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1 嘘吐きの侯爵令嬢
「やだ、ティーカップの取っ手が……」
晴れやかな春の庭園でのお茶会で、王太子妃候補として集められた『リリィクイン』と呼ばれる5人の令嬢が和やかなお茶会をしている場で、その一人、ノラ・コルクス伯爵令嬢のカップの取っ手が取れてしまった。
幸いお茶はドレスに零れることは無かったが、カチャン、と音をたててソーサーの上に残ったカップの揺れる水面を見て、悲し気に眉を顰める彼女に、私はこっそり息を吐くと笑顔で語りかけた。
「あら、ノラ様、よかったですわね」
「え?」
「昔、祖母から聞いた話なんですけれど……」
ここらへんから、私の嘘八百は始まる。
王宮にきて1週間、毎日のお茶会、その最も上座に座る王太子も聞いている前で私は毎日何か嘘を吐いている。
「ティーカップは、もともと東の方からお茶と共に入ってきた物なんです。その時は取っ手はついていませんでしたのよ。後からつけられた物が取れる……とても便利ですけれど、取っ手が取れた時には初心を思い出す時とも申します。最近、何か変わったことはございませんでした?」
最近も何もあるかい、ここ最近毎日顔を合わせてるのにそんな変化があってたまるか。と、思いつつ、人はこうして曖昧に聞かれると自分の記憶の中から勝手に当てはまる事を探してしまうものだ。
「そういえば……サイズはもちろん同じ物なのですけれど、新しい靴を下ろしましたの。そしたら、足の形にあってなくて……」
困惑気味にいい感じの出来事を話したノラ様に、私は微笑んで続けた。
「それですわ。お気に入りの靴とサイズを比べてみてくださいな。きっと、お気に入りの靴とサイズに差があるはずですわ。それを知らせるために取れたのでしょう。ティーカップは金継ぎをするとそれはまた味があって美しい物になりますもの。縁起のいいカップとして金継ぎをして使われてはいかがでしょう?」
そして、王太子に笑顔を向ける。黙ったまま、表情一つ変えない王太子は、ただ一つ頷くだけだったが、私の案が通ったようだ。
靴なんて履いていたら素材が柔らかくなって広がるものだ。足のサイズだって、私たちは全員まだ16歳。変わるのも当たり前だ。
お気に入りの靴は一番履いていて革でも布でもいい具合に足に沿って広がっているはずである。サイズの測り直しで多少手を加えれば新しい靴もぴったりになるだろう。
「ありがとうございます、ソニア様は本当に博識でいらっしゃいますのね」
「おほほ、あら、そんなこと」
本当にないんだな、これが。なんせ、今言ったのは全部口から出まかせ、嘘八百。ここに少しでも手練れの淑女がいたら、私はきっと攻撃にさらされるに違いない。
しかしまぁ、王太子妃候補の『リリィクイン』として王宮の離宮に住むようになって1週間。
毎日の午前のお茶会、そして晩餐会、どちらかで必ず何かが壊れるのは一体どういう事だろうか。
態となのか? 何かこう、これが試験的なものなのか? と、思いながらも、私は和やかに、にこやかに、この王太子妃候補という役から降りたい。
何故って、王太子その人が紺の絹糸のような髪に黒曜石の瞳、白磁の肌の美丈夫で、王宮の侍女たちは口をそろえて王太子の能力面のすばらしさも語ってくれるのだが、愛想がない。愛嬌もなければ笑顔もない。微笑みかけもしない。
私はさっさと『嘘吐き女』として、王太子妃……そう、そして将来国母と呼ばれる王妃になるのを回避するために、毎日嘘を吐いている。
私、暗い雰囲気が大嫌いだから。絶対にうまくいかない結婚なんて、こっちが多少瑕疵を負ったとしても、避けるべきだろうし。国の為だし。……いや、私のためなんだけれど。
とにかく、本来ならもっとぎすぎすするらしいこの『リリィクイン』と呼ばれる王太子妃候補を集めた1ヶ月を平和に、平穏に切り抜け、どの家とも敵対せず、平和に王宮を立ち去りたい。
代わりのお茶をノラ様が貰っている間に、そんなことを考えて自らのお茶を音をたてずに綺麗に飲む。
視界の端で王太子が少し揺れているように見えたけれど……そろそろ私の嘘にイラついて貧乏ゆすりでも始めたのだろうか?
