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第一章 北州編
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城主からの戦勝の祝辞も半ば聞き流すと、鄧禹と蓋延は劉秀に派遣され鉅鹿からやってきた使者の報告を聞き始めた。
「いったいなぜそのようなことになったのだ」
「はい、将軍方が銅馬討伐に出撃なさった後、王郎は配下の将、倪宏と劉奉に数万の兵とともに援軍を発するよう命を下したのです」
使者が口にするその内容に、鄧禹と蓋延は思わず息を飲んだ。
銅馬どころの話ではない。ついに当面の敵が本腰を入れて劉秀を討ちに来たのだ。
「詳しく聞きたい」
「はい、お話しいたします」
事はどうやら簡単にすむ話ではないらしい。鄧禹と蓋延はあらためて座りなおした。
王郎の将が数万の大軍をもって攻めてくるとの報告に劉秀はうめいた。
「なぜ今ごろになって」
まさに今更だが、王郎が援軍を出してきたこと自体が意外であった。
常識的に考えれば、配下の城が包囲されたなら援軍を出すのは当たり前である。だが王郎はこれまで味方の城が攻められても援軍を出すことはなかった。劉秀が李育を攻めあぐねていたときも王郎は放置しており、今回の鉅鹿攻撃も包囲はすでにひと月以上が過ぎているのだ。援軍を出さなければ出さないで、出せば出したで相手を混乱させる王郎である。
だがともかくも援軍が来たからには迎え撃たなくてはならない。もし何の対策もせず鉅鹿攻略に固執していれば、彼らに後背を襲われ、同時に鉅鹿から突出してくるだろう王饒の兵に挟撃され、さながら鄧禹と蓋延に潰走させられた清陽の銅馬と同様の惨敗を喫してしまう。しかも今回は銅馬のような農民叛乱軍と違い「正規軍」でもある。いや実質や実態はわからないが、なんにせよ鄧禹や蓋延のような別働隊を派遣してすむ戦力ではない。
「鉅鹿包囲に鄧満を残し、全軍で倪宏と劉奉を撃つ!」
将を一人鉅鹿包囲に残し出撃を阻止しつつ、全軍で迎撃に向かう。急遽召集された軍議の中、劉秀はすべての将軍の前で宣言した。事実、これ以外の方針は存在しない。それだけに将軍たちにも異論はなかったが、一人だけ劉秀へ発言を求めた者がいた。
「なんだ耿将軍」
それは耿純だった。彼もまた北州で、王郎ではなく劉秀へ臣従した数少ない武将の一人である。
彼もほぼ全軍をもって倪宏・劉奉を撃つのに異論があるわけではない。彼が求めたのは劉秀軍の基本戦略の変更だった。
「どういうことだ」
訝しげに問い返してくる主君に、耿純は姿勢を正して昂然と告げた。
「我が軍は倪宏・劉奉の援軍を撃破したのち、鉅鹿攻略へ戻るのではなく、王郎を討つためそのまま邯鄲へ進撃すべきと愚考いたします」
その進言に、劉秀だけでなく軍議に参加していた他の将軍・幕僚たちも驚き、ざわめきを発する。それはそうだろう。こうして鉅鹿を落とすにも四苦八苦している自分たちが、敵の本拠地である邯鄲を攻めたとてうまくいくとも思えない。それどころか本拠地を攻められれば王郎も本気を出して反撃してくるに違いない。攻略どころか敗北・壊滅の憂き目に遭いかねず、そもそも倪宏と劉奉の援軍を撃破すること自体が至難である。
そのような意思を込めたざわめきを、劉秀は片手を上げて抑えると、耿純へ続けるよう無言でうながした。
「まず倪宏と劉奉の援軍ですが、これは鉅鹿を救いに来るものではございますまい」
「ではどこを攻めようというのだ」
「邯鄲を包囲する謝将軍です」
