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本編
第2話:森の異変
しおりを挟む「……静かに話せる部屋でもあるか?」
「え? しかし……奥の部屋はギルド長の許可がないと……」
「良いぞ。ユーリ、俺が話を聞こう」
「ギルド長!」
顔に歴代の戦歴を刻んだ厳つい男――ギルド長、ドレードが受付の裏のドアから顔を出す。
そして手招きし、三人を中の部屋へと呼んだ。
ドレードは、三人の立場を正しく知っている、数少ない人間の一人である。
「さて、殿……ユーリ、話を聞こう」
ソファーに三人が腰掛けたのを見計らって、ドレードが話を切り出した。
「受付での話は聞いていたな?」
「ああ」
「どうもトレントだけじゃなく色々な魔物が異常発生している」
「なっ!」
ドレードは顔を驚愕に染めた。
それに対しユリウス達三人は至って冷静であり、既に各々今後のことについて思考を巡らせていた。
「ルイ」
ユリウスが自分の右側を見つめて呼びかけると、そこからぬっとルイが現れる。
「……相変わらず全く気配がしませんな、天虎様」
「ガゥ」
呼ばれてご機嫌なルイは、ユリウスへと飛びかかる勢いで擦り寄った。傍から見たら襲われているようだがお馴染みの光景な為、誰も焦らない。
「ルイによると、森に普段の3倍ほどの魔物が発生しているらしい。しかも普通この森にはいない魔物の目撃情報も増えているだろ?」
「あぁ、確かにそうだな。しかし、3倍……か」
「しかもそれだけでなく、森の奥深くから嫌な気配がする。もしかすると、異常発生したわけではなく、森の中心にある何かから……もしくは、居る何かから逃げて来たのかも知れないな」
「それはっ」
ドレードは、眉間に深いシワを刻みながら、気持ちを落ち着かせるようにお茶を一口含んだ。……そして直後、全て噴出することとなる。
「スタンピートが起こるかもしれませんね」
「ぶっ!?」
何でもないようにサラッと、ネルがとんでもないことを言ったからである。
「ゲホッゲホッ……すまん。お前さん、何でそんなにサラッとしてるんだ」
「今ならまだ対処の仕様があるからです」
「対処しなければ、森から魔物達が溢れ出すのも時間の問題でしょうがな」
エルハルドもネルと同じ考えのようだ。
ユリウスは、目を瞑り何かを考えているようだった。――ルイと念話で話しているのだ。
ドレードが落ち着くと、彼ら三人は、そんなユリウスの姿を見守っていた。
「「……」」
暫く場を静寂が支配した後、ユリウスはゆっくりと目を開けた。
「ルイが眷属に森の偵察へ行かせたらしい。森の中心からする嫌な気配については不明だが、魔物達については大体分かった」
「ッ! それは助かる」
「だいたいCランク三千体、Bランク千体、Aランク四百体だ」
「……小さな街のうちのギルドだけじゃキツイな。Sランク級がいないのが幸いだが」
考え込む時の癖なのだろうか。ドレードは顎に手を当て、右下を見つめた。
「ことが事だ。それにこの街は、王都と森の間に位置する砦のような重要な場所でもある。陛下に手紙を出す。人手は何とかなるだろう……騎士と冒険者が喧嘩しなければだが」
ユリウスは、少し呆れた顔でドレードを見た。
「うっ……頑張って宥めよう……」
騎士と冒険者は昔から折り合いが悪かった。ドレードやこの街の騎士団長はそうでも無いが、部下達もそうとは限らない。度々喧嘩や騒動が起こっていた。
「冒険者は頼んだ。騎士達は……」
「いざとなれば、私が出れば問題ないでしょうな」
「.......ああ、まあそうだな」
実はエルハルド、近衛の前騎士団長であり、二十年前にあった戦の英雄であった。深紅の英雄という異名があり、騎士を目指す者が一度は憧れる存在である。そんな者から宥められたら、騎士たちも流石に言うことを聞くだろう。
そこで、何故そんな人物が王都から逃亡したユリウスの護衛をしているのかという話になるが。実は引退する宣言をし、近衛の騎士団長の座を明け渡した際、ユリウスが「お前を引退させるのは勿体ない」と連れ出したのだ。
ちなみにエルハルドは、紅い髪と瞳のままでは英雄と直ぐバレてしまうので、ユリウス同様魔道具で色彩を変えていた。
「ガウ」
「!……そうか」
「どうした、ユーリ?」
「伯爵級の悪魔が三体いるらしい。……問題ないらしいが」
「はぁッ⁉︎」
いやいやいや、とドレードは凄い勢いで首を横に振った。
「な。問題ないってどう言うことですか、殿下」
