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記憶

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様変わりした令嬢たちの私室お披露目はいったん中止し、ディーファン家表庭とは違う家族だけの裏にある夫人ご自慢の庭で、改めてイストフとエリー嬢を持て成すお茶会が開かれた。
シーナとしては今のこの牧歌的シーンをただ眺めるだけというのは、『名も無き画家』としては捨ておけない。
今この時ほど記録媒体が──デジタルカメラやスマートフォンが欲しいと思ったことはないかもしれないが、さすがにそれは叶わず急ぎ持ってきてもらったスケッチブックにラフスケッチを何枚も描き散らす。

先に計画していなかったにも関わらず、さすが公爵家というべきか、略式とは言い難い軽食の数々がセッティングされ、酒はないが数種類の果実水や紅茶、コーヒーまでもが用意されている。
専門の使用人がいるため、こういった交流のために念入りに手入れされ、きちんとセットとなっている食器が豪勢に並んでいて圧巻だ。
「さりげなく公爵家の色が使われているのが凄いな。こういった物は白地に金とか青とか……」
「ふふんっ。そんな成金既製品なんか、ルエナ様に似合わないでしょっ!当然良い物が揃ってるわよ~」
「……お前の手柄じゃねぇから。言っとくけど、王家ウチにもあるから!」
「ああ、セーブルみたいなやつ……あれ、スゴイよねぇ」
うっとりとシーナが目の前の光景を見ながら、さらに脳内で王家の最上の食器類を思い浮かべる。
あれはまだ彼らが誰にも警戒されることのない子供の頃、リオンがアルベールと男装をしていたシーナを引き連れて、王宮の宝物室と同じぐらい厳重な特別食器室に入り込んだ時のことだ。
瑠璃色に金で装飾され、王家の紋が入ったカップやソーサー、ゴブレットに特大、大、中、小と綺麗に飾り並べられた皿たち、シルバーのカラトリーにも瑠璃色と金が纏わされ、別の引き出しには紋章と渕模様が金糸と煌めくラピスラズリのような濃紺の糸で刺繍されたナプキンが大小とあり、信じられないくらい大きなテーブルクロスも然り。
「最上の貴賓室には、金の家具にラピスラズリの装飾があるんだ!」
「マジっ?!見たい、見たい!!」
そう言って食器室を出たところでさすがに大人たちに見つかり、リオン王太子は国王夫妻ではなく教育係からガッツリ怒られ、アルベールは両親から半月ほど公爵家の自室に閉じ込められ、シーナはふたりに会うことを禁止されてしまったのである。
しかしシーナが目に焼き付いて意欲が湧きまくった勢いで描いた王家の食器やカラトリー、そしてそれ以上の装飾模様のスケッチや色付きの紙を父がどうにかして王家に提出し、斬新なアイデアを提供した代償に恩赦をもぎ取ってきてくれた。
おかげで頻度は下がったものの、シーナは何とかリオンやアルベールとの繋がりを保つことができたのは幸いである。
その時ほど前世の自分の才能が、今世にも受け継がれていたことを感謝したことはない。
いや、自分の記憶も消えていなかったことも感謝したが、それが今に繋がっている。


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