるからこそわかる。
彼がずっと、私を待っていてくれたことを。それなのに――。
「私、忘れてたのね。10年も、あなたのことを」
ポツリと言うと、アレクセイは私の髪をそっと撫でた。
「おそらく王の仕業だ。気にすることはない」
「ずっと、待っててくれたの? 10年も」
「……ああ」
「ごめんなさい……わたし……」
「私も……君に手紙も渡せなかった……」
後宮は、王以外の男性が立ち入ることはできないし、親族以外が手紙や金品を贈ることもできない。
親族……そういえば、両親からは手紙もなかったから寂しかったけど……。
神殿に向かう予定で送り出したのなら、私はどこにいることになっているのだろう。
「……両親は知っているの? 私が後宮に送られたことを」
アレクセイは視線を落とした。
「君の両親には、王宮が神殿で聖女になったと伝えていた。修行が終わったら会えるからと納得させて。私は本当のことは言えなかった……君が神殿に行くことすら、命を守るためだからと、身を引き裂かれるような思いで承諾されたんだ。君を乗せた馬車が見えなくなるまで、二人は雪の中で立ち尽くしていた。君の父上は、まだ若輩者だった私の両手を握り、頭を下げて『どうか、娘を頼みます』と」
その言葉に、胸が締め付けられた。
雪の中に立ち尽くす両親。プライドの高い父が、若い騎士に頭を下げる姿。
想像するだけで、涙が出そうになる。
そうだ。両親はとても優しかった。
だからこそ、後宮に売られたと思って、裏切られたショックが大きくて……寂しかった。
でも、違ったんだ。
私が孤独に戦っていた十年間、両親もずっと、もう会えない娘の幸せを祈ってくれていたのに。
「しかし、君も記憶を取り戻したし、一度謝罪に行かなければいけないな」
「父と母に……会えるの? 弟にも」
「もちろんだ。許しては貰えないだろうが、君を穢した罪はどんなことをしても贖うつもりだ」
(ん? ちょっと待って)
「両親は、まだ私が神殿にいると思ってるってこと?」
「そうだ」
「じゃあ、あなたと結婚したことも知らないってこと?」
「そうだ」
――じゃ、じゃあ、ずっと「清らかな聖女」として祈っていると思っていた娘が、銀狼騎士に溺愛され、しかも夜はドロドロに子づくりしている状態で帰ってくるってこと!?
(そんなドッキリしたら、お母さんの心臓が止まっちゃう!)
(でも……きっと、泣いて喜んでくれる)
アレクセイは身じろぎすると、サイドテーブルに手を伸ばした。
カチャリ、と硬い音がする。
彼の手には、ことの前に投げ捨てられた黒い革のチョーカーが握られていた。
「メル、頼みがある」
彼はそれを私に差し出した。
フロストブルーの瞳が、静かに私を見つめている。
「これを君の手で付けてくれないか?」
「私が?」
「そうだ。俺のつがいの君が、だ」
彼は静かに微笑むと、私の前に首を垂れた。 無防備に晒された、太い首筋。
ついさっきまで、私の全身を貪り食っていた捕食者が、今は従順な大型犬のように頭を下げている。
私は震える指でチョーカーを受け取ると、彼の首に回した。
汗ばんだ肌に、冷たい革が吸い付く。
カチリと留め具を嵌めた瞬間、シュウッと微かな音がして、部屋に充満していた冷たい白ワインの香りが吸い込まれていった。
彼が纏っていた、獣の気配が薄くなっていく。
「……ありがとう」
アレクセイは顔を上げると、愛おしげに私の手のひらに頬ずりをした。
そして、その掌に口づけを落とし、誓うように私を見上げた。
「この首輪は、君だけのものだ」
「え……?」
「この枷を外す鍵は、君だ。……君の前以外では、外さないと誓う。過去も、未来も」
その言葉の重みに、心臓がトクンと打った。
それはつまり、彼の本能も情欲も、すべて私だけが管理するということ。
他の誰にも、あの獣のような本能は見せないということ。
「私も……あなただけよ」
私の言葉に、彼は満足げに目を細めて、ぎゅっと抱きしめてきた。
まあいいわ。家族には幸せな私の姿を見せて驚かせるって目標ができたし。
そして、アレクも……記憶がなかったとはいえ、10年も放置されてさびしかったんだから。
これからはあなたの子を産んで、もっともっと私無しでは生きられなくしてやるわ。
(あなたの十年を取り戻すためにも……ね)
私は狼の巣で、ゆったりとその腕に体を預けた。
あれから幾度となく愛されて、私は何度か意識を飛ばしてしまった。
窓の外が白み始めるころ、私は泥のように力の抜けた体で、彼の広い胸に抱かれていた。
体中がべとべとで、汗と愛液と、彼が注ぎ込んだ白濁で汚れている。
けれど、不思議と不快ではなかった。
むしろ、彼の匂いに包まれていることが、心地よくてたまらない。
「……メル」
「ん……」
頭上から降ってきた声は、さっきまでの獣の唸り声ではなく、いつもの穏やかな響きに戻っていた。
けれど、私を抱きしめる腕の力だけは、まだ少し強い。
