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「……セバス。王都の方角から、何やら美味しい『焦げ跡』の匂いがするわ。誰か、あちらで盛大に自爆でもしたのかしら」
別荘の最深部、空調の効いた「究極の微睡みルーム」。
ナターシャは、ミハイルが特注した「人間を骨抜きにするマッサージチェア」に揺られながら、窓の外を見ずに呟いた。
「お嬢様、お鼻が利きますね。爆発したのは建物ではなく、ヴィンセント殿下の社会的地位でございます。先ほど王都の協力者から、緊急の早馬……いえ、早鳥が参りました」
セバスが差し出したのは、暗号化された小さな紙片。
ナターシャはそれを一瞥し、満足げに口角を上げた。
「あら。案外、早かったわね。三ヶ月は持つかと思っていたけれど、あの方たちの無能さは私の予測を超えていたわ」
「殿下が先日、こちらで拡声器を振り回して大騒ぎした挙句、半泣きで帰城されたのが決定打だったようです。……王都へ戻るなり、陛下がお怒りになり、公務の滞りと不明金について厳しい追及を始められたとか」
そこへ、いつものように「ノックをしないのが自分の特権」だと思い込んでいるミハイルが、今度は震える手で分厚い報告書を持って駆け込んできた。
「ナターシャ! 大変なことになった! 王都の政界がひっくり返ったぞ! ヴィンセントが……第一王子が、横領と背任の疑いで正式に拘束された!」
「……まあ。ミハイル様、その報告書、重そうですわね。そこに置いてください。読むのはセバスに任せますから」
「それどころではない! 驚くべきは、その証拠書類だ。……奴がクロエに買い与えた宝石の領収書、秘密の裏帳簿、さらには各大臣への無能な指示書のコピー……それらすべてが、王宮の隠し金庫から『自動的に』陛下の机へ転がり込んだというのだ!」
ミハイルは、信じられないものを見る目でナターシャを凝視した。
「……ナターシャ。まさか貴様、王都を去る前に、あらかじめこれを仕組んでいたのか?」
「仕組むだなんて、人聞きの悪い。私はただ、あの方が書類の整理もできないことを知っていましたから。……私がいない間に部屋が散らかるのは目に見えていました。だから、一番大事な証拠を、一番散らかりやすい場所に置いておいただけですわ」
ナターシャは、セバスが剥いてくれた果実を口に運び、優雅に咀嚼した。
「……『もし、ヴィンセント様が三日以上書類を放置したら、重みで棚の底が抜けて、隠し引き出しが開く』。そんな単純な物理ギミックですわ。……まさか、本当に底が抜けるほど放置するとは思いませんでしたけれど」
「……物理ギミックだと!? 貴様、そこまで読んで……! 奴が怠慢になればなるほど、自らの首を絞める時限爆弾が起動するように設計していたのか!」
ミハイルは、その場に崩れ落ちるように跪いた。
「なんという……なんという恐ろしい、そして美しい知略だ! 剣も魔法も使わず、ただ相手の『無能』という重力を利用して自滅させる……。ナターシャ、君は軍師としても神の領域にいる!」
「いえ、ただ『証拠を隠す場所を考えるのが面倒だった』だけですわ」
「さらに、クロエだ! 彼女が王宮の備品を勝手に売り払っていた証拠も、すべて君が作成した『備品管理台帳(最新版)』の裏側に貼り付けられていたそうだ! 彼女が台帳を読もうとして、難しすぎて投げ捨てた瞬間に剥がれ落ちたという……!」
「あら。彼女、本当に一文字も読まなかったのね。……私の苦労が報われましたわ」
ナターシャは、他人事のように微笑んだ。
彼女にとって、ヴィンセントとクロエへの復讐は、あくまで「将来、自分が王都に連れ戻されるという重労働」を回避するための、予防接種に過ぎなかった。
「……ナターシャ。殿下は廃嫡、そしてクロエは平民に降格の上、強制労働施設への送致が決定した。……君の平穏を乱した報いとしては、あまりに完璧な結末だ」
ミハイルの声は、もはや恐怖を通り越して崇拝の色に染まりきっている。
「……お嬢様。これで王都からの刺客も、騒音公害も、二度とやってくることはございません。正真正銘、この辺境はお嬢様の『眠れる聖域』となりましたね」
セバスの言葉に、ナターシャは深く、深くソファに沈み込んだ。
「……最高だわ。これでようやく、本気で寝られる。……ミハイル様、復讐劇の感想戦はもういいですから、その報告書で焚き火でもして、美味しいマシュマロでも焼いてくださいな。……私、もう、瞼が重くて一ミリも動きませんの……」
「……ああ! 役目を終え、すべてを焼き払って眠りにつく聖女……! どこまでも完璧だ、ナターシャ!」
ミハイルがマシュマロを焼き始める音を聞きながら、ナターシャは今度こそ、誰にも邪魔されない至福の眠りへと落ちていった。
王都の騒乱も、王子の涙も、彼女の「安眠」という目的の前では、ただの心地よいBGMでしかなかった。
