覇道の神殺しーアルカディアー

東 将國

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第2章 神々の運命

第32話 狼煙

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 フェンリルを転移門の光の中に押し込んだカレンは刀を鞘に収め、ずれた眼鏡を直して姿勢を正した。

「転移したフェンリルに追いつくほどの驚異的な速度、流石としか言えん。しかしだカレン、なぜここに来たんだ?お前は奴の気を引き、確実にここに転移させるのが任務だっただろう?」
「後方に置いてきた部隊の心配はありませんでしたし、こちら側でもしものことがあってはいけませんから」

 カレンがフェンリルを追撃したのは、もしもの時に対応するためだった。カレンはフェンリルと直接戦ったため、その強大な力の危険性について身を以て知っていたのだ。

「それに奴と実際に戦って痛感しました。奴の本当に厄介なところは強靭な肉体でなく、凶暴な本能の方です。どれだけ攻撃を受けようとも、どれだけ動きを封じられようとも本能のまま暴れる。まさに怪物でした」
「そうなのか……戦ってみたかったなぁ」
「あ、姉御……」

 戦闘好きの海乃にとって強大な力を持っていたフェンリルは、戦ってみたいと思える相手だった。
 実際に戦ったのはほんの少しだけで、たった一撃しか攻撃できなかった。そのため海乃の中で物足りなさがあったのだ。

「まぁそれももう遅いか。奴は転移門によって神界にある世界と世界の間、次元の狭間に飛ばされた。もう世界のある空間に戻ってくることはできないし、次元の狭間の無に当てられて体も朽ちていくからな。奴はもう終わりだ」
「そうだといいのですが……」
「ん?どうかしたかカレン?」
「……いえ、なんでもありません」

 フェンリルは転移門の光の中に消えて行った。それは確かに次元の狭間という場所に飛ばしたことを意味していた。
 しかしカレンは気がかりがあるのか、未だ安心しきっていない様子だった。

「まぁいい、我々もすぐに戦場に戻ろう。あらかた敵を倒し総統戦になっているとはいえまた何か起きるかもしれん。指揮官のいない状態で不測の事態が起きるのは避けねばならん」
「なら俺が前線に戻って掃討の指揮を執ります。姉御は本部に戻って報告の方を」
「そうだな、掃討はお前に頼む。フェンリルの対処に成功したことも報告せねばならんな」
「私も一度部隊に戻って一通り命令をしてから本部に戻ろうと思います」

 多くの魔獣や巨人によって襲撃を受けていたイデトレアでは、すでに敵の掃討戦が始まっていた。

「うむ、ではまた後で会おう。もうじき神斗も帰ってくる頃だ。万全の体制で迎え入れるぞ」
「そうですね」
「了解っす」

 フェンリルを打ち倒したカレン、海乃、ヘラクレスはそれぞれの役目を全うするため、カテレア神殿を後にした。
 しかし三人は気づいていなかった。次元の狭間の中で響くフェンリルの美しい遠吠えが、転移門に残る光の粒子から聞こえていたことに。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『……ありえん、一体何が起こったんや』
『フェンリルが……消えた。いえ、飛ばされたと言った方が適切か』

豪華絢爛な宮殿内にある広い部屋でロキはひどく狼狽していた。

『ありえん!!俺様の息子やで!?最強の怪物やで!?それがあんな雑魚どもに、“簒奪者”どもに負けたやと!?そんなんありえへんやろ!!!』

 ロキは怒り狂い声を荒げる。その怒号によって大気は震え、大地は揺れていた。

『あの軍服の女、確か“守護者”よね?フェンリルとやりあうほどの力を持っていたとはね』

 ロキの妻である褐色肌の女性の言う“守護者”とは、イデトレアの公務総長であるカレンのことだった。
 カレンはフェンリルと対等に戦った。二人はフェンリルの力をよく知っていたため、カレンの実力に驚いたのだ。

『それにフェンリルの反応からして目標が見つからなかったようだけど、まさか』
『ああ、そのまさかや。フェンリルを介してイデトレア内を探知したが……おらんかった。兄貴の力を持つ神殺しは、イデトレアにおらんかった!』

 ロキがフェンリルをイデトレアに送った理由、それは目標である優香から力を取り戻すためだった。
 しかし、優香はイデトレアにはいなかった。

『つ、つまり……』
『“天帝”の野郎、兄貴の力を持つ神殺しを神王会議に連れて行ったんや!“戦兵”でもなく“海千山千”でもない、あの小娘を補佐官にした。この俺様から守るために!』

 優香は神斗の手によって神王会議に出席していたため、イデトレアにいなかったのだ。
 それは優香に他の神話について知ってもらうためであり、ロキの魔の手から逃れるためでもあった。

『私たちが小娘を狙ってイデトレアを襲撃することだけでなく、フェンリルを使うことまで予想していたというのかい!?』
『せやろな。そのうえ襲撃への対応を考え、フェンリルの対策まで用意していた。全て神殺しの王、“天帝”の手の内やったんや!!』

 神斗はロキの計画を全て予想していた。それこそフェンリルの襲来という最悪の脅威まで。だからこそ十分な準備ができ、フェンリルへの万全な対策まで用意できたのだ。

『まさか神王会議に連れていくなんてね。外交担当でも影響力のある者でもなく、全く知られていない新人を神聖なる神王会議に連れていけば、他神話からの印象が悪くなることなどわかっているはずだがね』
『それも利用したんやろうな。ただの新人でなく、とある神話体系の主神クラスの力を持つ神殺しだと知れば、抱く印象も変わる。それどころか会議の進行まで牛耳ったんとちゃうか』

 神斗の計画はロキの襲撃への対応だけでは終わらなかった。それを利用し、さらに優香の力を知らしめることで神王会議にて大きな影響を与える存在となったのだ。
 そして神斗は神王会議内にて、ある目的を密かに達成していた。

