【完結】嘘八百侯爵令嬢の心を、無表情王太子は掴みたい

葉桜鹿乃

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5 イリア様との邂逅

 10日が過ぎる頃、読書ばかりでは体が鈍るので、許されている範囲で散歩を楽しんでいるとすすり泣く女性の声がした。

 面倒ごとの気配を感じたが、無視をするような性格ではない。残念ながら、どちらかといえば面倒ごとには先に首をつっこんで解決してしまいたい、という性格だ。自分の性格が恨めしい。

 緑の生垣の向こう、噴水の傍でおろおろとした侍女に日傘を差されながら、地面にうずくまって泣いているのは……辺境伯令嬢のイリア様だ。侍女さん、天の助け! とばかりに私を見ないで。

 私は少しどう声を掛けようか迷ったものの、持ち歩いているハンカチを取り出して、隣にしゃがみ込んだ。泣き方がなんとなく子供っぽかったので、目線を合わせる戦法に出た。

「どうなさいました? せっかくのお顔が台無しですよ」

 微笑んで話しかけ、ハンカチを差し出されたイリア様は、ぶっきらぼうに「ありがと……」と言ってハンカチを受け取り、顔をぐしゃぐしゃにしていた液体を押さえるようにして拭きとった。それをその場で返そうとしなかったことは褒めたいが、しゃがんでいては疲れてしまう。

 噴水の見える東屋がすぐそこにある。そこに行きましょう、と促して手を取って立たせた。

 東屋でも少しの間しゃくりあげていたが、私の登場に少しは落ち着いたのか、ぽつぽつと話始める。

「私……リリィクインになりたくて来たわけじゃないの。お父様の地位が辺境伯だから呼ばれたに過ぎないわ。王都も初めて、家族と離れるのも初めて……せめて厩舎に行けるのならば郷愁も収まるかと思ったのだけれど……、ダメね、初日から私、嫌な子になっちゃったの」

「それは……、周りの侍女に当たってしまったり?」

「そう。……それから、国境付近で飲むお茶は紅茶じゃなくてウーロン茶なのよ。発酵度合いが違う、紅茶とは種類が同じ木から採れる葉っぱなんだけど……味が全然違くて。紅茶はこういうものだ、と受け入れるのにも、時間がかかって……」

 王宮に着いて不安で、お茶を淹れてもらっても故郷の味とは違うもの。故郷を感じられる環境にも行けない。宮の中は狭すぎて、きっと5人も王宮からの侍女が着いていたら気が休まらなくて、私にとってのアリサのような侍女を連れて散歩をしていて、いよいよ泣いてしまったと。

 16歳だから仕方無いと言うべきなのか、16歳なのにしっかりしなさいと言うべきか迷ったが、私が叱っても解決にならない。少し考えてみるが、ウーロン茶が王宮に無いという事はないだろう。

「ねぇ、イリア様。公用部分ならば、私たちも立ち入りできますわよね?」

「えぇ、初日にそう説明を受けましたわね……」

「……台所に、行ってみませんこと? 無理なら、ねぇ、あなたたちなら行けるわよね? ウーロン茶を探しにいきましょうよ」

 私の提案に、イリア様は少しの間目を見開いてポカンとした後、いいのかしら? とお付きの侍女を見る。

 彼女はほっとした様子で、もちろんです、とイリア様に笑顔で頷くと、私とイリア様は台所から一番近いサロンまでは立ち入りを許された。この部屋で、アリサとイリア様の侍女がウーロン茶を運んでくるのを待つことになった。

「イリア様のお過ごしになっていた領地はどんなところですの?」

「王都に比べれば何もないの。でも、自然がいっぱいでね、馬も野生の馬がいて、平野や、海に面しているところでは砂浜を群れで歩いていたりするのよ。軍馬を出しているの。他は穀倉地帯。国境だから、糧食の蓄えと戦うための場所はいつだって確保しておかなければいけない、質素堅実に生きるべし、なんてお父様の口癖」

「厳しいご家庭ですのね」

 私がそう相槌をうつと、イリア様は首を横に振った。

「いいえ、厳しくはないのよ。だって、お父様が大の甘党なんですもの。紅茶は洋菓子には合うのですけど、私の田舎のお菓子はもっと濃い甘さのお菓子が多くて……ウーロン茶ばかり飲んでいたので、もう、10日……ここまで来る旅程をあわせたらもっと、私は故郷から初めて離れて、何も自分を慰める物がなくて」

 そこに、サロンのドアがノックされた。ワゴンを引いたアリサとイリア様お付きの侍女が入って来て、変わった茶器でお茶を淹れてくれる。

 少し香ばしいような香りが漂ってきた。なるほど、紅茶はもっと濃くて華やかな香りがするが、ウーロン茶はもう少しあっさりと、少し苦いような香りがする。

「これよ! すごいわ、王宮ってなんでもあるのね」

「そうですよ、この国の中心ですから。ウーロン茶が飲みたい、と言えばきっと侍女も嫌な顔はしませんよ」

 そういって、一緒にウーロン茶を飲んだ。イリア様は嬉しそうに飲んでいるが、私には少々苦い。

「なるべく故郷の甘味に近いものをと思い……こちらを」

 そういって出されたのは、フロランタンだった。キャラメル状の上部分にはスライスナッツがびっしりのっていて、下のほろほろとしたサブレ部分との相性は抜群だ。

 これを齧って、ウーロン茶を飲む……と、紅茶よりもさっぱりとする。

「これは……とても良いですね。お肉料理の後にも合いそうです」

「でしょう?! ウーロン茶、もっと国中に普及してくれるといいんですけど、紅茶が主流ですから……」

「では、リリィクインの選定期間中、お肉料理の時にはウーロン茶を出してもらうよう、王太子殿下に進言されてはいかがでしょう? 王太子殿下も驚かれるはずですわ」

 私の勧めに、イリア様は少し戸惑ったように瞳を揺らした。

「でも……それを思いついたのは、ソニア様ではございませんか」

「私は、イリア様がいなければウーロン茶というものに出会えませんでした。詳しい方が進言する方がよろしいです」

 私はゆっくり言葉を区切って言い含めると、にっこりと笑った。

 イリア様はワガママ、という話は月下宮でも侍女の噂で聞いていたが、単に郷愁があっただけだ。それをサポートするのが侍女の筈だし、16歳ならばもっと自分の欲求はストレートに伝えた方がいい。

 そういう事をどう伝えようか迷っていると、イリア様は私をまじまじと見ていた。

「どうか、なさいまして?」

「いえ、ソニア様は堂々としていらっしゃるのだな、と……」

「あら、そんな、おほほ」

 いつでも振るい落とされたいから遠慮が無いだけですわ、というのは黙っておく。

 私がイリア様にもっとストレートに、と言っても聞かないだろう。後でアリサを通じて、イリア様の侍女に進言するよう伝えよう。だから……。

「明日、ハンカチを受け取りにアリサが向かいます。イリア様のお付きの方が返してくださいませ」

「ありがとうございます、ソニア様。ウーロン茶を飲んだら、私もう少し、頑張れそうですわ」

「えぇ、お互い、恙なく過ごしましょう」

 その後はイリア様の故郷の話を聞きながら、私たちはしばらく楽しいお茶の時間にして過ごした。
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