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第2章 神々の運命

Desire for knowledge

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『ふぅー、つまらぬな』

 男は退屈していた。

『主神となり王となったことで、この世界についても国についても知らぬことはなくなった』

 ブカブカでボロボロな黒いローブを着ており、つばの広い帽子を深く被っている。その顔には真っ白な髭を蓄え、手には槍を持っていた。まさに魔法使いといった風貌だった。
 しかし、その者の片目は一切の傷が付いていないのにも関わらず閉じられていた。

『ここから見える景色、全てを知ってしまった』

 王は壮麗な館に住み、そこにある巨大な建築物の上に座っていた。そこからはその世界全体が見渡せる。

『ふーむ、何か儂の知らぬことはないか?お前達よ』

 王の肩には二羽のカラスがいた。

「カァー、カァー」
「クァクァー」
『そうか、この世界にはもうないか……』

 それは王の飼っているカラスだったが、ただのカラスではない。世界中を飛び回り様々な情報を集め、王に伝える役を担う特殊なカラスだった。

『まぁ、あらゆる手を使って知識を得ていたからのう」

 彼は知識を求める。自らの知らないことを知りたいという欲には特に忠実だったのだ。
 時にはある文字の秘密を知るために首を吊り、自らに槍を突き刺したこともあった。閉じられた片目も、泉の水を飲み知恵を得るために差し出したものだった。

『どこかに儂の知らない知識はないものかのうー』
「カァー」
「クァー」

 二羽のカラスも困り果てていた。それほどまでに王の知恵は豊富だった。

『ふーむ……む?そうか!この世界のことを全て知ってしまったのなら、他の世界に行けばよいのか!……よし、ではその辺の手頃な神話体系にでも潜入してみるかのう!フォッフォッフォッ』
「カァー!カァカァ!!カァァアア!!」
「クァクァ!クァー!!」

 妙案を思いついた王だったが、それに大反対とばかりに二羽のカラスが激しく鳴いた。

『む、そんなにダメか?確かに他神話に介入するのは得策とは言えんが……』

 他神話に無断で侵入すれば大問題となる。それこそ戦争が始まるほどの。
 それに何と言っても王はこの神話の主神だ。そんな存在が他神話に影響を与えてしまうような行動を取れば一体どうなるか、想像に難くない。

『どこか迷惑のかからない世界は無いものか……』

 それでも王は知識を求める。

「カァー、カァカァー!」
「クァクァ!」
『む?人間界とな?確かに他神話には直接の影響はないが……しかし人間か。あまり興味はないのじゃがのう』

 人間界、それは神が住んでいる神界とは全く別の世界。
 人間という何の力も持たず、神に願うことしかできない存在が住む世界。
 その世界は他神話の世界とは違い、神の干渉しない世界。
 各神話は自らの神話が最も偉大だと考え、それを証明するために神界の覇権を狙っている。この王が治める神話も例外ではなかったが、王自身は知識にしか興味がなかった。

『神殺しには興味あるが、同じ人間とはいえ人間界に住む人間は無力じゃからのう。たいした知識は得られないと思うが……』
「カァー!カァーカァー!!」
「クァ!クァ!」
『なんと!?人間には不思議な力があるとな!?その力が神殺し誕生に深く関わっておるというのか!?』

 王は二羽のカラスから唐突に告げられた事に驚愕した。

『な、なぜそれを早く言わないじゃ!』
「カァカァ」
「クァークァクァー、クァ!」
『確かな情報ではない……か。だがもし、それが真実であれば神殺しについての知識も得られる!こうしちゃおれん!!』

 王は勢いよく立ち上がった。すると王の足元から青色の光が生み出された。青い光はだんだんと凝縮され、扉を形作る。

『お前達は残っておれ。ただし他の神々には話すでないぞ?』
「カァー!」
「クァクァー!」

 王はまだ見ぬ知識を得るために、青い光でできた扉に向かって歩き出した。

『さぁ人間よ、儂に新たな知識を授けてくれ!フォッフォッフォ!』

 彼は時に戦の神と呼ばれ、時に知識の神と呼ばれたが、神でありながらその圧倒的な魔法の使い手だった。
 それ故に彼は多くの者にこう呼ばれていた。
 “魔導王”


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『ふーむ、いくつか町を見て回ったが、儂の欲するものはなかったのう』

 王は人間界に降り立つと早速人間界を見て回った。
 しかし未だに王の欲する知識には出会えていなかった。

『あまり長居をしてしまえば他の神々にバレてしまうしのう。なにより神殺し共にバレるのが一番厄介じゃ。数日以内に見つけたいところじゃが……』

 王が物思いに耽っているその時、王の肩に何かがぶつかった。

「ううぅぅ、あ……ご、ごめんなさい!」
『む?』

 王にぶつかった何かとは、人間の女性だった。女はすぐに離れ、王に頭を下げて謝った。

『良いぞ女、頭を上げよ』

 王は女に頭を上げるのを促した。

「お爺さん、怪我……してませんか?」
『儂はなんともないぞ。……そんなことよりどうかしたのか?』
「あ、あの、ううぅ……お、お腹が……」
『腹?……ッ!』

 王は気付いた。女の腹が大きく膨らんでいることに。

『お主、子を成しておるのか?』
「は、はい。まだ生まれないはずなんですが、ひどい陣痛で……」
『ふむ、痛むのか。では……』

 女が腹の痛みに苦しんでいることを知った王は、手に持つ槍を女に向けた。すると槍の先から緑色の光の粒が発生し、女の腹に吸い込まれていった。

「な、なにを?……あ、あれ!?痛みが、消えた!?」
『お主の腹の痛みを和らげたのじゃ。少しは楽になったかのう?』
「は、はい……でもどうやって?」
『しかし痛みは和らいでも、体力は消耗しておる。病院とやらに行った方が良いじゃろう』