思わず素の声を上げたネルや、エルハルドも訝しげな表情だ。
それもそうだろう。
伯爵級の悪魔など、魔物でいうSランクに匹敵し、エルハルドでも一人では一体倒せるかどうか怪しいところなのだ。そんなのが三体もいて問題ないなど信じられなかった。
「いや……俺も知らな……え? イーヴィルを呼べば良いのか?」
念話でルイに何か言われたらしいユリウスの問いかけに、ルイは一つ頷いた。
「だそうだ。イーヴィル、出番だぞ」
ユリウスはルイを呼ぶ時のように、虚空へと喋りかけた。
「!」
その途端、ユリウスの目の前の空間が禍々しく歪み、そこから何者かが現れる。それが現れた途端、ドレードは無意識に背中の大剣を抜いていた。
「おっと、危ない」
スタッと着地した彼は、大剣を構えるドレードを見て後に一歩引いた。黒髪に赤い瞳をしており、背中には大きな黒い翼が生えていた。
そ う 、 悪 魔 で あ る 。
「ドレード、剣を仕舞え。コイツは大丈夫だ」
「殿下! そいつはどう見ても悪魔、それもかなり爵位が高いぞ!?」
慌てるドレードと違い「大声で殿下と呼ぶな。外に聞こえたらどうする」と、ユリウスは落ち着いて言う。
「ほら、俺の護衛の二人が反応してないだろ」
「……」
「ついでに言うと、聖獣であるルイも反応してないぞ。……そもそも呼べと言ったのはルイだが」
そこまで聞いて、やっとドレードは剣をしまった。だが、片時もその悪魔から視線を逸らさない。
「分かった……で、何者だ。その悪魔は」
みんなの視線を一身に受ける悪魔――イーヴィルは、ユリウスに向かって恭しく礼をとった。
「お呼びいただきありがとうございます、ユリウス様。この状況は分かりかねますが、何なりとお申し付け下さい」
「ああ、悪いな急に」
「いえいえ、私はあなた様の配下も同然。どんな命令もこなして見せましょう」
「は、配下!? どうやったら悪魔が人間の下につくんだよ!?」
悪魔が人間に下ったという話など聞いたことがないので、ドレードの反応は当然と言えた。しかもイーヴィルは、ユリウスに対して強い忠誠心を抱いているように見える。
「……この街に来てすぐだったか。急に現れたと思ったら、主従の契約を結んできた」
「はぁ!?」
「ユリウス様ほど我が主に相応しいお方は居ません」
「いや、何でそう思った。面識無かっただろ」ユリウスは冷静に突っ込みを入れる。
主従の契約を結んでいるので、イーヴィルにユリウスは傷つけられない。そのため、悪魔の策略や反乱の心配は無いが、心当たりの無い忠誠を向けられるのは些か怖いらしい。
立場上、ユリウスは忠誠を向けられることに慣れている筈だが、そこにはユリウスが認められ、敬われるようになった過程が必ず存在する。だが、イーヴィルとの間にはそれが無かったのだ。
「そこは、まあ……。お役に立ちますので今は置いておいてください」
「『今は』ってことは、いずれ教えて貰うぞ。……仕方ない。で、用だが森に伯爵級悪魔が三匹いるらしい。そいつらを何とか出来るか?」
「おや、それは……詳しく聞いても?」
ユリウスは今起こっていることについて、詳しくイーヴィルへ伝えた。
「ふふふっ」
事情を聞いたイーヴィルはうっそりと、怒りの笑顔を浮かべる。これぞ悪魔だと思ってしまうような、恐ろしい顔だった。
「イーヴィル?」
「くふふっ、どこの馬鹿どもか知りませんが、おまかせ下さい。どうせ面白半分で人間の召喚に応じた、ただの馬鹿ですので」
「馬鹿って二回も言うか。仮にも同族だろ」
イーヴィルの存在に慣れてきたドレードが、あまりの辛辣さに思わず突っ込んだ。
「人間の召喚に応じた? まさか、人為的にスタンピードを起こそうとしている者がいるということか?」
「悪魔は面倒くさがりなので。自分たちでこんな事は絶対にしませんよ」
この街に対してスタンピードを起こし、得をするのは誰か。ユリウスは素早く頭を回転させ考える。
「陛下に報告し、各国にきな臭い動きがないか調べなければ」ユリウスは呟いた。
「まあイーヴィルがいるなら、ひとまず何とかなりそうですね、殿下」
「ああ、悪魔に関してはそうだな」
「……聖獣様の言う、森の中心の嫌な気配が気になりますが」
「……そこは引き続き、ルイに頼もう」
「ガウ」
話し合いは、今後を憂う人間たちの深い溜息によって終わりを告げた。そして、誰からともなく顔を見合せ、表情を引き締めたのだった。
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