ま、いいか。今日もいいことをした。ノラ様の好感度ゲット、王太子殿下のマイナス好感度ゲットだ。
晴れやかな春の庭園でのお茶会で、王太子妃候補として集められた『リリィクイン』と呼ばれる5人の令嬢が和やかなお茶会をしている場で、その一人、ノラ・コルクス伯爵令嬢のカップの取っ手が取れてしまった。
幸いお茶はドレスに零れることは無かったが、カチャン、と音をたててソーサーの上に残ったカップの揺れる水面を見て、悲し気に眉を顰める彼女に、私はこっそり息を吐くと笑顔で語りかけた。
「あら、ノラ様、よかったですわね」
「え?」
「昔、祖母から聞いた話なんですけれど……」
ここらへんから、私の嘘八百は始まる。
王宮にきて1週間、毎日のお茶会、その最も上座に座る王太子も聞いている前で私は毎日何か嘘を吐いている。
「ティーカップは、もともと東の方からお茶と共に入ってきた物なんです。その時は取っ手はついていませんでしたのよ。後からつけられた物が取れる……とても便利ですけれど、取っ手が取れた時には初心を思い出す時とも申します。最近、何か変わったことはございませんでした?」
最近も何もあるかい、ここ最近毎日顔を合わせてるのにそんな変化があってたまるか。と、思いつつ、人はこうして曖昧に聞かれると自分の記憶の中から勝手に当てはまる事を探してしまうものだ。
「そういえば……サイズはもちろん同じ物なのですけれど、新しい靴を下ろしましたの。そしたら、足の形にあってなくて……」
困惑気味にいい感じの出来事を話したノラ様に、私は微笑んで続けた。
「それですわ。お気に入りの靴とサイズを比べてみてくださいな。きっと、お気に入りの靴とサイズに差があるはずですわ。それを知らせるために取れたのでしょう。ティーカップは金継ぎをするとそれはまた味があって美しい物になりますもの。縁起のいいカップとして金継ぎをして使われてはいかがでしょう?」
そして、王太子に笑顔を向ける。黙ったまま、表情一つ変えない王太子は、ただ一つ頷くだけだったが、私の案が通ったようだ。
靴なんて履いていたら素材が柔らかくなって広がるものだ。足のサイズだって、私たちは全員まだ16歳。変わるのも当たり前だ。
お気に入りの靴は一番履いていて革でも布でもいい具合に足に沿って広がっているはずである。サイズの測り直しで多少手を加えれば新しい靴もぴったりになるだろう。
「ありがとうございます、ソニア様は本当に博識でいらっしゃいますのね」
「おほほ、あら、そんなこと」
本当にないんだな、これが。なんせ、今言ったのは全部口から出まかせ、嘘八百。ここに少しでも手練れの淑女がいたら、私はきっと攻撃にさらされるに違いない。
しかしまぁ、王太子妃候補の『リリィクイン』として王宮の離宮に住むようになって1週間。
毎日の午前のお茶会、そして晩餐会、どちらかで必ず何かが壊れるのは一体どういう事だろうか。
態となのか? 何かこう、これが試験的なものなのか? と、思いながらも、私は和やかに、にこやかに、この王太子妃候補という役から降りたい。
何故って、王太子その人が紺の絹糸のような髪に黒曜石の瞳、白磁の肌の美丈夫で、王宮の侍女たちは口をそろえて王太子の能力面のすばらしさも語ってくれるのだが、愛想がない。愛嬌もなければ笑顔もない。微笑みかけもしない。
私はさっさと『嘘吐き女』として、王太子妃……そう、そして将来国母と呼ばれる王妃になるのを回避するために、毎日嘘を吐いている。
私、暗い雰囲気が大嫌いだから。絶対にうまくいかない結婚なんて、こっちが多少瑕疵を負ったとしても、避けるべきだろうし。国の為だし。……いや、私のためなんだけれど。
とにかく、本来ならもっとぎすぎすするらしいこの『リリィクイン』と呼ばれる王太子妃候補を集めた1ヶ月を平和に、平穏に切り抜け、どの家とも敵対せず、平和に王宮を立ち去りたい。
代わりのお茶をノラ様が貰っている間に、そんなことを考えて自らのお茶を音をたてずに綺麗に飲む。
視界の端で王太子が少し揺れているように見えたけれど……そろそろ私の嘘にイラついて貧乏ゆすりでも始めたのだろうか?
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