ニコチンを死守せよ

沢麻

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 「ポーク、カツ、スープ」
 「ビーフ、ポーク」
 「シーフード」
 カレー喫茶『しま』の昼時は忙しい。『しま』は大学通りと呼ばれる大学に面した大通りに店を構える。大学通りには企業や予備校、雑居ビルが建ち並び、皆ランチに足を運ぶわけだ。最近特に繁盛していると言える。そのわけは、大学通りのコンビニが続々と灰皿を撤去したからに他ならない。恐らくこの辺りのビルもどんどん禁煙ブームに乗り、煙草を気兼ねなく吸える環境がないのである。『しま』は分煙すらしていない全席喫煙可のスタイルがウケ、客はほとんどが煙草を手にしている。カレーのにおいと煙草のにおいが入り雑じった空間は喫煙者でなければ耐え難いのかもしれない。昼に来て、また三時頃現れコーヒーのみを注文する客もいるし、夕方にコーヒーだけ注文して煙草を立て続けに四本くらい吸って出ていく客もいる。
 俺は分煙する気も禁煙にする気もないわけだが、自治会は実はうるさく言ってくる。看板に喫煙可の文言を堂々と載せるのはどうなのか、とか、分煙するようにと国会で決まったとか。どちらにしろギリギリまで粘るつもりでいる。喫煙所がない今こそがかきいれ時だ。
 店は夜九時で閉める。酒は出さない。なんだかんだで店を出るのは十時になり、いつものように地下鉄に向かったところで「お疲れ様です」と声をかけられた。振り返ると隣のビルに入っている福祉用具レンタル会社の夏夜ちゃんだった。俺は常連の顔はそこそこ覚えるし、カウンターに座ってくれる客とは話もする。夏夜ちゃんはものすごく好みなので完璧に覚えていた。しかしここ最近は足が遠退いていて、寂しく思っていた。
 「今終わったの? なわけないか」
 「いやいや、友達と晩ごはん食べてました」
 「そっかー。最近来てくれないよね」
 「えっ」
 うっかり気にしていたことを言ってしまった。半年前まではランチの度に来ていたのに、そう、ちょうどコンビニが灰皿を撤去し始めたくらいから寄り付かなくなった。夏夜ちゃんも喫煙者のはずなのだが、何故だろうと思っていたところだ。
 「……すいません」
 「いや、ごめんごめん。そんな顔しないでよー久しぶりだったからさぁ、つい」
 夏夜ちゃんは俺の隣まで小走りで追い付き、並んで歩いた。可愛い。足元を見ながら夏夜ちゃんは口を開いた。
 「実は、うちの事業所、従業員の煙草のにおいがきついってクレームが入って……」
 「えっ」
 「それで社長はじめメンバー全員で、プルームテックに変えたんですよ」
 プルームテック。加熱式煙草だ。コンビニの煙草コーナーでめきめきとスペースを広げているのは知っているが、実際どういうものなのかは知らなかった。
 「だから、煙草のにおいのするところに行かないようになっちゃって……ごめんなさい! 島さんのカレーや店の雰囲気はとっても大好きなんですけど」
 「え? 待って、加熱式に変えたからってそれそういう理由発生するの?」
 「だって受動喫煙になるじゃないですか」
 「??」
 これまたおかしなことを言う。自分も煙草を吸っていながら受動喫煙?
 「島さんとこも、きっとそのうち禁煙になりますよね? そしたらまた会社のみんなで行きますよ!」
 「え、待って。俺わかってない。どういうこと??」
 とにかく俺の理解できない現象が起きていて、そのせいで客層が変わりつつあるようだった。夏夜ちゃんが発する言葉は外国語のようで理解不能だが、その意味を把握することは今後の店の方向性を左右するのではないだろうか。
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