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「……はぁ。ナタリー、君という人は。調べれば調べるほど、恐ろしい事実が出てくるな」
サイラス様が、分厚い報告書を片手に私のソファの端に腰を下ろしました。
私は今、侍女に「耳掃除」をしてもらいながら、完全に魂が抜けたような顔で天井を眺めていました。
「サイラス様。恐ろしい事実……? もしや、私が昨夜、誰にも知られずに深夜食(夜食)のケーキを二つも平らげたことが露見しましたの?」
「そんな可愛い話じゃない。君が前の国、ベルゼイン王国で密かに行っていた『執務の自動化』についてだ」
私は耳掃除の心地よさに身を委ねながら、記憶の断片をたぐり寄せました。
「あぁ……あれですね。いちいち書類を持ってこられるのが面倒だったので、少しだけ仕組みを整えただけですわ」
「少しだと? 君、公爵家の領地運営だけでなく、王室の財務や物流、さらには防衛計画の策定まで、すべて『自分が動かなくて済むシステム』に作り変えていたそうじゃないか」
サイラス様が呆れたように報告書を捲ります。
「ここに、当時の文官たちの証言がある。『ナタリー様は、一度もペンを握らず、ただお茶を飲みながら「この数字はここに、あの案件はあちらに」と指示を出すだけで、一週間かかるはずの予算案を三時間で完成させた』と」
「……だって、サイラス様。数字の不一致を探すのは、宝探しのようなものです。違和感のある場所だけを弾いて、あとは勝手に計算させればいい。それを律儀に全部足し算するから時間がかかるのですわ」
私は侍女に合図して耳掃除を終えさせると、重い腰(比喩表現です。実際には微動だにしていません)を上げて続けました。
「それに、王太子の執務室。あそこは動線が最悪でした。書類の棚が机から三歩も離れているなんて、正気の沙汰ではありません。私は、すべての重要書類が王太子の手の届く範囲に、しかも優先順位に従って勝手に滑り落ちてくるスロープを設置させましたの。……もちろん、私の指示は口頭で、工事は土木ギルドに丸投げしましたけれど」
「……君が作ったのは、ただの便利グッズじゃない。国家の運営そのものを『全自動』に近づけようとした、究極の怠惰システムだ。……だが、なぜ君がいなくなった途端に、そのシステムが崩壊したんだ?」
「……簡単ですわ。そのシステムの心臓部は、私の『一言』でしたから」
私は優雅に(面倒なのでゆっくりと)、サイラス様から差し出された冷たい果実水を一口飲みました。
「複雑な歯車をたくさん用意しても、最後にどこに油を差すべきか、どの歯車を止めるべきか。それを判断するのは私でした。……私はただ、自分が最も長く昼寝をできるように、最も効率的なタイミングで一言を放っていただけ。……それを、ウィルフレッド様は『ナタリーは座っているだけだ』と判断されたのでしょうね」
「……彼は致命的な勘違いをしていたな。座っている君こそが、その巨大な時計の針を動かす唯一のぜんまいだったということに」
サイラス様は、戦慄したような、それでいて深い敬愛を込めた眼差しで私を見つめました。
「ナタリー。君は『影の支配者』どころじゃない。君自身が、国家という巨大な機械の『最適解(OS)』そのものなんだよ」
「……OS? よく分かりませんが、美味しいおやつが運ばれてくる仕組みのことでしたら、私はそのために全知全能を尽くしますわ」
私は再びソファに沈み込み、クッションに顔を埋めました。
「あぁ……前の国のことは、もうどうでもよろしいのです。今は、サイラス様が私のために整えてくださった、この完璧な『お世話環境』を守ること。それが私の、今世紀最大のミッションですわ」
「……はは、光栄だね。私の用意した環境が、君という『最強の知力』を満足させているのなら」
サイラス様は、私の頭を愛おしそうに撫でました。
「だが、覚悟しておけ。君がいなくなったベルゼイン王国は、今、断末魔の悲鳴を上げている。……いずれ、彼らは土下座してでも君を連れ戻しに来るだろう」
「……連れ戻し? そのために私が歩かなければならないのなら、全力で拒否します。……どなたか、私の代わりに断りに行ってください。私は今、次の昼寝のスケジュールを組むので忙しいのです」
私はそう言うと、本当にそのまま寝息を立て始めました。
(……ふふ、どんなに困っても、もう遅いですわ。私はここでの『お世話され生活』に、魂を売ったのですから……)
隣国の王子という「究極の実行ユニット」を手に入れた私は、もはや無敵。
かつての国がどれほど荒れようとも、私の知ったことではありませんでした。