 次に王はその手に持つ槍を地面に向けた。すると白く輝く魔法陣が描かれた。

『この儂が送ってやろう』
「え、え!?な、なにこれ!?」

 白い光が王と女を包み込んだ。そして一瞬光が強く輝いたと同時に、その場から二人の姿はなくなっていた。


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 白い光が晴れた時、王と女はある病院の前にいた。

「ど、どどど、どうして病院に!?え、え!?へ!?」
『お、落ち着かんか!』

 女は異常な光景に慌てふためき、驚いていた。

『お主、とんでもない狼狽っぷりじゃな』
「す、すみません。昔からどうも慌てやすくって……でも一体何が起きたんですか?病院まで結構距離あったはずなのに」
『まぁ、そんなこと気にするでない。早う行きなさい』
「は、はい……」

 女が後ろに振り返り、病院の入口へと歩いていく。すると女は何歩か歩いた後、再び振り返った。

「あ、あの、本当にありがとうございました!」
『……ッ!うむ、構わんよ』

 王はその言葉を聞き、後ろへ翻って歩き出した。女もその背中を見て再び病院へと歩いて行った。女と別れ歩いていた王は、満足そうな顔をしていた。


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 王は数日間人間の世界を放浪した。しかし彼が満足するものは見つからなかった。

『ふーむ、もう少し何かあると思ったんじゃがな』

 この数日間、王は多くの国、町を旅した。そこで多くの人間と触れ合ったが、王の欲するものは見つからなかった。

『む?いつのまにか数日前と同じ町に来てしまったのか。儂も焼きが回ったのう。フォッフォッフォ』

 王はいくつもの町を気の向くままに旅したが、それは全て別の町だった。しかし今いる町は数日前に来ていた町だったのだ。

「あれ?あの時のお爺さんじゃないですか!」
『む?おお!あの時の女ではないか!』

 それは数日前に訪れた際に出会った女だった。

「数日前はありがとうございました」
『構わん構わん。して容体は安泰かのう?』
「はい、今は安定しています。でももう少しで生まれるんです!」
『ほう、それは良かったのう』

 腹の膨らみは大して変わっていなかったが、どうやらもうじき生まれるようだった。

『……一つ聞いても良いかのう?』
「はい?何でしょう?」

 王は何となく気づいていた。数日前にこの女を病院へと送り、別れた後に自身が満足感を得ていたことを。
 人間について知りたくなり、人間界に来てから王は満足のいく知識を得られなかった。しかしなぜかその時だけは満足をしていたのだ。
 そのことに気づいた王は、その満足感の正体を知りたくなった。

『お主にとって、その子とはどんな存在だ?』
「この子、ですか?うーん……」

 突然難しい質問をされた女はしばらく考えた。

「そうですね……宝物、ですかね」
『ほう、宝とな?』
「はい。うまく言葉で表現できないんですけど、本当に大切な存在です。私にとって、これ以上ないほど」
『そうか。それは自分よりも、という意味か?』

 王はさらに問う。親から子への思いなど、とうに知っていることだったがなぜか気になったのだ。

『もちろんです。命をかけて、この子を守りたいと思ってます』
「……ッ!そうか」

 女はさっきと違ってキッパリと答えた。その答えに王は驚いたが、再びどこか満足したような表情を浮かべた。
 しかし数日前とは違い、自分が何に満足したのかがわかった。それは女の答えの中に、王が知りたかったことが見つかったからだった。

「この子には、優しく美しく元気に育って欲しいと思っています。それが、私の願いです」
『ふむ、そうかそうか。……腹に触れても良いかのう?』
「ええ、大丈夫ですよ?」

 王は恐る恐る手を伸ばし、女の腹に触れた。

『これが、人の子か……お?!』
「あ!蹴った!ふふふ」
『ふむふむ、元気な子に育つだろうのう』
「はい!」

 女は嬉しそうに腹を撫でていた。

『この子の成長が、儂も気になってきたわい。まさかこの儂に、人間から得られるものがあるとはな……フォッフォッフォッ』

 その時、王の体が白く光だした。その輝きは強くなっていったと思いきや、だんだんと薄れていった。それはいつしか王の体ごと薄まり、王は虚空に溶けていく。

「え、ええ!?き、消えた!?」

 女が気がついた時には、目の前にいたはずの存在が消えていた。

「……不思議な人だったねー、優香」

 彼は、自らを犠牲にしてでも叡智を求めた貪欲な王。戦を司り、あらゆる魔法を操った王。その王の名は……
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