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氷解

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一言で表すなら、それは「ずるい」だった。
子供らしい嫉妬。
だがそのことを幼いアルベールは自覚することも言語化することもできず、剣の稽古の時に八つ当たりするしかできない。
「……どうしました?」
「……なんでも、ない…ありません……」
剣術の先生はアルベールの何倍も生きており、しかも太刀筋が乱れる幼子などに誤魔化されるはずもなかった。
しかし幼いながらにプライドの高いアルベールからその理由を聞きだすことは難しく、父親であるランベール・ムント・ディーファン公爵が稽古の様子を見に来るといじけたように顔を逸らすのを見て、何となく理由を察する。
しかし父親の方は──
「え?アルベールが?」
「はい。何かご当主に対して思うところがあるようです。何か原因にお心当たりは?」
「……うぅむ…………」
ディーファン公爵はリオン王子とのやり取りなどすっかり忘れてしまっていた。
それもそのはず──リオン王子が所望した本など自分で探すわけもなく、執事に言いつけ、さらにその執事は渉外部門の部下に言いつけて、末端の者以外は他の仕事に忙殺されていたのだから。
子供が思うほど大人の毎日は忙しく、その場限りの社交辞令などもしょっちゅうである。
命じた者が手に入れば「そうだった」と思い出すかもしれないが、そのことだけに考えを寄せていられるほど暇ではない。
だからその問いにも簡単に考え、思い至らず、簡単に忘れてしまった。


しかしその後もアルベールの太刀筋は治らず、なおさら苛立ちを保ったまま、五歳の自画像を描かれることになってしまった。
「……どうしたの?」
「……なんでも……」
どうしてだかわからないが、誤魔化そうというか話すつもりはなかったアルベールは、髪を灰色に汚したその『少年』の問いかけに、すんなりと理由を話してしまった。

自分より幼い王子が、最初に会った時は自分と挨拶もできなかったこと。
なのに自分の父と会った時にはすんなりと普通に話し、しかもその内容が自分には理解できなかったこと。
自分の話はちゃんと聞いてくれないのに、王子がいつか読みたいと言っただけの本を、公爵家の取引先を通じて手に入れようとしたこと。
つまりは──自分より、王子の方が大事にされていると感じたこと。

「……それ、おちちうえにいったの?」
「……いえない」
言えるわけはない。
そんなことは公爵家次期当主としてみっともないと思うだけの知恵はあり、言ってはいけないことだと思い込む幼い羞恥心があった。
だがムスっと唇を尖らせて頭を横に振るアルベールの頭をその『少年』はよしよしと撫でながら、そんなことはないと否定する。
「がまんしたんだねぇ、えらいねぇ…でもさ、もっとおおきくなったらいっちゃいけないこともあるかもしれないけど。いまいっておかないと、おおきくなったらもっといえなくなるよ?」
同じことをリオン王子がやったり言ったりしたらきっともっと腹を立てたと思うが、小さな手がまるで犬でも撫でるような手つきでアルベールの頭を撫でてくれるのは悪い感じではなく、そしてたどたどしい口調で言ってくれた『大きくなったらもっと言えなくなる』という言葉が、その時はすんなりと心に落ちてきた。


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