耿純の答えに、劉秀は思わず「あっ」と小さく声をあげそうになってしまった。うかつというべきか、今現在、邯鄲も更始帝の将・謝躬に攻めらている真っ最中なのだ。倪宏たちの本拠地が邯鄲より鉅鹿に近いため、自分たちの方へ来るものだとばかり思いこんでいた。あまりの自分の間抜けさに、劉秀は苦笑を漏らしてしまう。
「そうか、そうであればなぜ今、援軍を発したのかもよくわかるな」
これまでどこを攻められても援軍を出さなかった王郎が、今回、倪・劉の連合軍を発してきたのか。なんのことはない、自分たちを救わせるために出動させたのだ。この一事だけでも王郎陣営の質が伝わってくるようだ。
「しかしなぜ今なのだ」
耿純の説明に得心する劉秀だが、別のいぶかしさも湧いてくる。謝躬が邯鄲を包囲してからずいぶんと時は経つ。なぜ今まで救援を求めなかったのだろうか。
「おそらく初めは自らの力で謝将軍を退けようと考えていたのでしょう。明公と違い、王郎には武名というものがございませぬ。こう申しては何ですが、謝将軍の将器将才の評は芳しいものではなく、王郎も与しやすいと見たのではありますまいか」
「なるほど、勝てば王郎は武名も手に入れ、評判はますます上がり、北州での立場も堅固なものになるか」
「はい。ですが与しやすい相手であるはずだった謝将軍の軍すら退けられず、ついに背に腹は代えられなくなった。そのようなところでありましょう」
耿純の説明は推測の部分も多いが、説得力はあると劉秀は見た。劉秀自身、謝躬のことは多少知っているが、とてものこと名将といえる風はなかった。もちろん「人は見かけによらぬ」ということもあるが、ここまで邯鄲を攻めあぐねているところを見ると、謝躬の将才は世評や劉秀の印象通りと考えるのが妥当だろう。その謝躬を退けられない王郎のそれも、推して知るべしである。
「なるほど。だがいかに目的が邯鄲の救援であっても、倪宏も劉奉も、我らを無視するわけにはゆくまい」
耿純の言に納得する劉秀だが、当面の危機が去ったわけではない。倪宏と劉奉にも、そして自分たちにも、互いと戦わなければならない理由があった。
倪宏たちの理由は、このまま鉅鹿を素通りして邯鄲へ向かえば包囲を解いた劉秀に背後を突かれてしまう。その危険を避けるため。
劉秀たちの理由は、このまま鉅鹿を包囲し続ければ倪宏たちに背後を襲われ壊滅してしまう。その危険を防ぐため。
当然耿純もその危険は理解していた。
「御意にございます。それゆえ倪・劉連合軍を迎撃する基本方針は変わりませぬ。ですが彼の者たちを撃退した場合、援軍の当てがなくなった邯鄲の士気は大いに落ちることでしょう。士気の落ちた邯鄲ならば、我らでも落とすことは不可能ではありませぬ。そこで王郎を滅ぼし、明公が変わって北州を席巻する足掛かりとするのです」
「だが邯鄲はすでに謝将軍が攻略中だ。倪宏たちが敗れたと知れば、そのまま彼らが邯鄲を落としてしまうのではないか」
それでは謝将軍のために花道を開いてやるようなものである。
「はい。ですがこの場合、倪・劉連合軍を明公が破った功績は無視できるものではありませぬ。すべてを謝将軍の手柄とするわけにはいきますまい。また倪・劉を撃退せしめた勢いに任せ邯鄲へ直進すれば、まだ王郎は持ちこたえているやもしれませぬ。であれば、我らが謝将軍に成り代わり、邯鄲を落とすことも充分にありえまする」
それはさすがに虫がいい。劉秀はそう考えたが、おそらくそれは進言した耿純も同様であろう。
とはいえ倪・劉を撃破したあとあらためて鉅鹿を再包囲したとて利が薄いのは確かで、たとえ間に合わなくとも邯鄲攻略に向かう方がいい。そしてもし間に合えば、倪・劉撃破に加え、邯鄲攻略の功も主張できる。
それらもろもろの理由から、劉秀は自軍の新たな方針を決した。倪・劉連合軍を阻止するため、鉅鹿の包囲を解き、北上するのだ。
