余命の残りを大切な人にくれてやります

きるる

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公爵家へお引っ越し 2

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「寮生活は長かったのですよね?荷物が少ないのはスーラン様自身、物にあまり執着がないのでしょうか」


荷物の少なさが気になったのかドリスがそう聞いてきたので、寮の人やキリウから良く言われていたことに対して同様の返答を返す。


「無いですね。見た目も衣服も食べるものも持ち物も、こだわりというものを持ったことがありません」
「まあ。ではお化粧なども?」
「…どんな種類があるかすらわからず」
「あら。せっかく可愛らしいお顔をされているのに」


可愛らしいなんて言われたことはないしお化粧をすることで、ぼけっとした顔が改善されることなんてあるのだろうか。―――単に今まで周りの話を聞いてなかっただけのスーランである。


「あ、でも世話をされるのは好きです。というよりも昔から大半の興味は薬の精製と魔術にベクトルが向いているみたいで、他は無頓着」
「そうなのですね。スーラン様の綺麗な琥珀色の髪もいつもこのように纏められて?」
「切ろうと思って何年経ちましたかね。もう面倒で伸ばしっぱなしです。切ってもらえるならバッサリとこの辺まで刈って欲しいです」


まるで芝刈りのような言い様でスーランは首あたりまでを手で示す。


「手入れをしていない状態でこれだけの艶を保たれているのでしたら勿体ないですよ。せっかく公爵家にいらっしゃるのですから、私達が綺麗に保ちましょう!」
「あー…艶々なのは友人が作る髪の香油のおかげかな。何でも好きにしてください。基本されるがままで特に何も困ることはないので」


スーランの返答にドリスは目を輝かせながら、ふふと微笑む。


「綺麗な長い御髪を好きにして良いなんてメイド冥利に尽きます」
「好きに弄ってください。仕事や研究に支障がなければどうにでも」
「その研究の成果からスーラン様は素晴らしい薬を開発なさっていると聞いています。もっと誇れば宜しいかと存じますが」


グェンが少しだけ首を傾げながら尋ねる。


「それは買い被り過ぎです。元は自分がこういう薬が欲しいという前提で開発したものばかりで、根本が自分在りきなんです。誰かの為にとか国の為になんて、そんな高尚な考えは一切持ち合わせてません。皆の役に立ったのは偶然の産物ってやつです」


スーランはいつも自分が中心で物事を考えただけであって、そんな風に崇められたら開発し辛くなってしまうではないか。


「そうだとしても、結果皆がその薬によって助かったことは事実です」
「うーん。でも特に何も思いません。そりゃ良かったくらいですかね」


興味ないものには無欲炸裂のスーランの言葉に、グェンとドリスは目を丸くする。栄光も賞賛もスーランにとっては全く必要も興味も無いもので、寧ろあれこれ讃えられてうんざりしてしまうくらい面倒だ。


「スーラン様は無欲でいらっしゃる」
「いやいや、無欲がこんな大胆なことしませんよ。偏りがあるだけで睡眠欲と多少の性欲があるくらい」


露骨な言葉に二人が瞠目するがスーランは見ちゃいない。ドリスに至っては少し頬を染めていた。


「せ、性欲…」
「ああ、すみません。私には配慮って言葉が存在しないようでして。宰相とかに良く注意されるんですけど気をつける前に口から出ちゃうので、そこは華麗に無視するか予想して耳でも塞いでください」




そんな話をしながら、程なくして公爵邸に着いた。
勿論理解はしていたつもりだが、荘厳な造りの巨大とも言えるほどのお屋敷にスーランは驚きはした。しかしまあこれくらい広大な屋敷なら部屋は沢山余っているだろうと安心し興味から外した。

グェンに誘導され馬車を降りると、執事と同じ燕尾服ではあるが色は漆黒で壮年の男性が待っていた。


「スーラン様。お待ちしておりました。私はホークル公爵家、家令のイーガンと申します」


そう言って丁寧にお辞儀をした家令イーガンは、くすんだシルバーの髪を綺麗に撫でつけ年を重ねているのに姿勢はスーランよりも真っ直ぐでお辞儀の角度も完璧だった。


「スーランと申します。今日からお世話になります」


公爵家にもなると執事だけでなく家令も居るのかと思いながらぺこりと最低限のお辞儀しか出来ないスーランだが、スタンスを変えるつもりは微塵もないしそもそも変えられない。


「お疲れでしょう。お茶でも召し上がってください。ご案内致します」


殆ど動いていないし全てやってもらっているので全く以て疲れてなどいないのだが、いちいち言うことないかとスーランは頷きイーガン誘導の元、屋敷へ歩いていった。

玄関が開かれると、数十名の使用人が一斉に頭を下げる光景を目の当たりにし虚ろな眼差しでぺこりと適当に対応する。

応接室に通され、豪華なソファに座りティーワゴンから明らかに高価なティーカップを渡され、何とか平然を装いながら受け取り紅茶をいただいた。芳しい紅茶の香りでスーランの虚ろだった表情は元に戻りつつある。


「お迎えに上がったグェンとドリスから話はざっと聞かせていただきましたが、スーラン様のご要望を改めてお聞かせ願えればと」


イーガンの言葉に、また同じような話をしなければならないのかと失礼にも内心溜息を吐きながら、お茶のお代わりを入れてくれたドリスも会話に混ざり話を進めていく。


その前にとスーランは唯一自分で持ってきた使い古しのカバンから理由は不明だが必ず家令に渡してくれと頼まれていた寮長からの手紙をイーガンに渡す。「拝見致します」と受け取ったイーガンに頷きで返したスーランは、紅茶と共に出されていた菓子を摘み「何これ美味っ」とぼやいていた。

一通り目を通した慇懃無礼な態度を崩さないイーガンの目元が僅かに緩んでいたのでスーランは首を傾げた。


「こんなに大変だったんだと熱く語られているんですかね。私本当に何もできなくてやってもらいっぱなしだったので」
「いえ…皆さん本当にスーラン様のことが大切でお世話をしてくれていたのかと。くれぐれもよろしくと書かれています」
「寮長も皆もマジ良い人。私あそこに居なかったら自堕落過ぎて生きてなかったかもしれません」


本当に運が良かったのだとスーランは改めて思いながら紅茶を一口飲んで「ぁー、喉元に染み渡る」と年寄りくさい発言をしつつ、対して表情は僅かにふわんと綻び嬉しそうだ。そんな姿を見ていたイーガンとドリスが温かい視線を交わしていた。





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