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賢者、魔王と再会する。

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黒。

そうとしか言いようがない。

存在そのものが『黒』だ。

顔はわかる。
わかるが──その存在がここからいなくなれば、私たちはきっとその造りを思い出せない。
そういうモノだ。

魔王

「あ、あえ……あ、かれ…彼?が……まおう……?」
「そ、そんな………」
「いったい、いつの間に……いや、何故、ここ、に……」
「ど、ど、ど、どうしましょう?パトリック賢者様ぁ……」
ケヴィンが噛みつつもその正体を確かめるように睨みつけ、ラダはカタカタと歯を鳴らしていた。
デューンは皆を守ろうという位置に動いたが、そこから圧倒されたかのように後退ろうとするのを堪える。
涙目で私の方を仰ぎ見るのはミウだが、何と答えていいかわからずに沈黙するしかなかった。
「ふん……俺がわざわざ『ヒト』のような者に礼を言おうと思って参ったのに、あまりにも無体な態度だな」
「……言われる覚えなぞないが」
「冷たいなぁ。俺とお前の仲ではないか」
何とも誤解されるような物言いをして、魔王は私の方へふらりと近寄ってきた。
さすがに人為らざるモノの人外量の魔力に気圧されて、ミウがズリッと後退るが、それは致し方あるまい。
「……人の娘。俺が怖いか?」
「こっ…こわ、こわ、怖く……」
カタカタと震えながらも虚勢を張るのはさすが勇者パーティーの一員と言えるだろうが、それは他の者も同じである。
私がそうはならないのは単純に『慣れ』であり、彼らとは違って何度も邂逅しているという有利さを持ち合わせているために、嘘でも虚勢を張る必要もないのだ。
「ふふっ……いやぁ、懐かしいな。最近のお前はすっかり生意気になっているが、最初に会った時はあのように……『ヒト』の言葉で言えば『可愛げ』というのだな?アレがあったというのに……」
それぞれの表情で魔王に対峙しているケヴィンたちを見てニヤニヤと笑っているが、こいつは本当に『可愛げ』という意味を分かっているのだろうか。
思わず半眼になってしまったが、無言のまま返事をしない私にまた視線を合わせ、魔王はひと際笑みを深めて突然現れた理由を話し始めた。
「……ここに来るまでに、どうやら俺の領の愚か者どもを片付けてくれたな」
「愚か者?片付けた?」
「ああ……アレらは何故か知らんが、『人間の領を支配すれば、魔王オレに勝てる』と考えたらしい……それは『愚か』だろう?」
何故それが『愚か』という表現に繋がるのかはわからないが、どちらにしても今『勇者』という称号を持つ者が顕現している以上、人間の領に現れたら討伐されて当然だ──という意味であれば、確かに愚かだ。
しかし支配とは──
「俺はたぶん普通の魔族と違って、簡単に境界を越えることが可能だ。他の奴らは何かしら贄を差し出さねばならない。それでも超えることができぬモノが多いのだが……超えられた者は『凄い』となり、さらに帰ってこられるモノは『超越者』とか呼ばれているらしい」
「……ずいぶん、人間・・らしいな」
「アレらはお前たちにずいぶんと憧れでもあるのだろう……魔族領はけっして安寧の地ではない故な」
「お前が平定すればいいだろうに……こちらに関わらず」
「いや、人間の世界は面白くてなぁ!」

朗らかに放たれた魔王のその言葉に、私は思いっきり顔を顰めてしまった。


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