「お淑やかな令嬢」は本日で廃業いたしました!文句ありますか?

小梅りこ

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「父上! 断じて、断じて許されることではありません! あのような野蛮な、人知を超えた力を振るう女が、公爵令嬢としてのさばっているなど、王国の危機です!」

王宮の謁見の間。カイル王子は、床に頭をこすりつけんばかりの勢いで、国王陛下に訴えていた。

婚約破棄を突きつけた相手に復縁を迫り、あえなく玉砕した翌朝のことである。
彼のプライドは、もはやズタズタを通り越して粉々になっていた。
自分が捨てたはずの女が、自分を「ひき肉以下」扱いし、あのアイン・クロムウェルと仲睦まじく(?)肉を食らっている。
その事実が、彼を狂気へと走らせた。

「……カイルよ。朝から何を騒いでいる。ナギ・カームのことなら、先日の狩猟祭で英雄として称えたばかりではないか」

国王は、深いため息をつきながら頬杖をついた。
目の前の息子が、日に日に情けなくなっていく姿に、胃が痛む思いなのだろう。

「いいえ、父上! あれは英雄などではありません! 『魔女』です! あるいは、何らかの邪悪な魔物に魂を売ったに違いありません!」

「……魔女だぁ?」

「左様です! 考えてもみてください! あの大人しくて、風が吹けば倒れるようだったナギが、素手で岩を砕き、馬車ほどの猪を担いで走るなど、人間の仕業ではありません! 彼女は、私への怨恨を糧に、禁断の魔法に手を染めたのです!」

カイルの声が裏返る。
隣で見守っていた大臣たちも、困惑したように顔を見合わせる。
しかし、カイルの暴走は止まらない。

「あのアイン・クロムウェルも同罪です! あやつは、ナギの魔力に魅了され、共謀して王位を狙っているやもしれません! 今すぐナギ・カームを捕縛し、廃嫡……いえ、国外追放にすべきです!」

「……カイル、お前、本気で言っているのか?」

「本気ですとも! 私は、愛するリリアと、この国の平和を守りたいだけなのです!」

(……どの口が言うのかしら、あのスカスカかぼちゃ)

謁見の間の影で、召喚を待っていた私は、こっそりと鼻を鳴らした。
国王陛下から「一応、息子の話を聞いてやってくれ」と事前に打診されていたので、私は今日の日のために「最高に魔女っぽい(自称)」ドレスを着てきたのだ。
といっても、単に黒くて、肩周りの筋肉が動かしやすいだけの革製の特注品だけど。

「……よろしい。ナギ・カーム、前へ出よ」

国王の声に応じ、私はゆったりと歩を進めた。
背中には、あえて「禍々しいオーラ」を出すために、朝焼いたばかりの特大の燻製肉を袋に入れて背負っている。
……匂いだけで人を殺せる自信があるわ(食欲的な意味で)。

「……ナギ・カーム、参上いたしました。陛下」

私は優雅に、かつ力強く膝をついた。
立ち上がる際に、床の大理石が「ミシッ」と音を立てたが、これは私の魔力ではなく、純粋な体重と筋力の賜物である。

「ひっ……! 出たな、魔女め! 父上、見てください、あの不吉な黒い衣装を! そして、あの背中の不気味な膨らみを! あれはきっと、呪いの道具が詰まっているのです!」

カイルが指を震わせて叫ぶ。
私はゆっくりと立ち上がり、カイルを冷たく見据えた。

「……呪いの道具、ですか? 殿下、人聞きの悪いことをおっしゃらないで。これは私の『命の糧』にございますわ」

私は背中の袋から、巨大な骨付き肉の塊を取り出し、高く掲げた。

「陛下。……これが、私が魔女だと疑われる原因でしょうか? 私がこれを一日に三キロ食べるのが、魔法の儀式に見えるというのですか?」

「……肉……ではないか。しかも、いい具合に燻製されているな」

国王が身を乗り出す。

「はい。……私の筋肉は、この肉たちの尊い犠牲の上に成り立っております。……殿下。あなたが『お淑やかな人形』を求めていた頃、私は毎晩、これを食べたい衝動を抑えて、詩を書いていたのです。……今の私があるのは、魔法ではなく、単なる『食欲の解放』にすぎませんわ」

