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嫌悪

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アルベール・ラダ・ディーファンは、自室に閉じ籠り続けたルエナを横抱きにして、自室から母自慢のサンルームに運ぶ。
食事はきちんと取っていたはずだが、その身体の軽さはまるで羽根のようだった。
リオン王太子の側近候補として名が上がる前より鍛えているせいで筋力も上がり、そのせいで重さを感じないのかもしれないが、だがやはりルエナ自身の全身から肉がそぎ落とされているような気もしないではない。
頬もわずかにこけているような──どうすれば元通りの美しい妹に戻るのだろうか。

そんな妹は身じろぎもせず、生気さえ抜けて、兄に運ばれるままにサンルームに置かれたカウチソファに横たわらされても、少し離れた場所に座ってイーゼルに向かっている人物を気にもしない。
ふわふわと飛び跳ねるピンクブロンドの髪は、普通の貴族令嬢なら考えられない肩上のボブヘアで癖のある毛先のせいでさらに膨らんでいる。
デイドレスでもなく、アルベールが十五歳の時に来ていた訓練用の服を仕立て直すでもなく、ぶかぶかのままベルトや革のハイコルセットで体裁を整えて着用しているが、それはまるで自然体だ。
「ふっふ~ん♪ふふふ~♪あおーいーうみ~~~♪」
聞いたことのないメロディーを鼻歌と思い出したかのように歌詞を挟んで歌うが、やっぱり忘れてしまっているのか、またふんふんやらラララと言う意味不明なハミングで歌い続ける。
そののんきな姿に何を思うのか、ルエナの虚ろな瞳にわずか怒りの火が灯る。
「……ぜ……」
「え?」
「何故?!何故、お前なぞがこの屋敷にいるのですか?こっ…ここはっ、公爵家っ!お前のような下賤な者がっ……平民が、我が屋敷にあるなど……汚らわしいっ!ゲホッ!ゴホッガハッ……」
まだ力が入らないであろう腕を必死で動かし、ルエナは上体を起こそうとして支えきれずに伏せて咳き込んだ。
アルベールは手を貸そうとして、けれどもルエナの異常な様子に固まって助けきれずにいる。
「……何で、っても……これ、覚えてない?」
貴族らしい言葉遣いではなく、あえて砕けた口調でシーナは壁に立てかけておいたスケッチを取り上げてぺらりとめくりながら、ふたりに近付いた。
スッと差し出されたのを見ると、そこには疲れ切った顔でへの字口をした少女と、困ったように覗き込む少年。
六歳のルエナと、七歳のアルベール。
もう一枚めくると、まだ機嫌の悪そうな少女と、困った表情を何とか隠そうと不自然な真顔の少年。
「……し、って……いる……わ……」
ルエナが知っているのは、こんな木炭で描かれたデッサンではなく、鮮やかな色のついた、でも嫌いな一枚。
何故か画家のおじさんが「記念に持っておくといい」と言って持ってきたのを、父や母が苦笑しながら受け取っていた。
他にも肖像画を描く画家は何人も家にやってきたが、その絵以上の素晴らしい物はなく、そしてどんなに不機嫌そうな顔で座っていても、出来上がったのは全部笑顔で代わり映えのしない作り物のルエナしか書いてくれないことに不満を持ったことを覚えている。
嫌いだったけど、『本当』を描いてくれて好きだった一枚の、デッサン。

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