「よく言ってくれた耿将軍。おぬしの言を我が軍の新たな方針とする。必ずや倪・劉の兵を破り、邯鄲を落とそうぞ!」
高らかに宣言した劉秀に諸将は鬨の声を挙げ、耿純は額を床に押しつけた。
「いったいなぜそのようなことになったのだ」
「はい、将軍方が銅馬討伐に出撃なさった後、王郎は配下の将、倪宏と劉奉に数万の兵とともに援軍を発するよう命を下したのです」
使者が口にするその内容に、鄧禹と蓋延は思わず息を飲んだ。
銅馬どころの話ではない。ついに当面の敵が本腰を入れて劉秀を討ちに来たのだ。
「詳しく聞きたい」
「はい、お話しいたします」
事はどうやら簡単にすむ話ではないらしい。鄧禹と蓋延はあらためて座りなおした。
王郎の将が数万の大軍をもって攻めてくるとの報告に劉秀はうめいた。
「なぜ今ごろになって」
まさに今更だが、王郎が援軍を出してきたこと自体が意外であった。
常識的に考えれば、配下の城が包囲されたなら援軍を出すのは当たり前である。だが王郎はこれまで味方の城が攻められても援軍を出すことはなかった。劉秀が李育を攻めあぐねていたときも王郎は放置しており、今回の鉅鹿攻撃も包囲はすでにひと月以上が過ぎているのだ。援軍を出さなければ出さないで、出せば出したで相手を混乱させる王郎である。
だがともかくも援軍が来たからには迎え撃たなくてはならない。もし何の対策もせず鉅鹿攻略に固執していれば、彼らに後背を襲われ、同時に鉅鹿から突出してくるだろう王饒の兵に挟撃され、さながら鄧禹と蓋延に潰走させられた清陽の銅馬と同様の惨敗を喫してしまう。しかも今回は銅馬のような農民叛乱軍と違い「正規軍」でもある。いや実質や実態はわからないが、なんにせよ鄧禹や蓋延のような別働隊を派遣してすむ戦力ではない。
「鉅鹿包囲に鄧満を残し、全軍で倪宏と劉奉を撃つ!」
将を一人鉅鹿包囲に残し出撃を阻止しつつ、全軍で迎撃に向かう。急遽召集された軍議の中、劉秀はすべての将軍の前で宣言した。事実、これ以外の方針は存在しない。それだけに将軍たちにも異論はなかったが、一人だけ劉秀へ発言を求めた者がいた。
「なんだ耿将軍」
それは耿純だった。彼もまた北州で、王郎ではなく劉秀へ臣従した数少ない武将の一人である。
彼もほぼ全軍をもって倪宏・劉奉を撃つのに異論があるわけではない。彼が求めたのは劉秀軍の基本戦略の変更だった。
「どういうことだ」
訝しげに問い返してくる主君に、耿純は姿勢を正して昂然と告げた。
「我が軍は倪宏・劉奉の援軍を撃破したのち、鉅鹿攻略へ戻るのではなく、王郎を討つためそのまま邯鄲へ進撃すべきと愚考いたします」
その進言に、劉秀だけでなく軍議に参加していた他の将軍・幕僚たちも驚き、ざわめきを発する。それはそうだろう。こうして鉅鹿を落とすにも四苦八苦している自分たちが、敵の本拠地である邯鄲を攻めたとてうまくいくとも思えない。それどころか本拠地を攻められれば王郎も本気を出して反撃してくるに違いない。攻略どころか敗北・壊滅の憂き目に遭いかねず、そもそも倪宏と劉奉の援軍を撃破すること自体が至難である。
そのような意思を込めたざわめきを、劉秀は片手を上げて抑えると、耿純へ続けるよう無言でうながした。
「まず倪宏と劉奉の援軍ですが、これは鉅鹿を救いに来るものではございますまい」
「ではどこを攻めようというのだ」
「邯鄲を包囲する謝将軍です」
耿純の答えに、劉秀は思わず「あっ」と小さく声をあげそうになってしまった。うかつというべきか、今現在、邯鄲も更始帝の将・謝躬に攻めらている真っ最中なのだ。倪宏たちの本拠地が邯鄲より鉅鹿に近いため、自分たちの方へ来るものだとばかり思いこんでいた。あまりの自分の間抜けさに、劉秀は苦笑を漏らしてしまう。