ナターシャ・フォン・グラムの効率的な復讐は、一歩も動くことなく、完全なる勝利で幕を閉じたのである。
別荘の最深部、空調の効いた「究極の微睡みルーム」。
ナターシャは、ミハイルが特注した「人間を骨抜きにするマッサージチェア」に揺られながら、窓の外を見ずに呟いた。
「お嬢様、お鼻が利きますね。爆発したのは建物ではなく、ヴィンセント殿下の社会的地位でございます。先ほど王都の協力者から、緊急の早馬……いえ、早鳥が参りました」
セバスが差し出したのは、暗号化された小さな紙片。
ナターシャはそれを一瞥し、満足げに口角を上げた。
「あら。案外、早かったわね。三ヶ月は持つかと思っていたけれど、あの方たちの無能さは私の予測を超えていたわ」
「殿下が先日、こちらで拡声器を振り回して大騒ぎした挙句、半泣きで帰城されたのが決定打だったようです。……王都へ戻るなり、陛下がお怒りになり、公務の滞りと不明金について厳しい追及を始められたとか」
そこへ、いつものように「ノックをしないのが自分の特権」だと思い込んでいるミハイルが、今度は震える手で分厚い報告書を持って駆け込んできた。
「ナターシャ! 大変なことになった! 王都の政界がひっくり返ったぞ! ヴィンセントが……第一王子が、横領と背任の疑いで正式に拘束された!」
「……まあ。ミハイル様、その報告書、重そうですわね。そこに置いてください。読むのはセバスに任せますから」
「それどころではない! 驚くべきは、その証拠書類だ。……奴がクロエに買い与えた宝石の領収書、秘密の裏帳簿、さらには各大臣への無能な指示書のコピー……それらすべてが、王宮の隠し金庫から『自動的に』陛下の机へ転がり込んだというのだ!」
ミハイルは、信じられないものを見る目でナターシャを凝視した。
「……ナターシャ。まさか貴様、王都を去る前に、あらかじめこれを仕組んでいたのか?」
「仕組むだなんて、人聞きの悪い。私はただ、あの方が書類の整理もできないことを知っていましたから。……私がいない間に部屋が散らかるのは目に見えていました。だから、一番大事な証拠を、一番散らかりやすい場所に置いておいただけですわ」
ナターシャは、セバスが剥いてくれた果実を口に運び、優雅に咀嚼した。
「……『もし、ヴィンセント様が三日以上書類を放置したら、重みで棚の底が抜けて、隠し引き出しが開く』。そんな単純な物理ギミックですわ。……まさか、本当に底が抜けるほど放置するとは思いませんでしたけれど」
「……物理ギミックだと!? 貴様、そこまで読んで……! 奴が怠慢になればなるほど、自らの首を絞める時限爆弾が起動するように設計していたのか!」
ミハイルは、その場に崩れ落ちるように跪いた。
「なんという……なんという恐ろしい、そして美しい知略だ! 剣も魔法も使わず、ただ相手の『無能』という重力を利用して自滅させる……。ナターシャ、君は軍師としても神の領域にいる!」
「いえ、ただ『証拠を隠す場所を考えるのが面倒だった』だけですわ」
「さらに、クロエだ! 彼女が王宮の備品を勝手に売り払っていた証拠も、すべて君が作成した『備品管理台帳(最新版)』の裏側に貼り付けられていたそうだ! 彼女が台帳を読もうとして、難しすぎて投げ捨てた瞬間に剥がれ落ちたという……!」
「あら。彼女、本当に一文字も読まなかったのね。……私の苦労が報われましたわ」
ナターシャは、他人事のように微笑んだ。
彼女にとって、ヴィンセントとクロエへの復讐は、あくまで「将来、自分が王都に連れ戻されるという重労働」を回避するための、予防接種に過ぎなかった。
「……ナターシャ。殿下は廃嫡、そしてクロエは平民に降格の上、強制労働施設への送致が決定した。……君の平穏を乱した報いとしては、あまりに完璧な結末だ」
ミハイルの声は、もはや恐怖を通り越して崇拝の色に染まりきっている。
「……お嬢様。これで王都からの刺客も、騒音公害も、二度とやってくることはございません。正真正銘、この辺境はお嬢様の『眠れる聖域』となりましたね」
セバスの言葉に、ナターシャは深く、深くソファに沈み込んだ。
「……最高だわ。これでようやく、本気で寝られる。……ミハイル様、復讐劇の感想戦はもういいですから、その報告書で焚き火でもして、美味しいマシュマロでも焼いてくださいな。……私、もう、瞼が重くて一ミリも動きませんの……」
「……ああ! 役目を終え、すべてを焼き払って眠りにつく聖女……! どこまでも完璧だ、ナターシャ!」
ミハイルがマシュマロを焼き始める音を聞きながら、ナターシャは今度こそ、誰にも邪魔されない至福の眠りへと落ちていった。
王都の騒乱も、王子の涙も、彼女の「安眠」という目的の前では、ただの心地よいBGMでしかなかった。
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