婚約者とヒロインが悪役令嬢を推しにした結果、別の令嬢に悪役フラグが立っちゃってごめん！

再会

だが、そんな妹との再会はかなり陽気だった。

「ちょっ……ヤバい！なにそのレアスチール！ヤバいんですけど？！かわゆい……とうとすぐる」
「ソレな」

元双子の妹は見合い用の絵姿を持った父に連れられ、薄汚れた黒と灰色の微妙な色彩の髪をした少年姿で、ルエナの木炭デッサンばかりのスケッチブックを持ってリオンの前に現れた。
彼・が見せてくれたそのページは、あり得ない赤ん坊の頃のルエナとまだ幼児期のアルベールが手を繋ぐようにして昼寝をしているシーン。
見覚えのあるタンクトップと短パンというこの世界では絶対にない服装で、どう見ても日本式の布団の上で安らかに寝ている。
そして、その絵のタッチ。
何十枚も何百枚も、それこそデジタル画になる前に、手書き原稿用紙やスケッチブックに描いていたのを見たり、ベタ塗やトーン貼りを手伝ったり、消し忘れをガミガミ言われながらゴムかけしたり──
「し…おん……」
「ヘヘッ！」
ニッと大きく笑うその顔は見慣れた大切な妹のものではなく、全然見たこともない赤の他人の顔だけど──赤の他人？
「そ、そうか……おまえもてんせいしたのか……そうか……こんどは……おとこか……よ、よかった……」
そう──詩音が転生してルエナに会ってから突然取り付かれたように描き溜めたスケッチブックは、どんどん記憶を呼び戻し、どうしても手放せずに持ってきた物を婚約者となるリオン王子に献上しようと持ってきたらリオンは『凛音』を取り戻し、あの酷い最後までを思い出す前に「ああ、女でなくてよかった」と嘆息させた。
「え？あたし、おんなよ？」
キョトンとした詩音──シーナは、自分の前髪のひと房をごしごしと指で扱き、手についた木炭をパッと広げて見せた。
「そ……な……え？」
汚れた小さな指と手のひらを見、次いで顔を見ると、そこにはまだ汚れてはいるが少し赤みがかった黄色っぽい髪に変わっていた。


五歳当時のリオンの父はまだ王太子で、『友人』と会うことにあまり厳しいことは言われる環境でなかったことが、ふたりが会うきっかけになったのである。
まさか詩音の──シーナの父親であるオイン子爵第二子息が出奔する前、父とは貴族学園では悪友であったと説明されたが、学園に在学中から素晴らしかったその美術の腕があったからこそ『リオンのために婚約者候補たちの肖像画を描かせる』という仕事にかこつけて王太子宮に彼を招いたと聞かされ、凛音はそれこそ「運命か！」と驚いた。
そんなにしょっちゅうというわけにはいかなかったが、数ヶ月に一度の訪問の際、絶対に『息子』を連れてきてほしいと父を通じてシーナの父にお願いしてもらったが、そんな幼い王子の願いは易々と聞き入れられた──まさかもう『息子』が『娘』であると知られているとは思わずに。

しかもシーナの父親が王太子の友人のひとりであることに加え、彼自身の平民とは思えない礼儀正しさの由来だとか、彼の妻であり『息子』の母が治る見込みのない病に侵されているということを聞き出したルエナの母の手配により、シーナもまた少年の服装のまま一年に二度ほどディーファン家に招かれてルエナや家族の肖像画を描いた。

シーナが十歳の頃にはもう前世の勘を取り戻し、画材についてはいろいろ不足を嘆きつつも幸い父から受け継いだ美術の才能は開花して、秘かに貴族の間で『読めないサインの画家の絵』ということで人気が出ていたのである。
そのサインは前世の頃から詩音が自分の名をアルファベットにした『Shion』を、カリグラフィーの書体を真似て自分なりに考えたもので、それを正しく読めるのは莉音だけだった。
「……まさか同人誌に描いたあとがき挿絵を、本物のルエナとアルベールの赤ちゃん時代の顔に置き換えるなんてね。こっちには写真がないんだから、垂涎モノだろうが」
その眠る赤ん坊と幼児のポーズは想像だとしても、顔や体形については以前別の画家が書いたものを見せてもらって、模写の練習がてら描いたという。
あまりの緻密さや似せっぷりに驚いた父親から「絶対誰の目にも触れさせるな」と言われたらしいが、王太子宮に婚約者候補の肖像画を持っていくと連れて来られる機会に、その相手に自分の技術を見せびらかしたかったという子供らしい欲求で持ってきたんだとシーナは笑って打ち明けてくれた。
「そうしてくれてよかったよ……俺も、思い出せたんだから」

思い出したくなかったことも。

でも、やっぱり思い出せてよかったと、リオン・シュタイン・ダンガフは──凛音は、その懐かしいサインの入ったデッサンをスケッチブックに戻して抱き締めた。