「そうか、そうであればなぜ今、援軍を発したのかもよくわかるな」
これまでどこを攻められても援軍を出さなかった王郎が、今回、倪・劉の連合軍を発してきたのか。なんのことはない、自分たちを救わせるために出動させたのだ。この一事だけでも王郎陣営の質が伝わってくるようだ。
「しかしなぜ今なのだ」
耿純の説明に得心する劉秀だが、別のいぶかしさも湧いてくる。謝躬が邯鄲を包囲してからずいぶんと時は経つ。なぜ今まで救援を求めなかったのだろうか。
「おそらく初めは自らの力で謝将軍を退けようと考えていたのでしょう。明公と違い、王郎には武名というものがございませぬ。こう申しては何ですが、謝将軍の将器将才の評は芳しいものではなく、王郎も与しやすいと見たのではありますまいか」
「なるほど、勝てば王郎は武名も手に入れ、評判はますます上がり、北州での立場も堅固なものになるか」
「はい。ですが与しやすい相手であるはずだった謝将軍の軍すら退けられず、ついに背に腹は代えられなくなった。そのようなところでありましょう」
耿純の説明は推測の部分も多いが、説得力はあると劉秀は見た。劉秀自身、謝躬のことは多少知っているが、とてものこと名将といえる風はなかった。もちろん「人は見かけによらぬ」ということもあるが、ここまで邯鄲を攻めあぐねているところを見ると、謝躬の将才は世評や劉秀の印象通りと考えるのが妥当だろう。その謝躬を退けられない王郎のそれも、推して知るべしである。
「なるほど。だがいかに目的が邯鄲の救援であっても、倪宏も劉奉も、我らを無視するわけにはゆくまい」
耿純の言に納得する劉秀だが、当面の危機が去ったわけではない。倪宏と劉奉にも、そして自分たちにも、互いと戦わなければならない理由があった。
倪宏たちの理由は、このまま鉅鹿を素通りして邯鄲へ向かえば包囲を解いた劉秀に背後を突かれてしまう。その危険を避けるため。
劉秀たちの理由は、このまま鉅鹿を包囲し続ければ倪宏たちに背後を襲われ壊滅してしまう。その危険を防ぐため。
当然耿純もその危険は理解していた。
「御意にございます。それゆえ倪・劉連合軍を迎撃する基本方針は変わりませぬ。ですが彼の者たちを撃退した場合、援軍の当てがなくなった邯鄲の士気は大いに落ちることでしょう。士気の落ちた邯鄲ならば、我らでも落とすことは不可能ではありませぬ。そこで王郎を滅ぼし、明公が変わって北州を席巻する足掛かりとするのです」
「だが邯鄲はすでに謝将軍が攻略中だ。倪宏たちが敗れたと知れば、そのまま彼らが邯鄲を落としてしまうのではないか」
それでは謝将軍のために花道を開いてやるようなものである。
「はい。ですがこの場合、倪・劉連合軍を明公が破った功績は無視できるものではありませぬ。すべてを謝将軍の手柄とするわけにはいきますまい。また倪・劉を撃退せしめた勢いに任せ邯鄲へ直進すれば、まだ王郎は持ちこたえているやもしれませぬ。であれば、我らが謝将軍に成り代わり、邯鄲を落とすことも充分にありえまする」
それはさすがに虫がいい。劉秀はそう考えたが、おそらくそれは進言した耿純も同様であろう。
とはいえ倪・劉を撃破したあとあらためて鉅鹿を再包囲したとて利が薄いのは確かで、たとえ間に合わなくとも邯鄲攻略に向かう方がいい。そしてもし間に合えば、倪・劉撃破に加え、邯鄲攻略の功も主張できる。
それらもろもろの理由から、劉秀は自軍の新たな方針を決した。倪・劉連合軍を阻止するため、鉅鹿の包囲を解き、北上するのだ。
「よく言ってくれた耿将軍。おぬしの言を我が軍の新たな方針とする。必ずや倪・劉の兵を破り、邯鄲を落とそうぞ!」
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