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全部くれてやる 2
しおりを挟むスーランは目を閉じて一度だけゆっくりと深呼吸してしっかりと目を開いた。自分の全ての魔力と技術を駆使して悪辣な呪いに挑む。
バウデンの胸元に蔓延るどす黒い魔力に向かって手を伸ばしバウデンの胸元に当てた瞬間、物凄い勢いで呪いがスーランを襲った。
「っ…!」
思った以上の量と濃さ、そして攻撃力だが想定範囲内ではある。それらをスーランの体内に誘い出し、大きく象った球体の中に次々に送り込んでいく。
球体の中を縦横無尽に荒らし餌の魔力を食い尽くした呪いが出ようとする前に魔力で封鎖させて消滅を図る。
その間にも球体以外の場所に潜り込んだ呪いが器の魔力を減らしていく。それに眉を潜めるもスーランは次の球体を作る作業に移る。この繰り返しだ。
バウデンを見ると、耳飾りの残りの一つが色褪せかかっている。まだ中には手強いのがいるらしい。
スーランはそっちよりこっちの方が美味い魔力があるとでもいうように誘うように魔力を動かして誘い出し、同時に球体を完成させてそこに取り込んでいく。
「装飾品を!」
テゼルの声が聞こえたが、スーランはバウデンの胸元に置いていない方の手で付け替えてと手振りで示す。テゼルが色褪せた耳飾りを変えた時、もう一つの耳飾りも完全に色褪せた。
テゼルは他にもかき集めてきた指輪や腕輪などを次々につけていく。全部付け替え少し経つと、僅かだがバウデンの表情が和らいだ印象を受けて少しだけ安堵した。
対してスーランはもう五回以上の球体を作り、その間にも魔力を食い荒らされていた。バウデンに触れていない手を動かし、キリウが手に乗せてくれた魔力薬を飲み干す。
だが飲んでもすぐに呪いにかき消され舌打ちしたい気持ちになりながらもその分体内の魔力を動かしていく。じわじわと魔力が食い尽くされる悍ましさに呑まれそうになるも気合を入れ息を止めながら痛みを逃し、球体を作り消滅させることに専念する。
徐々にバウデンから流れてくる呪いの数が減ってきてはいるが、暴れまわる呪いと魔力薬を飲み過ぎた反動か、吐きそうな気持ち悪さが襲い、一瞬意識も飛びそうになるが何とか耐え手を差し出し続ける。キリウから「残り五本」と言われ頷く。
すると廊下から走る音が聞こえ、少し息の切れた飾らない王子の声が聞こえた。
「スーラン!コーネインから―――」
「リグリアーノさん、すぐにこちらにください」
「あ、ああ」
新しい魔力薬を飲んでもやはりあっという間に失せてしまうが、一瞬の隙にはなる。
それでも魔力を喰われる方に徐々に押され魔力枯渇手前になった時、ぐらりと頭が揺れ気張るとふわりと耳元が温かくなった。どうやらバウデンから贈られた耳飾りが反応しスーランの身体に彼の魔力が流れ込んできた。
(ああ…本当に心地良い。――――幸せだった、なあ)
時折顔を歪ませながらも、バウデンの魔力を感じたスーランは眉を下げて微笑んで思うことはそれだった。
とても幸せだったのだ。
「王子、ありがと」
それだけ伝えて、スーランはバウデンの魔力と共に弱まってきた呪いにとどめを刺しに行く。
バウデンの魔力を借りて、手先に集中させ魔力を近づけると散らばった間隔で呪いが流れてくる。
そしてついに一つも流れてこなくなった。
再度もう一つの耳飾りから流れてくる魔力を溜めて手に集中させても、何も誘われてこないことを確認し、ゆっくりとバウデンの胸元から手を離した。
そしてバウデンのずっと顰められていた眉が戻っていたことに安堵する。
だが、残りの呪いが最後の悪足掻きのようにスーランの中で暴れ出した。スーランは負けるものかと意地でも声も漏らさないで戦う。バウデンから離した手を胸に当て万が一にもバウデンに戻らないように数歩下がる。
「…スーランさん?」
「…スーラン?なあ、キリウ一体何が…」
キリウの怪訝な声とリグリアーノの戸惑った声。
最後の締めだ。
例え余命が殆ど無くなっても奴らを微塵たりともこの身体に残してやることなんてしない。
ここからは根比べとなる。
暴走する呪いはついに少ない魔力だけでなく器まで攻撃し始めたようだ。ぐっと胃が熱くなるが、スーランは震える手で魔力薬を飲み続ける。
もう何本飲んだだろうかと思った瞬間、胃の中から異様な熱さがこみ上げてスーランはごふりと血を吐いた。
「す、スーランさん!!」
「…拭い、て…もうすぐ終、わる…」
「おい、キリウ!どういうことだ!」
隣から嗚咽と共にハンカチで拭われる。リグリアーノの声にもキリウは泣きじゃくりながら首を横に振っているのを何となく薄暗くなった視界に捉える。
(これで……最後!)
醜悪な呪いの最後の一欠片をスーランはぼろぼろになったであろう器からかき集めた魔力で小さな球体を作りぐしゃっと消滅させた。
ずたぼろの神経を研ぎ澄ませ、中のほんの僅かな魔力を酷使して見ると、もう縦横無尽に暴れていた呪いはどこにも見当たらなかった。
スーランは立膝のまま、…もう立っていることすら感覚もなかった。
それでも。
視界が暗くなる直前に見えたのは。
スーランを抱き締めて眠るような規則的な呼吸をしていたバウデン。
(良かった……なんとかなった―――大切で…だい、すきな、ばう、で、ん)
スーランはそれは幸せそうに微笑んで目を閉じた。
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