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連載

ザガド王国王妃

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 ハインツがタージェリアから撤退した後、ザガド王国とジルク商業国の国境にて

 ジルク商業国から撤退したザガド王国の元帥であるジグベルトは1つの陣幕に呼ばれて地面に膝をつき、恐怖に震えていた。

「あなたは私の命令を覚えていますか?」

 陣幕の中で戦場には似つかない軽装な服を来た女性が威圧的な声で軍の最高司令であるジグベルトに向かって問いかける。

「も、もちろん覚えています」

 ジグベルトは吃りながら女性の問いに答える。
 この2人の様子から女性の方が元帥より上の立場であることが誰の目から見ても明らかだった。

「それなら私が命令したことをもう一度言ってもらえる?」
「そ、それは⋯⋯」
「あなたは今私の研究をする時間を奪っているの⋯⋯早くしなさい!」
「は、はいぃぃぃっ!」

 女性が叱責するとまるでジグベルトは叱られた子供のように縮こまり、ポツリと口を開く。

「わ、私が仰せつかった任務は命をかけて我が国から逃亡した者を捕らえること。そしてその逃亡者をフェニシア王妃の元に連れてくる⋯⋯ことです」

 ジグベルトが対峙している相手⋯⋯それはザガド王国の王妃であるフェニシアだった。

「ちゃんと覚えていたようで安心したわ⋯⋯で? リリナディアはどこにいるの?」
「それは邪魔が入りまして⋯⋯」
「邪魔? なるほど⋯⋯それで失敗したわけね」
「そ、そうなんです! そして我が軍の邪魔をしたのはあのエグゼルド皇帝陛下でした!」
「エグゼルド? あいつが?」
「一騎当千の強さを持つエグゼルド皇帝陛下が相手では任務を達成するのは困難でして⋯⋯」
「ふ~ん⋯⋯そう」
「はい、それとグランドダイン帝国もジルク商業国も逃亡者の存在に気づいていません。すぐに隠密部隊を編成し必ず逃亡者をフェニシア王妃の前に連れて参ります」
「次? その前に確認をしてもいいかしら?」
「は、はい⋯⋯」
「あなたはあの糞親父に負けたの?」
「も、申し訳ありません。私の力不足です」

 フェニシアはその言葉を聞いて何故か笑みを浮かべる。

「それなら次は負けないように強くならないといけないわね」
「は、はい! 精進して次こそは負けないように致します」
「ふふ⋯⋯そうね。あなたには期待しているわ」

 元帥はこの言葉を聞いて安堵するが⋯⋯。

「けれど⋯⋯あなたはいつ強くなるのかしら?」
「そ、それは⋯⋯」
「そうだ、良いことを考えたわ。あなたを私の実験に協力させてあげる。実験が成功すればハインツみたいに短時間で強くなることができるわ」
「で、ですがその実験は確か⋯⋯」

 ジグベルトの顔から滝のような汗が流れ始める。なぜならフェニシアの言っている実験の成功率を知っているからだ。

「う~ん、魔物では成功しているけど人はもう何人死んだのかわからないわ」

 フェニシアは自分の実験で死んだ者に対して罪悪感を抱かず笑みを浮かべながら元帥に答える。

「さ、さすがにその実験をやる訳には⋯⋯」
「大丈夫よ。一縷の望み? 一筋の光明? というのを信じていればきっと成功するわ。あなた達そういう言葉が大好きでしょ?」
「せ、成功するのは奇跡ということですか」
「1度成功しているから奇跡じゃないわ。寝ていれば終わるから安心して⋯⋯けれど起きたら地獄にいるかもしれないけど」

 ジグベルトに取ってはフェニシアの言葉はとても安心できるものではないし、人の生死についてまるで仲の良い友人と会話しているかのような姿に恐怖を覚える。
 このままでは自分は殺される。そう思ったジグベルトはこの時1つの決断を下す。

「あなたのこれまでの行いには目をつむって来ましたがこれ以上は看過できません。それとザガド王国で起きている人拐いの犯人はあなただと言うことはわかっています」

 ここ数年ザガド王国では突然人が行方不明になる事件が増えていた。その犯人はフェニシアで理由は人体実験を行うためということをジグベルトは知っていたのだ。

 幸いにもこの場には2人しかいなかったため、ジグベルトは剣を抜きフェニシアへと向ける。

「私を殺すつもり? あなたもただではすまないわよ」
「元より命は捨てるつもりだ。だがあなたの非人道的な行いは許す訳にはいかない。王国の未来のために死んで頂く」
「や、やめ⋯⋯」

 元帥は同じ死ぬならせめて意味のある死をと思いフェニシアに斬りかかる。

 キィン!

 だが残念ながらその刃がフェニシアに届くことはなかった。
 なぜなら最初から陣幕の中にいたのか、突然ハインツがフェニシアの背後から現れ、元帥の剣を持った右腕を両手で抑えたからだ。

「くっ! いつのまに!」

 元帥はハインツの両手から逃れようと右腕に力を入れるが全く動かない。

「姉上、何ですかこの茶番は」
「1度怯える王妃というものをやってみたかったの。この人があまりにも必死だったから途中で笑いをこらえるのが大変だったけど」
「おのれ!」

 元帥は動かない右腕の代わりに右足でハインツの顔面に向かって蹴りを放つ。だが逆に軸足である左足をハインツの右足で払われ、地面に倒れてしまう。

「ちょっと殺しちゃだめよ。1度屈強な男を魔王化できるか実験してみたかったんだから。王妃である私に襲いかかってきたのだからこれで私のモルモットにする大義名分もできたしね」
「貴様! 私を嵌めたのか!」
「嵌めたなんて人聞きの悪いわ。あなたが勝手に剣を抜いたんでしょ。まああなたは目障りだったからどのみち処分するつもりだったけど」
「どういうことだ!」
「今回の任務はタージェリアの街を滅ぼしてからリリナディアを探せば良いものを下民達には手を出さず、結局後から来たジルク商業国とあいつにやられて敗走なんて笑えないわ。せめて下民達を人質にして敵を殺すとか出来なかったわけ? その下らない正義感に虫酸が走るのよ」
「こ、今回の侵略は逃亡者を探すためだけに行ったものだ。たかがその程度のことで住民達に迷惑をかけることなどできない」
「だからあなたはいらないのよ。ハインツ、黙らせて」

 この王妃、いやこの魔女はここで殺さないといつか国を滅ぼし兼ねない。
 そう考えていたジグベルトだったがハインツの凄まじい威圧により動くことが出来ない。

「俺もこの綺麗事を抜かす所がリックに似ていて気にくわなかった。このまま姉上の実験材料になるんだな!」

 ハインツが地面に倒れている元帥の背中に向かって拳を振り下ろす。

「ぐはっ!」

 すると元帥は声をあげ、意識を失ってしまう。

 こうして数少ない正義がフェニシアに処分され、益々ザガド王国は混沌とかしていくのであった。
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