ある時は狙って追放された元皇族、ある時はFランクのギルドマスター、そしてある時は王都の闇から弱き者を護る異世界転生者

夜の執行者

　夜の暗闇が支配する街。
　本来なら住民達は眠りにつき、周囲は静寂に包まれているはずだった。
　しかし一人の男が息を切らせながら、街の裏路地を駆ける。

「はあ⋯⋯はあ⋯⋯くそっ！ 何なんだあいつらは！」

　男は追われていた。
　足がもつれながらも、逸早くこの場所を逃れようと必死に暗闇の中を進む。

「人を殺したくらいで、何で俺がこんな目に遭うんだ」

　街では原因不明の殺傷事件が多数起きていた。
　それはこの男や仲間が、自分達の快楽のために人を殺し傷つけていたのだ。
　月明かりに照らされた裏路地の出口が見え、男は表情が緩む。
　これで助かった⋯⋯男は安堵の息をつこうとしたが、それはまだ早かった。

「どこへ行くつもりだ？」

　突然頭上から白い外套を着た者が現れ、男の行く手を阻む。

「お、お前はさっきの⋯⋯」

　男は目の前にいる者に対して恐れをなして後退る。
　何故なら男以外の仲間は、既に外套を着た者によって処分されていたからだ。

　一年程前からサルスガルド王国の首都、グランツリヒトでは奇妙な事が起きていた。
　地位が高い者、金がある者、人道に外れた行為をした者が次々と捕まるか、処分されていたのだ。
　それらの者達には共通点があった。
　権力や金を使って悪事をなかったことにしたり、事件の犯人がわからなかった者達だった。男はそのことを知っていたのか、必死に命乞いをする。

「た、頼む！ 見逃してくれ！」

　だが男は今まで命乞いをしてきた者達を笑い、始末してきた。従って、外套を着た者からすればその姿は滑稽にしか見えない。
　外套を着た者は右手に持った剣を天に掲げる。
　そして男の言葉を無視して剣を振り下ろし、一言呟いた。

「さあ、裁きの時間だ」

　男の断末魔が辺りに響く。
　その声を聞いて近くに住む者達が駆けつけると、倒れている男以外は誰もおらず、地面には白く輝く十字架のアクセサリー⋯⋯クロスチャームがあるだけだった。

「女神の裁きだ」

　この場に集まった者がポツリと呟く。
　悪事を働いた者達が裁かれた後、必ずこのクロスチャームが置かれていた。

　法に裁かれない悪党が、天に代わって裁きを下される。
　正義が失われつつあるこの世界では、弱き者達にとって姿を見せぬ執行者達は、希望の光であった。
　そしてクロスチャームが置かれていることで、人々は自然とこう口にしていた。
【女神の執行者】と。