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従順

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キラキラと華やかで、大人っぽい雰囲気のイェン伯爵家の子供部屋は美しかった。
美しく、派手派手しく、目に痛く、いつもソワソワとした。

ディーファン公爵家のイェン伯爵令嬢のために用意された客室も、もちろん美しかった。
しっとりと大人っぽく、くすみ落ち着き、目に優しく、けれども心が沈んだ。

その原因はわからず、だが生まれたての子犬のように「従え」と躾けられ、微笑以外を禁じられ、質問することを封じられていたエリー嬢は、自分がどうかしてしまったのかと周囲に問うこともできずにいたのである。
それが「未来の領主様の性的愛玩具として弄ばれ、媚びへつらって取り入り、親のための利となるように」と育てられていたせいとも知らずに。
過剰な興奮を引き出す子供部屋では明るく、疲れを誤魔化され、だからといって部屋の外に出るだけの体力はなかった。
公爵家でも『あか』は見るが、それが目に入ると気持ちがざわざわと落ち着かなくなるのに、どこにでもいつでも途切れないほどあるというわけではない。
だからこそエリーはその違和感にふたをし、ただ人形のように黙って微笑んでいた。


いつも何かしら興奮して癇癪を起すルエナを落ち着かせようと、公爵夫妻が心を砕き、諦め、せめて「子供扱いをしない」と宣言をするかのように、女児が好みそうな玩具や人形はすべて処分されてしまった。
だからデビュタントにはまだ早い年齢ではあるが、表向きには『行儀見習い』として預かることになった少女に対しても、子供扱いをするつもりもなく迎え入れることにしたのである。

だが、受け入れてみれば少女は娘とはまた違った意味で歪であり、同じ年頃の令嬢とはかけ離れて『無知』であった。

『野菜』という物を知らず、しかし自分の前に置かれた皿に乗っている物がいったい何なのか疑問も警戒心も抱かず、知っていても知らなくても話しかけられる言葉に微笑んで頷く。
心など無いようなまるで陶器の人形ビスク・ドールのような少女に、ただ慣れない場所で緊張しているだけかと思ったが、父や婚約者からまるで『物』のように扱われ育てられてきたことを知り、ディーファン公爵家の者たちは憤った。
公爵夫妻が驚いたことに、娘までもがこの小さな令嬢に対して同情心を抱き、憤慨し、そして大切な者として接する態度を示したことである。
長い間──乳母から女家庭教師ガヴァメントへその小さな手を譲り渡してしまった後からつい数か月前まで──娘の異常な振る舞いに悩み、涙し、心を痛めていた日々が報われたと感じた。

だがそれらを解決に導いたのは、どんなに問題があっても見捨てずずっと『王太子の婚約者』という地位に留め続けた王太子本人でも、距離を置きつつも見守り続けた兄でもなく、かつては少年の見た目で画家の子供として、そして今は可愛らしいピンクブロンドの髪を靡かせた子爵令嬢なのである。



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