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最強の援軍

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 俺は急ぎタージェリアの南西へと向かう。
 命の危険にある少女を見殺しにすることなどできないという考えもあるけどもしかしたらこの子がザガド王国が必死になって探している子じゃないかと思っている。
 探知スキルで視た時に岩と岩の間の隙間に座っていたけどすぐに意識を失ったのか倒れてしまった。
 本当はルナさんを優先させたかったけど幸いなことに兵隊は退却し始めているため、ルナさんの安全は確保されている。それならば倒れた少女を助けに行く方が優先だ。

 空を見ると雲が拡がりポツリポツリと雨が降ってきた。
 雨は体温を奪ってしまう。少女がどれくらい外気に晒されていたのかわからないけど今日はけして気温が高い方ではない。急いだ方が良さそうだ。
 そして走り出してから1分も経たないうちに少女が隠れている場所へと到着する。

「大丈夫ですか?」

 俺は意を決して褐色の肌を持つ少女に声をかけるが反応がない。見た目は俺と同じくらいの年に見えるけどこの少女はいったい⋯⋯ん? 何かうわ言で呟いているぞ。

「もう痛いことを⋯⋯しないで⋯⋯ち⋯⋯」

 そして少女は一言二言口にするとそのまま完全に意識を失ってしまった。

「まずい! 急いで回復魔法をかけないと!」

 俺は急ぎ完全回復パーフェクトヒール創聖魔法ジェネシスをかける。
 よく見ると少女の身体には無数の傷跡がある。だけどこの傷の大部分は過去に傷つけられたものだ。痩せ細っているし少女が過酷な環境で育ったことは間違いないだろう。一瞬奴隷かもしれないという考えが過ったが、この少女は首に奴隷の首輪はつけていなかった。ついているのは左手につけられた鎖だけで、その鎖も何かで斬られたような後がある。
 少女は少なくともザガド王国の襲撃でタージェリアの街から逃げてきた市民には見えない。
 やはりこの少女はザガド王国が探しているものなのか? それとも何か深い事情があってここにいるのか? どちらかわからないけど今は少女の傷を治すのが先だ。
 俺は古い傷跡も含めて少女が負傷している場所を全て治療した。

「これで大丈夫なはずだけど⋯⋯」

 しかし少女の息づかいが荒くなっているだけで目を開けることはなかった。

「もしかして熱があるのか?」

 俺は少女の額に手を置くと明らかに高い温度が掌に伝わってくる。

 完全回復パーフェクトヒール創聖魔法ジェネシスはあくまでも怪我や傷を治す魔法なので病気には効かない。

 そうとわかったらいつまでもここにいる必要はない。

 俺は少女を背負ってなるべく振動を立てないようにタージェリアへと戻るのであった。

 そして俺は西門にたどり着くとそこには殺気を纏った鬼がいた。

「ちょっとリック! 私の許可なしにどこへ行っていたのよ」
「危険な状態の女の子がいたから助けに行ってたんだ。それよりこの子、熱が出ているみたいでベッドに寝かせてあげたいからエミリア見ててくれないか?」

 この少女が何故あの場所にいたのか聞いてみたいけど捕らわれたルナさん達のことも気になる。
 それにエミリアならもしザガド王国の兵達がこの子を取り戻しにきても蹴散らしてくれるだろう。

