邪魔する殿下との婚約破棄、喜んで承ります。

小梅りこ

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「ナターシャ、君に伝えなければならないことがある。いや、伝えさせてくれ。この溢れ出す想いを、もう止めることができないんだ」


別荘の特等席、暖炉の前。
ミハイルが、いつになく真剣な……というより、もはや燃え盛る炎のような熱量を瞳に宿して、ナターシャの前に跪いていた。


ナターシャは、ミハイルが特注した「羊毛100%、雲の上のような肌触りのガウン」に包まり、まどろんでいた。


「……ミハイル様。そんなに熱烈に見つめられたら、私のガウンに引火してしまいそうですわ。何か重大なバグでも見つかりましたの? 私の『全自動・お茶出し滑車』が壊れたとか」


「違う! 装置の話ではないんだ。……昨日、あの愚か者ヴィンセントを追い出した時、私は確信した。君を守ることは、私の領主としての義務ではない。私の魂が、君という存在を求めているんだ!」


ミハイルはナターシャの(ガウンに包まれた)手を取り、切実な声を上げた。


「君は私の『師匠』だ! 怠惰という名の効率を極め、戦わずに勝つ術を私に教えてくれた。だが、今の私はそれ以上に……君という一人の女性を、誰にも渡したくないと思っている!」


ナターシャは、パチパチと瞬きをした。


「……あら。ミハイル様、それはつまり……これからもずっと、私の『快適生活』を全面的にバックアップしてくださる、という契約更新の申し出かしら?」


「バックアップどころではない! 私は君の盾になり、矛になり、君が一生、指一本動かさずに眠り続けられる世界を創ると誓おう!」


「盾、ですか。それはいいわね。……ちょうど、あの窓からの隙間風が気になっていたの。ミハイル様がそこに立って盾になってくだされば、私の安眠はさらに完璧なものになりますわ」


ミハイルは一瞬、呆気に取られたように口を開けた。
しかし、すぐに彼は「ハッ」と目を見開くと、感極まったようにナターシャの手を握りしめた。


「……っ! なんということだ! 私に『盾になれ』と……。それは、君の最も近くで、君の体温を感じながら、外敵から守り続けろという密命なのだな!」


「いえ、ただ風を遮ってほしいだけで……」


「分かっている! 君はあえて『隙間風』という言葉を使い、私の存在が君の生活に不可欠であることを示唆してくれたのだ! ナターシャ、君のその、遠回しで高潔な愛の告白……このミハイル、生涯忘れないぞ!」


ミハイルの瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。


「……ねえ、セバス。この人、私の『ただのわがまま』を、どうしていつも『聖女の託宣』みたいに変換してしまうのかしら」


背後に控えていたセバスが、銀のトレイを磨きながら、いつもの無表情で答える。


「お嬢様が、それほどまでに魅力的で、かつ『救いようのないほど怠惰』だからでございますよ。ミハイル様のような超真面目人間には、その『動かなさ』が、不動の神性に見えるのでしょう」


「……神性、ねえ。私はただ、動くのがコスパ悪いと思っているだけなんだけど」


「そこが素晴らしいのだ、ナターシャ!」


ミハイルが再び身を乗り出した。


「君は、既存の『愛』という言葉さえも、効率化して削ぎ落とした! 無駄な甘い言葉などいらない、ただ『盾としてそこにいろ』。これこそ、真の信頼関係ではないか! 私は……私は今、猛烈に感動している!」


「……あの、ミハイル様。感動するのは自由ですが、鼻息で私の紅茶が冷めるので、少し離れていただけます?」


「失礼した! すぐに離れる! ……だが、約束しよう。今日から私は、君の『最高級・人間防風壁』として、二十四時間体制で君の眠りを守り抜く!」


ミハイルは鼻息荒く立ち上がると、窓際に直立不動で立ち、隙間風を一点に受ける姿勢をとった。


「……完璧だ。風が来ない。……セバス、この人、本当に便利だわ」


「左様でございますね。……ただ、お嬢様。ミハイル様の今の感情は、もはや『師匠への尊敬』を通り越して、完全に『一人の男としての恋慕』でございますが……よろしいのですか?」


ナターシャは、ミハイルの広い背中を眺めながら、プリンを一口啜った。


「……いいんじゃないかしら。彼が幸せそうで、私が快適なら、それはウィンウィンの関係だわ。……あ、ミハイル様。ついでにそこの本、取ってくださる?」


「ハッ! 喜んで!」


ミハイルは、弾かれたように本棚へ向かった。
彼の動きには、かつての「氷の処刑人」の冷徹さは微塵もなく、ただ「愛する人のためにサボる環境を整える」という情熱だけが溢れていた。


ナターシャは、満足げにクッションに深く沈み込んだ。
彼女にとっての愛とは、自分が何もしなくていい環境を提供してくれる存在のことだった。
その意味で、ミハイルは間違いなく、世界で最高の「恋人(高機能家具)」になりつつあったのである。
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