ある時は狙って追放された元皇族、ある時はFランクのギルドマスター、そしてある時は王都の闇から弱き者を護る異世界転生者

マーラッシュ

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切実な願い

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 ルイ姉とシアは、ギルドメンバーの自室がある二階へと駆け上がる。
 そしてこの場には俺とリーゼロッテだけとなった。  

「みなさん急にどうしたのですか?」

 リーゼロッテは突然の出来事に理由がわからないようだ。だがこれ以上踏み込むなら相応の覚悟を持ってもらうことになる。

「俺達はこれから仕事があるんだ」
「このような時間に?」

 外はもう夕陽が落ち始めている。まもなく夜が訪れるため、リーゼロッテの疑問は当然だ。

「それなら私も行きますよ。出向している身ですから」
「二つ約束を守れるなら来てもいいぞ。一つはこれから起こることは秘密にしてほしい」
「秘密? 何だか怪しい匂いがします」
「もう一つはリーゼロッテがついてくるのは構わないが手出し無用だ。見ているだけにしてほしい」
「見ているだけ? あなた達は何をしようとしているのですか」
「ここで問答する気はない。あと五秒で決断してくれ」

 俺は頭の中で五秒を数える。
 リーゼロッテは納得出来ないといった表情をしているが、時間がないため俺は答えを問う。

「どうする?」

 俺はリーゼロッテの目を真っ直ぐに見据える。
 あくまで自分の考えだけど、リーゼロッテの瞳には迷いがないように見えた。

「答えを言うまでもないです。もちろん行きます」

 予想通りの答えが返ってきた。
 どうやらリーゼロッテは疑問に思うことをそのままにしておけない性格のようだ。
 だけど世の中知らない方が良いこともある。いつかそのことで足をすくわれなきゃいいけど。
 しかし踏み出すことによって得られるものがあるのも事実だ。
 俺個人としては後者の方が好ましいけどね。

「それじゃあ行くぞ」
「ええ」

 俺とリーゼロッテはルイ姉達の後を追って階段を駆け上がる。
 そして一番端にある一つの部屋の前にたどり着いた。

「ここは⋯⋯確か物置きですよね」

 そう。リーゼロッテがこのギルドに来た日、ここは物置きだと説明した。

「そうだな。しかし本当は⋯⋯」

 俺はドアノブを回し、扉を開け中に入る。

「これは⋯⋯執務室ですか?」

 部屋の中には黒塗りの重厚な机、ソファーにテーブル、本棚と一見何の変哲もない部屋に見える。強いて違いがあるというなら、大きな鏡があることだ。
 そしてリーゼロッテは目と耳でその部屋の異変に気づいた。

「女神セレスティア様⋯⋯どうか私の話を聞いて下さい」

 突然部屋の中に少女の声が聞こえて来た。
 その声は俺やルイ姉、シアのものではなく、もちろんリーゼロッテのものでもない。

「ど、どういうことですか! この声はいったい⋯⋯それに鏡に少女の姿が!」
「それはこの鏡⋯⋯メディウムの鏡から聞こえる声だ」

 俺は部屋にある大きな鏡を指差す。

「メディウムの鏡? 初めて聞く言葉です。ですが何故その鏡から⋯⋯」
「これはある迷宮の奥地に眠っていた伝説のアイテムなんだ。対になっていて、もう一つは隣の教会にある。そのため、隣の教会の声がメディウムの鏡を通じて離れていても聞こえるんだ。ちなみにこっちの姿や声は向こうには聞こえないから安心してくれ」
「隣の教会から? 何故わざわざ盗撮する必要が⋯⋯」
「それは鏡の向こうにいる迷える子羊が教えてくれるだろう」

 リーゼロッテは不満な表情を浮かべているが、話の内容が気になるのか、メディウムの鏡に目を凝らし耳を傾ける。

「私の名前はメリッサです。家は商家を営んでいて、これまで商売はずっと順調でした。でも半年前から、ガラの悪い人達が店に来るようになって、嫌がらせを受けるようになりました。店の商品が腐っていた、虫が入っていたと騒いで、わざと店を壊したり⋯⋯あれだけ繁盛していたお店が、今ではお客様は誰もいません。衛兵の方々に相談しても取り合ってくれず、借金もたくさんあって、もうこれ以上店を続けていくことは⋯⋯」

 少女の声が詰まり、嗚咽が聞こえてくる。
 どれだけ苦しかったのだろう、どれだけ悔しかったのだろう。だが少女を助けるものは誰もいなかったようだ。
 しかし誰だって自分の身が一番可愛い。余計なことに首を突っ込んで、巻き込まれたくないと思うのは普通の考えだ。

「ここの教会で祈れば、願いが叶うと聞きました。どうか私の願いを聞いて下さい」

 少女は女神セレスティアの像に向かって、何度も何度も願いを口にした。
 そして三十分程時間が経つと、メディウムの鏡から少女の姿が見えなくなるのであった。

 静寂が部屋を訪れる。
 その静寂を破ったのは、戸惑いの声を上げたリーゼロッテだった。

「な、何なんですか今は⋯⋯」
「あれ? 聞いたことない? 寂れた教会で祈りを口にすると願いが叶うって。少女も⋯⋯メリッサも言ってただろ?」
「願いが? そんなこと私には⋯⋯もう訳がわかりません」

 突然の展開にリーゼロッテは言葉を失う。
 王都ではけっこう認知されてきたと思っていたけど、まだまだのようだ。

「ルイ姉、さっきメリッサが言っていたことって調べてある?」
「うん。以前からメリッサちゃんのお店、商家アルトは悪い人達から嫌がらせを受けてるって聞いていたからバッチリだよ。え~と嫌がらせをしているのはアクトーク商会の代表のワルイって人で、伯爵家のボーゲンが裏で手を回して犯罪をなかったことにしているみたい」
「さすがルイ姉だ」
「私だけの功績じゃないけどもっと褒めて褒めて~」

 ルイ姉はこちらに向かって頭を下げてきた。
 俺はルイ姉の頭に手を置き、ワシャワシャと撫でる。

「う~ん♪」

 ルイ姉は目を細め、嬉しそうな表情をした。
 そして満足したのか、一歩下がる。
 さて、情報は揃った。あとはやることは一つだ。
 弱き人々の平和を乱す悪を許すことは出来ない。例えどんなに偉い奴が許したとしても、報いを受けてもらう。

「さあ、裁きの時間だ」

 決意の言葉を呟き、俺達は白い外套を纏うのであった。



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