「私に命令するなんて良い度胸ね。で、でも今日は帝国の外に出れて気分がいいから特別にそのお願いを聞いてあげるわ」
「ありがとう」

 だがこのお願いは結局きいてもらうことはなかった。なぜなら⋯⋯。

「エミリア、我らは帝国に戻るぞ」

 背後から現れた皇帝陛下によってエミリアは帝国に戻ることを余儀なくされたからだ。

「リックさん、皇帝陛下はもう国に戻られると言っているのよ」

 そして皇帝陛下の隣にはラフィーネさんがいた。
 そう、俺はルナさん達を助けるためにシュバルツバインに向かったのは帝国の力を借りるためだった。
 ザガド王国の戦力は未知数、そしてジルク商業国は多くの兵をすぐに集めることができないということだったのでルナさん達を確実に助けるために俺は皇帝陛下と戦って勝ち、援軍を出してもらうことをお願いした。もちろんラフィーネさんには事前に許可を得てだ。
 ただハインツの姉である皇女がザガド王国に嫁いでいるため、もしかしたら皇帝陛下は俺の願いを拒否するかもと思ったがそれは杞憂で終わった。
 皇帝陛下から「帝国を出た以上娘はもうザガド王国の人間だ。娘は余を倒すためにザガド王国へ嫁いだのだからリックは気にしないでいい。それに⋯⋯いや、これはそなたには関係ない話だ」と言われた。
 まあこの辺りの情報は昔エミリアとサーシャから聞いていたから大丈夫だと思っていたけどな。

 そして決闘が終わった後、俺は皇帝陛下とエミリアに強化魔法をかけて1日で帝国とジルク商業国の国境沿いまで走ったが、この時1つだけ誤算があった。何故だかわからないが皇帝陛下には創聖魔法による強化が出来なかったため、補助魔法の強化で走ってもらった(それでも俺やエミリアより速かったけど)。

 そして国境沿いで編成した兵を引き連れてタージェリアへと向かったのだ。

「いや! 私はまだ戻りたくありません」
「まだ公爵にエミリアが帝国の外に出る許可を得ていない。今は帝国に戻るぞ」
「⋯⋯わかったわ」

 さすが皇帝陛下だ。
 もし他の者が帝国に戻るように言ってもエミリアは言うことを聞かなかっただろう。それにここで駄々をこねたらせっかく勝ち取った出国許可が取り消しになる可能性があるからエミリアとしては従わざるをえないか。

「皇帝陛下、この度は助力して下さり助かりました」

 ラフィーネさんが皇帝陛下に向かって頭を下げる。

「約束だからな。礼ならリックに言え。だが次はないぞ」
「私としては今後も良好な関係を続けて行きたいと願っています」
「それは約束することはできん」

 そこは約束して欲しい所だけど皇帝陛下は強者と戦うことに喜びを感じているからな。もしジルク商業国に猛者がいれば戦争を吹っ掛けてくるかもしれない。
 そしてこの時皇帝陛下が俺の方に鋭い視線を向けてくる。

 えっ? まさか⋯⋯猛者って俺のこと! 冗談じゃない。俺としてはもう2度と皇帝陛下と戦いたくないぞ。

「リック、次に会うときは敵同士だといいな」
「いえ、僕は味方の方が⋯⋯」

 ひぃっ! やっぱりこの人俺を殺す気だよ!

「エミリアいくぞ」
「わかりました」

 エミリアの表情から帝国に戻ることを納得していないのがわかる。

「リック! 1つだけ忠告するわ。サーシャにだけは気を許しちゃだめだからね! いい?」
「わ、わかった」

 エミリアの形相が怖かったので俺は思わず頷いてしまう。

「また来るから」

 こうして援軍として来てくれた皇帝陛下やエミリアは帝国へと戻って行くのだった。

「さあ、私達もルナさん達の所に行きましょう。それにリックくんが背中に背負っている子も休ませてあげないとね」
「熱があるのでそうして頂けると助かります」
「ルナさん達は役所でシオンさんとテッドさんが保護しているからその子も役所で寝かせてあげましょう。すぐにお医者さんの手配もするわ」
「お願いします」

 そして俺は役所へと向かい、ルナさんがいる部屋まで案内してもらう。

 色々あったけどルナさんを無事に助けることができて本当に良かった。
 俺はまたルナさんと再会できることが嬉しくて意気揚々と部屋のドアを開ける。

 するとルナさんが俺の胸に飛び込んできた。

ここはどこなの?」
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