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対極

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ふぅ…と溜息をついたのは、父か息子か。
たぶんその意味は違うが、疲れたのは同じようだ。
「座るがよい」
「はい」
先ほどまで老公爵が腰掛けていた椅子を下げさせ、新たな物を侍従に運ばせると、そこに座ることを許可した。
それが先ほどの物より豪奢なのをチラリと見つつ何の気負いもなく腰掛けるのが、もうどうしようもなく「生まれ変わって違う人間なんだ」と自覚するのを理解して、リオンは少しだけ表情を曇らせる。
「……先ほどライ兄上…いや、ティアンが言っていたことだが」
「何のことでしょう?」
従兄から何を聞かされたのか父が探るような目付きで口を開いたが、リオンは穏やかに微笑んで目の前に置かれたカップを上品に持ち上げる。
別に話を逸らしたわけでも、とぼけたわけでもない。
単に言い争う必要がないと思っているだけである。

王太子妃はルエナ・リル・ディーファン公爵令嬢。

リオンにとってはそれだけが事実であり、真実であり、紛れもない運命。
だからそれ以外の意見も、忠告も、そして押し付けも聞く価値はないと思っている。
それがたとえ父であれ、父の従兄であるティアム公爵家の当主であれ──
「我が婚約者は正式な婚姻が成り立つまで、どのような派閥にも属さぬそうです。未来の王妃として、とても望ましい素質だとは思われませんか?」
「む……」
幼い頃から礼儀作法を見習うためにルエナは王宮にあがっていたが、彼女は誰かに特別媚びを売ったり、馴れ馴れしくしようとする者に擦り寄ったりすることもなく、年齢に似合わぬ硬さで誰にも心を開くことはなかった。
そのせいで国王も王妃もルエナの本質を本当に理解し、なおかつ付け入ろうとすることもできなかったのである。
己の両親以上に慕われれば、数代前の王妃輩出ということしか繋がりのないディーファン一族を取り入れることができたのに、それを阻まれた形だ。
「ここまで歴史を重ねてきた王家の血を継いではいますが」
「うむ」
「私は別に公爵家から姫を娶ったり、逆に子孫を高貴なる家々に降嫁させる必要を覚えません」
「……何だと?」
後継ぎであるはずの王太子が血の結束を否定する言葉を溢したのに対し、国王は不機嫌そうに眉を動かした。
「世は変わります。王政は絶対ではないでしょう。しかしそれでも血を残す道はあります」
「王は絶対であるぞ!そしてその道を閉ざすことなきよう、従順なる者に高貴な血を嫁す意味があるのだ」
「いいえ」
思わず声を荒げた父に対し、リオンは静かに反対を告げる──それは、父の知らない世界の『常識』と『歴史』
「いずれ民は声を上げ、力をつけるでしょう。その流れに逆らえば、父上が望まなくとも王家は途絶えるでしょう」
「何…だと……?」
「けれどその血を継承させるのであれば、それは人の理に等しく添わなければ」
「どういう意味だ?」
「人の心ですよ」
どこまでも『高貴な者が持てる役目』でしか自分の存在意義を見いだせない父に、自分の言うことを理解してもらえるとは思えない。

だがやはり言いたかった。

「義務だけの結びつきではなく、心の通った関係を築くべきだと……」
「出ていけ!」
荒々しく動かされた手はテーブルの上のティーセットを悉く払い落としたが、リオンを傷つけようとはしなかった。


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