『神殺しのこと甘く見ていたね。ただ強大な力を持つだけでなく、高い統率力と指揮能力を持ち、二重三重の作戦を立案し実行する。その辺の神話体系とは比べ物にならないぐらいの軍事力だ』
『くそっ!神殺しごときがッ!少し力を持った人間風情がッ!簒奪者どもがッ!特に奴だけは……“天帝”だけは、絶対に許さん!!』

 ロキの怒りは収まることはなく、むしろ激しさを増していた。
 神ではない人間に自分の計画が見破られ、挙げ句の果てに息子であるフェンリルまで犠牲にされた。

『神を欺き愚弄しよって……覚えとけよ“天帝”!!愛しき我が息子を殺したうえにこの俺様に恥を晒させたこと、後悔させてやるわ!!』

 悪神の咆哮は大地を揺らした。
 それはただの恨み言などではなく、新たな戦いへの狼煙のろしが上がったことを意味していた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「さて、帰ろうか優香」
「うん!」

 話し合った議案の調整と最後の確認を終え、神王会議は終了した。
 神斗と優香はイデトレアへの帰路につこうと議場を出た。

「ごめんな優香。まるで優香を利用するようなことして」
「全然いいよ!私はあの場では何も出来ないし、ちょっとは役に立てたかな?」
「もちろんだよ!優香のおかげで当初の予定通り事が運べたうえ、希望通りの結果も得られた。まぁ大変なのはこれからなんだけどね」

 神王会議内で優香は自己紹介の時以外一言も喋っていなかった。というのも神王会議で議案への発言は席に座る代表者しか行う事ができず、後ろに立つ補佐官に発言権はないのだ。補佐官ができることは同代表者を補佐することまでとなっている。
 しかし神斗は他の代表者が気にも留めない補佐官の存在すら利用した。
 北欧神話内にて起こっている大問題、主神の行方不明。その北欧の主神が神殺しの力となり、その神殺しが目の前にいるという驚愕の事実を突きつけることによって、神斗が神王会議を支配したのだ。
 こうして神斗の計画は予定通りに行き、確かな結果まで得る事ができた。
 その時、神斗と優香の進む廊下の前方に大きな人影が現れた。

「おい“天帝”、ちょっといいか?」
「……北欧の代表、トールか」

 それは北欧神話の代表として神王会議に出席したトールだった。
 意外な人物の登場に神斗は少し驚いた。

「何か用か?会議に関して文句があるんならもう遅いぞ?それにこのルルイエでは手も出せんしな」
「会議に関しては文句あるが、今それはどうでもいい。手を出す気も勿論ない」
「じゃあ何の用だっていうんだ?」

 神殺しである神斗が神聖なる神王会議を支配し、話し合いを進めた。神にとってそれは許しがたい事であり、実際にトールは異議を唱えていた。
 しかし会議はすでに終了し、会議の内容に関して文句を言っても遅い。力の行使を禁止されているルルイエでは腹いせに攻撃することもできない。
 だが、トールが理由もなしに待ち伏せのような真似をするとは思えなかったため神斗は警戒していた。

「話したいことがあってな。今少しいいか?」
「会議中に話せないような話か……まぁいいだろう。優香、少しここで待っていてくれ」
「う、うん……」

 神斗とトールは優香を残し、再び議場へ戻って行った。
 優香は神斗が戻ってくるまでの間、廊下にあった壁画や銅像を眺めていた。

(大昔の出来事を描いた壁画と、神々によって討伐された化け物か……)

 そこには神々と思しき姿の存在と様々な生物の特徴を混ぜ合わせたような異形な生物が戦っている様子を描いていた。中には神が異形の生物を打ち倒して手に持つ武器を掲げた壁画や、異形の生物に体を破壊されている神の壁画があった。
 銅像はどれも異形の生物の姿をしており、神の姿を模した銅像はないようだった。

『……………………………………』
(え?な、何か聞こえたような……)

 その時だった。どこからか微かな音が聞こえた。
 壁は分厚いため、議場内で話している神斗とトールの声は外に聞こえていない。
 優香は辺りを見回したが、誰もいない。

『我………期……ル……端…………力……ッ…』
「な、何!?頭の中に……直接声がッ……」

 その不気味な声は周囲から聞こえているのではなく、頭の中に直接響いていた。

『…界ハ…………ノ刻………ル……ロウ……リ……イ安………ヲセ……イ………………イ』
「ううぅぅっ……何この声、聞いているだけで苦しい……」

 頭の中で響く声はまるで呪いでもかかっているかのようで、優香に苦しみを与えていた。
 しかしその声は長くは続かず、ピタリと止んだ。

「はぁ、はぁ……何だったの、今のは」

 奇妙な声と苦しみから解放された優香はひどく汗をかき、息切れをしていた。
 すると神斗が議場から出てきて優香の元に走ってきた。

「おまたせ優香!ん?どうかしたのか?すごい汗かいてるけど……」
「え!?あ、うん……大丈夫だよ!緊張から解放されて安心したからだと思う!それより話はもういいの?」
「ああ、問題ないよ。それどころか俺たちにとってはかなり良い話だったし」

 トールと二人きりで何かを話し合って神斗に不満な様子はなく、それどころか満足しているようだった。
 神斗は優香に手を差し伸べた。

「さてと、それじゃあ帰ろうか。俺たちの国に!」
「うん!!」

 優香は神斗の手を取り満面の笑みを向けた。
 神斗はイデトレアに帰るため黄金に輝く門、転移門を出現させる。手を繋いだ二人は共に転移門の中に入っていく。
 その姿は転移門から発せられる黄金の輝きに包まれていった。
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