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兄妹

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前触れを出したはずもないのに、通常の帰宅時と変わらぬ使用人たちの出迎えを受け、ルエナはまるで自分があのような場で侮辱され、早々に逃げ帰ることを予測されていたようだと感じた。
「お戻りなさいませ」
「スチュアート……あの……」
「ご当主様が奥様と共に、第二応接室でお待ちでございます」
「……わかり…ました……」
(ああ、ここにもすでに手が回されているのね……)
こんなことをできるのは王太子に違いなく、元々王族からの拒否のしようのない命令を、ひとりの女性を護るためという大義名分を用いてルエナに強制してきたのだ。
たぶん両親には王太子と令嬢の都合の良いように伝えられ、きっと今頃はルエナが公爵家の品格を疑われるような卑劣な行いをしたと憤っているに違いない。
「……会いたくない」
「お嬢様……」
「というのは、通りませんね。ええ、大丈夫です。ここにはあなたと私しかいないのですから」
とりあえずは華美なドレスを家庭内用の動きやすい物に着替えるために自室に入った途端、ルエナは思わず零した。
それを慰めを微妙に合わせた声音で言葉少なに窘めてくれた侍女のサラは、ディーファン公爵家と同格のティアム公爵家の遠縁にあたるビュッカム侯爵家の次女であり、二年ほどの行儀見習いとして紹介されてルエナの側仕えとなったが、ちゃんと自分の身を弁えているから安心できる。
だからこそひとつだけ年上のサラに愚痴を零したくなってしまったのだが、いずれは他家に嫁ぐ者に、現在の女主人として弱みを軽々しく見せるわけにはいかなかった。
着付けの手伝いをする者も呼ぶようにと言い付け、きつく締められたコルセットの紐が緩められるのを衝立の後ろで立って待つ間、ぐるぐると思考だけが空回りするのを感じる。
「……せめてお兄様のお耳に入らないとよいのですが」
「スチュアートの話では、お嬢様が交流会から早めにお戻りになられるということをお伝えに参ったのが、次期様とのことでございますが」
「え?アルベールお兄様が?」
「はい」
サラの言う『次期様』とはディーファン公爵家の次期当主であり、ルエナのたったひとりの兄であるアルベールだ。
彼は王太子の側近として勤めてもいるが、まさか妹の醜聞を屋敷に伝令する役に着かされるとは思っていなかったに違いない。

どこまでも惨めな思いを抱いて、ルエナは拘束された上半身が緩むのと同時にめまいを覚えた。



サラを後ろに従え、家令であるスチュアートに先導されてルエナは両親の待つ第二応接室へと、長い廊下を歩いていく。
まだ陽は高く、空には白くくっきりとした雲がいくつも浮いているが、まるで現実とは思えない。
「ルエナ」
敬称もなく名前を呼ばれ、ルエナはハッと声のした方へと身体を向ける。
いつの間にか兄の自室の横を通り過ぎようとしており、ちょうどその部屋の主が支度を終えて出てきたところだった。
「スチュアート。後は俺が付き添う。父上と母上にすぐ参ると」
「畏まりました」
当主命令でルエナを先導していたはずのスチュアートは、あっさりとその役目を兄に言われた通りに変更し、一礼をして音もなく後ろに下がる。
ふたりが目を逸らした隙に使用人しか使わない扉を使って先触れを出すことを不思議に思ったことはないが、今は何だかそんな手間をかける兄に少し疑問を抱いた。
「お兄様?いかがいたしましたか?」
「……いや、お前がどうしているかと思って。王太子殿下からの手紙は読んだのか?」
「…………はい」
そっとスカートに隠し持っていた手紙を兄に差し出したが、アルベールはルエナの手を取るだけで、手紙には目もくれなかった。
「いや、いい。内容は知っている。あの場のことは仕方ない」
「知って……いらっしゃる……?」
「ああ。彼女を匿うのに安全な場所をと思った時、殿下が一番に思いついたのが我が家だったそうだ。彼女の家はここよりも市街地に近い。しかも護衛など雇い入れても、住まわせる部屋すらないと聞いた。だから……」
何故か目を生き生きと輝かせ、『彼女』とシーナ令嬢を呼ぶ嬉しそうに話す兄を悲し気に見上げ、ルエナはいよいよ味方などひとりもいないことを実感した。

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