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嫉妬

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アルベールはどちらかといえば机に向かうよりも、外で剣を振るったり走り回る方が得意だ。
将来は剣士になれるかもと指導してくれる『先生』に褒められていい気持ちだったが、文字を書くというのは苦手で、さらに机に長時間向かうことも苦痛と感じる性質だったのである。
しかもだいたい五歳ぐらいに自分の名前を読み書きすることができるのが貴族の平均であったため、アルベールが自分の名前を読めるぐらいでまだ筆記できないこと自体は問題とはされていなかった。

しかし大変な負けず嫌いだったアルベールにとって、たとえ自分が苦手な分野だったとしてもたったひとつしか歳の違わない幼児に敵わないものがひとつでもあったことは悔しい。
だったら自分はこんな人とちゃんと挨拶もできない赤ん坊などよりもずっと賢くなってやる──そう思っていたのに。

アルベールの五歳の誕生会の前に何故か父に王宮につれられて国王陛下に謁見した後、ふたたびアルベール王子と対面することになった。
その時に父が何やら分厚く四角い包みを自ら持っていたが、それを受け取った幼児王子は包み紙を丁寧に剥がして目を輝かせた。
「ああ!これがいま、おとなりのくにですごくよまれているものがたりなんですね!ありがとう、ディーファンこうしゃくどの。もうよむものがなくなっちゃって、とってもこまっていたんです」
アルベールはポカンとしてしまった。
自分がいまだ乳母にしてもらう寝物語の数々を、このひとつ年下の王子はすでに自分で読み、しかも今はプレゼントされたばかりの本をめくってうっとりとしている。
しかもその一節らしき言葉を実際に発音して──
「『姫はゆっくりと目を閉じながら「なんて素敵な人。このような囚われの身、夢であってもきっと忘れません」そう言いました。妖精に一時の自由を与えられた英雄もまた、眠りに落ちながら姫に誓うのです。「今は私も囚われの身。しかしたとえ世界の果てまで探そうとも、きっと姫を救い出してみせます」…』すごいですね!こんなふうにひとめあっただけで、すくってあげたいとおもってけついするなんて!ぼくもこんなふうにあいするひとをしあわせにしたいとおもうひとになりたい……」
ハァ…と溜息をつき、父に向かって目をキラキラさせて話す言葉。
これが半年前にあった幼児と同一人物とはとうてい思えず、父も困り顔をしながらもうんうんと王子の話を聞いている。
自分が父親に話しかけた時、こんな態度を取ってくれただろうか──いや、もっと何というか『小さい子が一生懸命何かを話しているなぁ』ぐらいで、何も理解してもらえなかった気がした。
なのに父は今、王子に向かって今読み上げた文章を理解しているのかと問いかけている。
それに対して王子もまた自分が理解できない単語を告げ、意味を教えてほしいと乞うていた。
「いやはや……我が国の言葉に訳されているとはいえ、ここまでしっかり理解されているとは……たとえ『物語』であっても、真実を元にされているものも多々あります。しかもこれは隣国の英雄譚を子供向けに書かれたとか」
「そうなんですか!それはぜひもととなったえいゆうたんというほんも、よんでみたいです!いつかはそのままのげんごで……」
「ハハハ!素晴らしいですな!ではぜひ我が家の蔵書に加えられないか、手を尽くしましょう。その際にはぜひディーファン家へお越しくださいませ」
「はい!ありがとう、ディーファンこうしゃくどの」
ちゃんと会話の成り立っている父と王子を見て、アルベールはものすごく胸がむかむかした。


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