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「……セバス。外が騒がしいわ。今度は何の祭り? 羊肉の詰め放題大会でも開催されているの?」
別荘の最深部。特注の「防音・遮光・全自動温度調節機能付き」の天蓋付きベッドの中から、ナターシャの眠そうな声が漏れた。
彼女は今、人生で最も深い眠りの領域に到達しようとしていたのだ。
「お嬢様、残念ながら祭典ではございません。王都より、ヴィンセント殿下が百名ほどの近衛兵を引き連れて、こちらへ向かってこられております」
「……は? 王子? あの、歩く騒音公害が?」
ナターシャは毛布を頭まで被り直した。
「追い返して。適当に『ナターシャは今、永遠の眠りにつくための修行中ですので、三百年後に来てください』とでも言っておいてちょうだい」
「それが、殿下は『ナターシャ、私の間違いだった! 君を連れ戻しに来たぞ!』と大音量で叫んでおられまして……。別荘の庭園まであと数百メートルの距離です」
ナターシャは、しぶしぶとベッドから這い出した。
彼女の顔には、聖女の慈悲ではなく、安眠を妨害された魔王のような怒りが張り付いている。
「……許さないわ。私の『快適』を土足で踏み荒らす男なんて、この世に存在してはいけないのよ」
一方、別荘の正門前。
ヴィンセント王子は、白馬に跨り、輝く鎧に身を包んでポーズを決めていた。
「ナターシャ! 聞こえているか! 君の有能さは理解した! さあ、私と共に王都へ帰り、共に国を立て直そうではないか!」
自信満々の叫び。しかし、彼らの前には、奇妙な光景が広がっていた。
別荘の周囲には、昨日までなかったはずの「真っ白な砂のようなエリア」が広がっている。
ヴィンセントが馬を進めようとしたその瞬間。
「うわっ!? なんだ、これは!」
馬の足が、ズブズブと白い砂の中に沈み込んだ。
それはナターシャが「転んでも痛くないように」と領内の余った羊毛と特殊なクッション材を敷き詰めさせた『もふもふ防衛線』だった。
「で、殿下! 足が取られて進めません! これは……底なし沼の進化系か何かでしょうか!?」
「くっ、ナターシャめ、これほど高度なトラップを仕掛けていたとは……! だが、この程度の障害で、私の真実の愛(再評価)は止まらんぞ!」
ヴィンセントが馬を降り、徒歩で進もうとした時、頭上から冷徹な声が降ってきた。
「……そこまでだ、王都の迷い犬よ」
別荘の屋上、スライダーの出発地点に、漆黒の甲冑を纏ったミハイルが立っていた。
彼の背後には、同じく「もふもふ」に包まれた精鋭騎士たちが、獲物を狙う鷹のような鋭い視線をヴィンセントに向けている。
「ミハイル・ヴォルゴ辺境伯! 貴様、なぜナターシャの別荘にいる! その女は私の婚約者……」
「『元』だろう。貴様がゴミのように捨てた宝を、私は拾い上げ、崇めているのだ。……ナターシャ嬢は今、この国を救うための『深い思索(二度寝)』の最中である。貴様のような雑音が近づくことは、私が許さん」
「なんだと!? 私は王子だぞ! そこをどけ!」
ヴィンセントが剣を抜こうとした瞬間、ミハイルが指を鳴らした。
「……発動せよ。ナターシャ式・高速迎撃システム!」
スライダーから、巨大なクッションに包まれた騎士たちが、時速五十キロ近い猛スピードで次々と滑り降りてきた。
彼らは着地点の勢いを利用して、ヴィンセントを取り囲む。
「な、ななな……なんだ、この動きは! 重力を利用した、全く無駄のない戦力展開……! これが、ナターシャが考案したという軍事革命なのか!」
ヴィンセントは、目の前に突きつけられた槍(の先端に、安全のためのもふもふカバーがついたもの)を見て、戦慄した。
「……殿下、お引き取りを」
別荘の二階の窓が開き、ナターシャがパジャマ姿で顔を出した。
彼女の手には、セバスが用意した拡声用の魔法具が握られている。
「……ナターシャ! ああ、その美しい……いや、そのだらしない格好はなんだ!」
「黙りなさい。今の私にとって、貴方の声は割れたグラスの破片を耳に突っ込まれるより不快です。……王都がどうなろうと、私が誰の代わりに働こうと、私の知ったことではありませんわ。私は今、最高に『快適』なのです」
ナターシャは、冷たい瞳で元婚約者を見下ろした。
「貴方の隣で、書類とクロエ様のわがままに埋もれて死ぬより、ここでミハイル様に甘やかされながら、毛布に埋もれて死ぬ方が、一万倍マシです。……セバス、例のものを」
「かしこまりました。……皆様、退避!」
セバスの合図で、ミハイルたちが一斉に距離を取る。
直後、別荘の屋根に設置された巨大なタンクから、大量の「特製プリンの失敗作(液体状)」が、滝のようにヴィンセントたちの頭上に降り注いだ。
「うわあああ! ベタベタする! なんだ、この甘い匂いは!」
「……私の新作プリンの開発のために犠牲になった、尊い残骸ですわ。それを浴びて、少しは頭を冷やしなさい。……さあ、掃除が面倒になる前に、さっさと王都へ帰ってちょうだい!」
バタン!と窓が閉められ、ヴィンセントはプリンまみれの姿で呆然と立ち尽くした。
ミハイルは、その光景を見て、満足げに頷いた。
「……流石だ、ナターシャ。敵に屈辱を与えつつ、同時にその甘美な香りで戦意を喪失させるとは。これぞ、究極の不殺の兵法……!」