……ただ、サイラス様が時折見せる「君を一生離さない」という執念の籠もった笑顔だけが、私の計算外の熱量を持っていることを除けば、ですが。
サイラス様が、分厚い報告書を片手に私のソファの端に腰を下ろしました。
私は今、侍女に「耳掃除」をしてもらいながら、完全に魂が抜けたような顔で天井を眺めていました。
「サイラス様。恐ろしい事実……? もしや、私が昨夜、誰にも知られずに深夜食(夜食)のケーキを二つも平らげたことが露見しましたの?」
「そんな可愛い話じゃない。君が前の国、ベルゼイン王国で密かに行っていた『執務の自動化』についてだ」
私は耳掃除の心地よさに身を委ねながら、記憶の断片をたぐり寄せました。
「あぁ……あれですね。いちいち書類を持ってこられるのが面倒だったので、少しだけ仕組みを整えただけですわ」
「少しだと? 君、公爵家の領地運営だけでなく、王室の財務や物流、さらには防衛計画の策定まで、すべて『自分が動かなくて済むシステム』に作り変えていたそうじゃないか」
サイラス様が呆れたように報告書を捲ります。
「ここに、当時の文官たちの証言がある。『ナタリー様は、一度もペンを握らず、ただお茶を飲みながら「この数字はここに、あの案件はあちらに」と指示を出すだけで、一週間かかるはずの予算案を三時間で完成させた』と」
「……だって、サイラス様。数字の不一致を探すのは、宝探しのようなものです。違和感のある場所だけを弾いて、あとは勝手に計算させればいい。それを律儀に全部足し算するから時間がかかるのですわ」
私は侍女に合図して耳掃除を終えさせると、重い腰(比喩表現です。実際には微動だにしていません)を上げて続けました。
「それに、王太子の執務室。あそこは動線が最悪でした。書類の棚が机から三歩も離れているなんて、正気の沙汰ではありません。私は、すべての重要書類が王太子の手の届く範囲に、しかも優先順位に従って勝手に滑り落ちてくるスロープを設置させましたの。……もちろん、私の指示は口頭で、工事は土木ギルドに丸投げしましたけれど」
「……君が作ったのは、ただの便利グッズじゃない。国家の運営そのものを『全自動』に近づけようとした、究極の怠惰システムだ。……だが、なぜ君がいなくなった途端に、そのシステムが崩壊したんだ?」
「……簡単ですわ。そのシステムの心臓部は、私の『一言』でしたから」
私は優雅に(面倒なのでゆっくりと)、サイラス様から差し出された冷たい果実水を一口飲みました。
「複雑な歯車をたくさん用意しても、最後にどこに油を差すべきか、どの歯車を止めるべきか。それを判断するのは私でした。……私はただ、自分が最も長く昼寝をできるように、最も効率的なタイミングで一言を放っていただけ。……それを、ウィルフレッド様は『ナタリーは座っているだけだ』と判断されたのでしょうね」
「……彼は致命的な勘違いをしていたな。座っている君こそが、その巨大な時計の針を動かす唯一のぜんまいだったということに」
サイラス様は、戦慄したような、それでいて深い敬愛を込めた眼差しで私を見つめました。
「ナタリー。君は『影の支配者』どころじゃない。君自身が、国家という巨大な機械の『最適解(OS)』そのものなんだよ」
「……OS? よく分かりませんが、美味しいおやつが運ばれてくる仕組みのことでしたら、私はそのために全知全能を尽くしますわ」
私は再びソファに沈み込み、クッションに顔を埋めました。
「あぁ……前の国のことは、もうどうでもよろしいのです。今は、サイラス様が私のために整えてくださった、この完璧な『お世話環境』を守ること。それが私の、今世紀最大のミッションですわ」
「……はは、光栄だね。私の用意した環境が、君という『最強の知力』を満足させているのなら」
サイラス様は、私の頭を愛おしそうに撫でました。
「だが、覚悟しておけ。君がいなくなったベルゼイン王国は、今、断末魔の悲鳴を上げている。……いずれ、彼らは土下座してでも君を連れ戻しに来るだろう」
「……連れ戻し? そのために私が歩かなければならないのなら、全力で拒否します。……どなたか、私の代わりに断りに行ってください。私は今、次の昼寝のスケジュールを組むので忙しいのです」
私はそう言うと、本当にそのまま寝息を立て始めました。
(……ふふ、どんなに困っても、もう遅いですわ。私はここでの『お世話され生活』に、魂を売ったのですから……)
隣国の王子という「究極の実行ユニット」を手に入れた私は、もはや無敵。
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