「嘘だ! そんな量、女の胃袋に入るはずがない! お前は魔法で胃袋を異空間に繋げているんだ!」

「……殿下。それを証明するために、今ここでこれを完食してみせましょうか? 三分あれば十分ですわ」

私は顎の骨をパキリと鳴らし、肉に食らいつこうとした。

「待て、待てナギ! 謁見の間で食事をするな!」

国王が慌てて制止する。
私はしぶしぶ肉を袋に戻した。

「……陛下。私は、殿下を恨んでなどおりません。……むしろ感謝しておりますの。殿下が私を捨ててくださったおかげで、私はこうして、誰にも文句を言われずに肉を食らい、岩を砕く喜びを知ることができました」

私は一歩、カイルに歩み寄った。
カイルは「ひぃっ!」と声を上げ、国王の椅子の陰に隠れる。

「……殿下。嫉妬は、最高級のスパイスにもなりませんわよ? ……今のあなたは、熟しすぎて腐ったかぼちゃのような匂いがします。……どうか、リリア様と共倒れ……いえ、末永くお幸せに」

「……ぐ、ぬぬぬ……! 父上! 聞きましたか! この無礼な物言い! やはりこいつは王家に仇なす……」

「……黙れ、カイル」

国王の地を這うような声が響いた。
カイルは一瞬で硬直した。

「……お前がナギを捨て、リリアという娘を選んだのは、お前の意志だ。……そして、ナギがその束縛から逃れ、自分の力で生きることを選んだのも、彼女の自由だ。……それを今さら魔女呼ばわりして貶めようとするなど、王族として以前に、人として恥ずかしくないのか!」

「……あ、……父上……」

「……ナギ・カーム。お前の『魔法』が、ただの筋肉と食欲であることは、その清々しい顔を見れば分かる。……今後、お前を魔女と呼ぶ者がいれば、私が許可しよう。……その拳で、存分に『お仕置き』をするが良い」

「……陛下! 寛大なお言葉、感謝いたしますわ!」

私は深く一礼した。
国王様、やっぱり分かってらっしゃる。
私のこの「素」の美学を。

「……あ、そうだ。陛下。もしよろしければ、この燻製肉、半分置いていきましょうか? ……非常に力が湧きますわよ」

「……いや、それはお前の筋肉のために取っておけ。……私は、もう少し胃に優しいものを食べることにする」

国王が苦笑いしながら手を振る。
私は意気揚々と謁見の間を後にした。

帰り際、柱の陰でガタガタ震えているカイルの横を通り過ぎる時。
私は耳元で、そっと囁いてあげた。

「……殿下。次、変な噂を流したら……。あなたの金の弓を、三つ編みにして差し上げますわね? ……おーほっほっほ!」

「……ひっ、……あ、……ぁぁあああ!!」

カイルの悲鳴が王宮の廊下に響き渡る。
あー、スッキリした。
嫉妬されるのも、有名税みたいなものね。

「お嬢様。……またやりすぎましたね。……国王陛下まで呆れていましたよ」

出口で待っていたエラが、私の背中の肉袋を指差して言った。

「いいのよ。これで、私が『公認の暴れ馬』であることが証明されたわ。……さて、エラ! お祝いに、今夜はアインを誘って、火竜のステーキでも探しに行きましょうか!」

「火竜なんて、この近海にはいませんよ……。……全く、魔女より始末が悪い令嬢ですね」

私は、秋の爽やかな風を受けながら、高笑いと共に王宮を飛び出した。
誰が何と言おうと、私の「素」の人生は、もう誰にも止められない。
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