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32話 追いかけたその先に

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 孔雀さんはとある交差点でタクシーを停めた。駅から少し離れた場所で人通りもまばらだった。

「車を目撃したってのはこの辺りだ。さっきの妙ちくりんな機械を使ってみるか?」

 監視カメラをハッキングするなんて話、すでに孔雀さんも信じてはないだろう。細かく聞かないでくれるのは非常にありがたい。ナクトを持って僕と瀬織ちゃんはタクシーを降りた。近くの電柱にナクトを当て何度か設定時間を変え見ていると、天助の車が大通りを左折し細い道へと入るところが映った。そしてしばらく進むと車はすぐに右折してナクトの画面から消えた。

「あっちです!」

 瀬織ちゃんが指し示す方へと急いで走る。距離がそれ程ないため、いちいちタクシーに乗り降りするよりその方が早い。いくらアラサーの僕でも女子高生よりは足が速い。先に僕が到着すると、少し遅れて瀬織ちゃんが息を切らしながらやってきた。

「僕が見るよ」

 彼女からナクトを受け取りまた近くの電柱へと当てる。天助の車は百メートル程進んでからまた左折した。後ろから僕らについてきてくれていた孔雀さんのタクシーに再び乗り込む。

「この先百メートル行ったあたりでまた止まってもらえますか?」

 僕がそう言った時だった。車のヘッドライトが照らされ一台の車が後からやって来た。道が狭いため追い越してもらうのは難しい。

「この辺は狭い道が多い。すまねえが車を降りて追跡した方がいいかもしれねぇ」

「じゃあ私が――」

「いや僕が行くよ。瀬織ちゃんはこのまま乗っといて。孔雀さんと連絡取れるようにしときたいから」

「……わかりました」

 瀬織ちゃんは何か言いたげだったが納得してくれたようだ。百メートル程行った所で僕だけがさっとタクシーを降りた。

「じゃあおれ達はこの辺をぐるぐる回ってるから、何かあったら連絡くれ!」

 バタンとドアが閉まり孔雀タクシーが遠ざかっていく。後ろから来ていた車も同じ方向へと走って行った。僕はすぐにナクトを使い追跡を再開する。


 車の行方を見失わないよう、ナクトの時間をたまに戻しながら僕は全力で走った。こんなに走ったのはいつ振りだろうか? 足がパンパンになり、ぜえぜえと呼吸が乱れる。それでもナクトが見せてくれる天助の車を僕はひたすらに追いかけた。

 気が付けばすでに港の近くまで来ていた。風に流され海の匂いがする。やがて天助の車はとある建物の前で停まった。僕は慌ててレックボタンを押した。

 シャッターが開き中から一人の男が出てくる。車内の天助と少し喋った後、車を中へと入れ再びシャッターが降ろされた。その時の時刻を見ると18時7分。もうすでにそこから一時間ほど経っている。僕は急いで瀬織ちゃんに連絡をした。

「場所がわかったよ。テラオカモータースってとこなんだけど――」

 僕がそう伝えると電話の向こうで瀬織ちゃんが孔雀さんとなにやら話していた。短いやりとりが終わり、彼女の声がスマホから聞こえた。

「わかりました。すぐに向かいます」

 そう一言だけ言うと電話は切れた。二人を待つ間、ここの場所を西田くんから警察に伝えてもらおうと電話を掛けたが留守電だった。向こうも立て込んでるのかと思い、一応見つけた場所の詳細だけは留守電に入れておく。


 しばらくすると孔雀タクシーの行灯あんどんが見え、建物から少し離れた場所で車は停車した。

「天助はあの建物に入って行った。男が一人招き入れてたよ」

 僕は後部座席に座りながらテラオカモータースの方を指差した。そしてナクトで録画しておいた映像を二人に見せる。シャッターを開けた人物の顔が映ると、瀬織ちゃんが一時停止を押し顔を画面に近づけた。

「この店の店主で間違いないようですね。これがホームページに載ってました」

 彼女は自分のスマホを僕に見せた。そこにはテラオカモータースのホームページに載っている男の写真。

「寺岡浩二……確かに間違いないね」

「おそらく椋木さんや弟さんと同じ中学じゃないでしょうか? ここに名前が――」

 次に彼女が見せたのは、天助が中学の時にサッカーの全国大会で優勝した際のメンバー表だった。そこには寺岡浩二の名前も載っていた。

「この短時間でよく調べたね……」

「案外ネットだけでもそれなりに調べることはできます。ただメアリーさんを拉致した目的が未だにわかりません。乱暴目的かあるいは……」

 最後の言葉を聞いて思わず顔が歪む。どちらにせよこの状況でメアリーが無事なのかとても不安だ。できれば一刻も早く助けに行きたい。


「気持ちはわかるぜ、あんちゃん。だがさっき無線が入って警察もここに向かってる。おれ達は奴らが逃げないようここで見張ることしかできねぇ」

 僕の気持ちを察したのか孔雀さんが僕にそう言った。ただ僕以上に瀬織ちゃんが不服そうな感じなのは気のせいだろうか。そう思っていると当の本人が口を開いた。

「少しだけ周りの様子を見てきてもいいでしょうか? 絶対に中には入りませんし、なにかあれば大声を出します」

 そう言ってまた例のウルウル攻撃を始めた。孔雀さんは困ったような顔をしながら帽子で頭を掻いた。

「う~ん……じゃあちょっとだけだぞ? あんちゃん、ついて行ってやんな」

 渋々といった感じで孔雀さんはOKを出した。二人で例の建物へと近付いて行く。すると隣を歩いていた瀬織ちゃんが僕に小声で話してきた。

「ナクトの時間をさっき車が入った時間に合わせてください。できればその時の車内の様子が見たいので。このまま店の目の前まで移動しましょう」

 言った傍からまったくこの子は……。きっと孔雀さんも溜息をついているだろう。

 建物は二階建てで住居兼仕事場といった感じだろうか。看板のすぐ上の窓からはカーテン越しに明かりが漏れていた。僕らは周りに注意を払いながら店のシャッターの方へと近付いて行った。そしてナクトを使おうとしたその時だった。

「てめぇ! おとなしくしろこのあま!!」

「放せぇぇぇっ! こんの野郎ぉ!!」

 これはメアリーの声だ! その時体は無意識に動いていた。シャッターに手をかけ目一杯力を込めた。


「きゃあああーーーー!!!」


 上がっていくシャッターの音を掻き消すように、メアリーの悲鳴が僕の耳に突き刺さった。

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