ヴィンセントの「連れ戻し作戦」は、開始数分で、甘くベタつく大失敗に終わったのである。
別荘の最深部。特注の「防音・遮光・全自動温度調節機能付き」の天蓋付きベッドの中から、ナターシャの眠そうな声が漏れた。
彼女は今、人生で最も深い眠りの領域に到達しようとしていたのだ。
「お嬢様、残念ながら祭典ではございません。王都より、ヴィンセント殿下が百名ほどの近衛兵を引き連れて、こちらへ向かってこられております」
「……は? 王子? あの、歩く騒音公害が?」
ナターシャは毛布を頭まで被り直した。
「追い返して。適当に『ナターシャは今、永遠の眠りにつくための修行中ですので、三百年後に来てください』とでも言っておいてちょうだい」
「それが、殿下は『ナターシャ、私の間違いだった! 君を連れ戻しに来たぞ!』と大音量で叫んでおられまして……。別荘の庭園まであと数百メートルの距離です」
ナターシャは、しぶしぶとベッドから這い出した。
彼女の顔には、聖女の慈悲ではなく、安眠を妨害された魔王のような怒りが張り付いている。
「……許さないわ。私の『快適』を土足で踏み荒らす男なんて、この世に存在してはいけないのよ」
一方、別荘の正門前。
ヴィンセント王子は、白馬に跨り、輝く鎧に身を包んでポーズを決めていた。
「ナターシャ! 聞こえているか! 君の有能さは理解した! さあ、私と共に王都へ帰り、共に国を立て直そうではないか!」
自信満々の叫び。しかし、彼らの前には、奇妙な光景が広がっていた。
別荘の周囲には、昨日までなかったはずの「真っ白な砂のようなエリア」が広がっている。
ヴィンセントが馬を進めようとしたその瞬間。
「うわっ!? なんだ、これは!」
馬の足が、ズブズブと白い砂の中に沈み込んだ。
それはナターシャが「転んでも痛くないように」と領内の余った羊毛と特殊なクッション材を敷き詰めさせた『もふもふ防衛線』だった。
「で、殿下! 足が取られて進めません! これは……底なし沼の進化系か何かでしょうか!?」
「くっ、ナターシャめ、これほど高度なトラップを仕掛けていたとは……! だが、この程度の障害で、私の真実の愛(再評価)は止まらんぞ!」
ヴィンセントが馬を降り、徒歩で進もうとした時、頭上から冷徹な声が降ってきた。
「……そこまでだ、王都の迷い犬よ」
別荘の屋上、スライダーの出発地点に、漆黒の甲冑を纏ったミハイルが立っていた。
彼の背後には、同じく「もふもふ」に包まれた精鋭騎士たちが、獲物を狙う鷹のような鋭い視線をヴィンセントに向けている。
「ミハイル・ヴォルゴ辺境伯! 貴様、なぜナターシャの別荘にいる! その女は私の婚約者……」
「『元』だろう。貴様がゴミのように捨てた宝を、私は拾い上げ、崇めているのだ。……ナターシャ嬢は今、この国を救うための『深い思索(二度寝)』の最中である。貴様のような雑音が近づくことは、私が許さん」
「なんだと!? 私は王子だぞ! そこをどけ!」
ヴィンセントが剣を抜こうとした瞬間、ミハイルが指を鳴らした。
「……発動せよ。ナターシャ式・高速迎撃システム!」
スライダーから、巨大なクッションに包まれた騎士たちが、時速五十キロ近い猛スピードで次々と滑り降りてきた。
彼らは着地点の勢いを利用して、ヴィンセントを取り囲む。
「な、ななな……なんだ、この動きは! 重力を利用した、全く無駄のない戦力展開……! これが、ナターシャが考案したという軍事革命なのか!」
ヴィンセントは、目の前に突きつけられた槍(の先端に、安全のためのもふもふカバーがついたもの)を見て、戦慄した。
「……殿下、お引き取りを」
別荘の二階の窓が開き、ナターシャがパジャマ姿で顔を出した。
彼女の手には、セバスが用意した拡声用の魔法具が握られている。
「……ナターシャ! ああ、その美しい……いや、そのだらしない格好はなんだ!」
「黙りなさい。今の私にとって、貴方の声は割れたグラスの破片を耳に突っ込まれるより不快です。……王都がどうなろうと、私が誰の代わりに働こうと、私の知ったことではありませんわ。私は今、最高に『快適』なのです」
ナターシャは、冷たい瞳で元婚約者を見下ろした。
「貴方の隣で、書類とクロエ様のわがままに埋もれて死ぬより、ここでミハイル様に甘やかされながら、毛布に埋もれて死ぬ方が、一万倍マシです。……セバス、例のものを」
「かしこまりました。……皆様、退避!」
セバスの合図で、ミハイルたちが一斉に距離を取る。
直後、別荘の屋根に設置された巨大なタンクから、大量の「特製プリンの失敗作(液体状)」が、滝のようにヴィンセントたちの頭上に降り注いだ。
「うわあああ! ベタベタする! なんだ、この甘い匂いは!」
「……私の新作プリンの開発のために犠牲になった、尊い残骸ですわ。それを浴びて、少しは頭を冷やしなさい。……さあ、掃除が面倒になる前に、さっさと王都へ帰ってちょうだい!」
バタン!と窓が閉められ、ヴィンセントはプリンまみれの姿で呆然と立ち尽くした。
ミハイルは、その光景を見て、満足げに頷いた。
「……流石だ、ナターシャ。敵に屈辱を与えつつ、同時にその甘美な香りで戦意を喪失させるとは。これぞ、究極の不殺の兵法……!」
ヴィンセントの「連れ戻し作戦」は、開始数分で、甘くベタつく大失敗に終わったのである。
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