「……すまない。加減ができなかった」
「ううん……凄かった、けど……」
私は火照った頬を彼の胸板に擦り付けた。
お腹の中が、たっぷりと注がれた熱でまだ重たい。
あんなに激しくされたのに、満たされた幸福感の方が勝っているなんて。
それは彼が、どんなに獣欲に突き動かされていても、私自身を求めてくれたからだ。
こんなに愛してくれるからこそわかる。
彼がずっと、私を待っていてくれたことを。それなのに――。
「私、忘れてたのね。10年も、あなたのことを」
ポツリと言うと、アレクセイは私の髪をそっと撫でた。
「おそらく王の仕業だ。気にすることはない」
「ずっと、待っててくれたの? 10年も」
「……ああ」
「ごめんなさい……わたし……」
「私も……君に手紙も渡せなかった……」
後宮は、王以外の男性が立ち入ることはできないし、親族以外が手紙や金品を贈ることもできない。
親族……そういえば、両親からは手紙もなかったから寂しかったけど……。
神殿に向かう予定で送り出したのなら、私はどこにいることになっているのだろう。
「……両親は知っているの? 私が後宮に送られたことを」
アレクセイは視線を落とした。
「君の両親には、王宮が神殿で聖女になったと伝えていた。修行が終わったら会えるからと納得させて。私は本当のことは言えなかった……君が神殿に行くことすら、命を守るためだからと、身を引き裂かれるような思いで承諾されたんだ。君を乗せた馬車が見えなくなるまで、二人は雪の中で立ち尽くしていた。君の父上は、まだ若輩者だった私の両手を握り、頭を下げて『どうか、娘を頼みます』と」
その言葉に、胸が締め付けられた。
雪の中に立ち尽くす両親。プライドの高い父が、若い騎士に頭を下げる姿。
想像するだけで、涙が出そうになる。
そうだ。両親はとても優しかった。
だからこそ、後宮に売られたと思って、裏切られたショックが大きくて……寂しかった。
でも、違ったんだ。
私が孤独に戦っていた十年間、両親もずっと、もう会えない娘の幸せを祈ってくれていたのに。
「しかし、君も記憶を取り戻したし、一度謝罪に行かなければいけないな」
「父と母に……会えるの? 弟にも」
「もちろんだ。許しては貰えないだろうが、君を穢した罪はどんなことをしても贖うつもりだ」
(ん? ちょっと待って)
「両親は、まだ私が神殿にいると思ってるってこと?」
「そうだ」
「じゃあ、あなたと結婚したことも知らないってこと?」
「そうだ」
――じゃ、じゃあ、ずっと「清らかな聖女」として祈っていると思っていた娘が、銀狼騎士に溺愛され、しかも夜はドロドロに子づくりしている状態で帰ってくるってこと!?
(そんなドッキリしたら、お母さんの心臓が止まっちゃう!)
(でも……きっと、泣いて喜んでくれる)
アレクセイは身じろぎすると、サイドテーブルに手を伸ばした。
カチャリ、と硬い音がする。
彼の手には、ことの前に投げ捨てられた黒い革のチョーカーが握られていた。
「メル、頼みがある」
彼はそれを私に差し出した。
フロストブルーの瞳が、静かに私を見つめている。
「これを君の手で付けてくれないか?」
「私が?」
「そうだ。俺のつがいの君が、だ」
彼は静かに微笑むと、私の前に首を垂れた。 無防備に晒された、太い首筋。
ついさっきまで、私の全身を貪り食っていた捕食者が、今は従順な大型犬のように頭を下げている。
私は震える指でチョーカーを受け取ると、彼の首に回した。
汗ばんだ肌に、冷たい革が吸い付く。
カチリと留め具を嵌めた瞬間、シュウッと微かな音がして、部屋に充満していた冷たい白ワインの香りが吸い込まれていった。
彼が纏っていた、獣の気配が薄くなっていく。
「……ありがとう」
アレクセイは顔を上げると、愛おしげに私の手のひらに頬ずりをした。
そして、その掌に口づけを落とし、誓うように私を見上げた。
「この首輪は、君だけのものだ」
「え……?」
「この枷を外す鍵は、君だ。……君の前以外では、外さないと誓う。過去も、未来も」
その言葉の重みに、心臓がトクンと打った。
それはつまり、彼の本能も情欲も、すべて私だけが管理するということ。
他の誰にも、あの獣のような本能は見せないということ。
「私も……あなただけよ」
私の言葉に、彼は満足げに目を細めて、ぎゅっと抱きしめてきた。
まあいいわ。家族には幸せな私の姿を見せて驚かせるって目標ができたし。
そして、アレクも……記憶がなかったとはいえ、10年も放置されてさびしかったんだから。
これからはあなたの子を産んで、もっともっと私無しでは生きられなくしてやるわ。
(あなたの十年を取り戻すためにも……ね)
私は狼の巣で、ゆったりとその腕に体を預けた。
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