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不測

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その言葉に逆らうことなく、むしろ進んでリオンは父の私室を出る。
部屋の隅に控えた衣装係の者がオロオロと国王と王太子の顔を交互に見るが、それを気の毒に思う気持ちは湧かなかった。
「……やっぱり、前世まえ今世いまは違うんだな……」
育ってきた環境のせいと言えばそうだろうが、少なくとも『凛音』として生きていたあの頃は多忙な両親に代わって世話をしてくれていた家政婦に感謝の言葉を述べることを忘れなかったし、無視したこともないし、床に落ちて壊れたティーカップを拾わずに部屋を出るなんて罪悪感が半端なかったはずだ。
なのに今は何も感じないし、むしろ床に這いつくばって欠片を掃き集める者たちに同情することもないし、父の手に怪我がないかと飛びつく侍従たちに任せて「死ななきゃいい」としか思えない自分を冷酷だとも思えない。
「まあ……今のおれにはルエナとシーナがいる…あ、後はアルもか」
今の自分が大切だと思う人たちの顔を思い浮かべ、歩きながらフッと笑う。
「光栄なことです」
「あとは……うーん……一応イストフと、エリー嬢と……」
結局退出する時になって合流したアルベールを従え、自分の部屋がある棟へ戻るまでに数え上げるが、やはりそこに使用人の名前は入ってこない。
ちなみに家族である父だけでなく、母や弟は無条件で『大切な者』に含まれるので、『それ以外で』という範疇でのまあまあ近い距離を指している。
「それで……どのような衣装だったのですか?」
「うん?」
微笑むアルベールに訊かれ、リオンは首を傾げた。
父の部屋に呼ばれた理由は『舞踏会に着る衣装合わせ』だったはずなのに、肝心の衣装を見ていなかったと気がついたのである。
「そういえば……父上の部屋にあったトルソーは確かひとつ……もう衣装は決まっていた……?」
王族が着る衣装というものは色遣いやスタイルなどが奇抜に変化することはないが、どんな趣向にするのかという選択の余地は着るはずのリオンに残されており、いつも衣装は複数用意されている。
なのに何故かあの部屋にあったトルソーはたった1つで、しかもご丁寧に布が覆い被らせてあった。
「おかしいですね……私も父上から舞踏会の趣向も、そのために着る衣装というのもすでに打診されましたが……」
「え?!それ、さっき言わなかったじゃん!」
「ええ……思い出したのが先ほどで。殿下が陛下の居室へ参られた後でした」
「そう……なのか」

これもゲーム補正か、逆に制御を離れた未知なるストーリーへと進んでいるのか──

リオンは今のこの流れが記憶にない──つまり、先を読んで婚約者や双子の妹だったヒロインを守ることが難しくなりつつあることに気付いてしまった。


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