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護身

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それにしてもずっとシーナの持ち物を隠されたり壊されたり、一番危険だったのはやはり階段からの巻き込み落下を装った墜落未遂事件だが、それ以外でも青褪めた顔のどこかの令嬢が気を利かせて・・・・・・差し入れてくれたお茶に入れられていた媚薬など、数えても十件以上あるのだ。
「しかもリオンがアルベール様をつけてくれたから、あのお茶からの空き教室閉じ込め事件に関わった者たちを検挙できたけれど……」
「まさかあの者たちも知らずに媚薬を飲まされていたとはな……」
「小さい頃からふたりに護身術を教えておいてもらってよかったわ~」
ふふふ…ははは…と穏やかに話す振りをしているが、内容は剣呑だ。

五歳から八歳まではシーナもリオンもお互いの記憶が戻ったことを誰にも話さず、ふたりっきりの秘密にしていたが、ある暑い日に果実水を服に零してしまったシーナ──シィという略称で呼ばれていたので、アルベールはその時まで男の子だと思い込んでいたのだが──を着替えさせるのにリオンの私室に連れて行くのについていったのに、そのままひとりだけ衣裳部屋に入ってしまったことから彼が『彼女』だと教えてもらった日が懐かしい。
しかし少女を貧民街にありがちな性暴力から身を守る術が変装だけというのは心許なく、すでにリオンの側近候補だったアルベールはふたりに護身術を覚えることを勧めた。
さすがに王族の子や公爵家嫡男と共に平民とされているシーナが一緒に習うことはできなかったが、その言葉はシーナの父が自分の実家を頼ることを拒否していた気持ちを動かし、数年ぶりに父は兄に、シーナは自分と血の繋がった伯父と初めて顔を合わせることができたのである。
オイン子爵家にいた護身術を教える者の中でも一番偉く口の堅い老騎士が幼いシーナに防御する術を教え込んでくれた。
それを王宮に呼ばれるたびに二人相手に実戦もし、互いに何かあった時にも身を守れるようにと備えてきた結果──まさか貴族学園の中で正気を失った男爵家の三男の意識を刈ることに使うとは思いもしなかったが。

「ささやかないたずらに関しては『まさか公爵令嬢がやるとは思えないから、命じてやらせた』という噂がまことしやかに流れているし、媚薬に関しては『母親の庭から薬草を手に入れたんじゃないか』なんて物騒なこと言うのもいたし……」
「何っ?!」
「噂よ、アルベール。こちらに招いていただいてから奥様と一緒に何度も庭を拝見させていただいたけど、ルエナ様が庭にちっとも興味を示さないことを悲しんでいらっしゃったぐらい、奥様個人の庭に興味を持っていらっしゃらない。当然どの花のどの部分に毒があるかも知らないでしょう」
「え……?は、母上の庭に、毒草があるのか……?」
「毒があるっていうか……まったく無毒の植物の方が珍しいの。大なり小なり『効用』があるんだから。でももちろんどれがどんな毒を持っているのか、どんな薬効があるのか……知識がなければ見分けることも、どうやって薬や毒にできるのかもわからない。そこら辺の草を千切ってきて煮込んだって、単なる美味しいスープになるだけってこともあるし」
「ス、スープ……に?」
「貧乏人の知恵袋舐めんなよ?お金が無くっても『食べられる野草』でちゃぁんと生きていけるんだから!」
前世では恵まれていてお金にも食べる物にも困ることはなかったけれど、転生後のこの世界では全く正反対の生活だった。
配給制度があるわけでもなく、働き口がなければすぐに食うに困る。
乳幼児の栄養失調は当たり前で、死亡率も高い。
記憶が蘇ってしまったシーナにとっては地獄も当然だと思われたが、そこは生粋の貧民街生まれの祖母のおかげで母もシーナも、貴族育ちの父さえも知らなかった野草料理や知識で腹を満たせた。


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