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終わらぬ悪夢 3
しおりを挟む「花屋が仕入れてくれていれば、明日からにでも精製開始できるよ」
「本当?もしあったら是非そうしてちょうだい。魔力と体調は問題ない?」
「よっゆー」
エリックがふっと微笑みながらシュナの頭を優しく撫でてくれる。ふわりと頭に乗った大きな手がシュナは殊の外気に入っている。
オネエ言葉なのに格好良くて実際の姿は相当麗しいだろう容貌のエリック。シュナがこの国で穏やかに暮らせている理由の最たる人物が彼である。
約十年前。十五歳の時にシュナは隣国ロンダース国から出奔した。
何処行きかも良く分からずに辻馬車を乗り継ぎ、夜になって着いた所はバロアス国の辺境だった。
そこで夜を明かさなければならず、シュナはその辺の木の陰あたりで休むしかないと彷徨いていると、一人の雄から話しかけられた。
明らかに情欲で濁っている瞳に何を考えているか明白ではあったが、泊まる場所を提供してくれるならとシュナは付いていこうとした時、止めたのが紫紺のローブを目深に被っていたエリックだった。
エリックはシュナの行動があまりに無謀な行いに見えたらしく声をかけざるを得なかったらしい。
その後幼いシュナがたった一人でここに居る理由を聞かれるが何も話さない様子に、エリックはバロアス国で国籍を取るつもりなら成人になる十六歳になってないと親の承諾が必要なことと、事情有りの場合はバロアス国に住む者を後見人として立てる必要があると言われた。
十三歳からまともに学校すら行っていなかったシュナは何も知らずに呆然としていると、エリックから面倒見ても良いがその代わりちゃんと事情を話すことが前提だと言われた。
エリックのオネエ言葉はこの頃から健在だった。
落ち着いた口調と少し渋みのある低音でシュナより一回りは年上だろう彼の素性は分からなかったが、今まで見てきた狡猾な人種の濁った瞳をしていなかった。
色眼鏡をしていたが、それでも濁りのある淀んだ瞳をすぐ近くでずっと見てきたシュナはエリックを信じ出奔した理由を大まかに話した。
だがまだ完全に信用はできなかったので自分の本名は伏せ、出奔した理由に関しては絶対に克服するまで誰にも話さないことを約束させたのだった。
話すシュナをじっと見つめながらエリックは「…まあ、嘘は言っていないようね」と言われたので恐らく人を見る目が肥えているのだろう。
その後彼の馬車に乗り、王都まで移動する間にエリック自身ことを聞いた。
王都の外れで薬屋を営んでいるらしいが、他にも色々と何でも屋のようなことをしているのだとか。
その薬屋の上に空き部屋があるのでそこの一室を使わせてもらうことになった。
その時のシュナは支払うものが殆どなかったので身体が必要かと聞くと、エリックは目を丸くしながら「そんな貧相なものはいらないわね」と言われ思わず笑ってしまった。
シュナに取って身体を提供することは手段の一つ。それだけだ。エリックは「それなら技術身につけてこの薬屋で何か卸してくれた方が全然良いわね」と言われ、もしかしたら言葉遣いから男色なのかとも思ったがそうでもないらしい。
エリックはシュナが一人で生活できるまでは出世払いだと、生活に必要なものを全て用意してくれた。
その間シュナは気持ち悪くてずっと巾着袋に入れていたドレスや装飾品から毟り取ってきた小さな宝石を信用出来ると判断したエリックにほぼ投げつけるように渡す。
その後香油を精製できるようになってからは残りの借りた分を払おうとしても受け取ろうとしなかったのだが、施しを受けることが好きではなかったシュナはゴリ押しして借りたお金を完済した。
今のシュナにとって、エリックは年の離れた頼もしいお兄さんみたいな存在となっていた。
十六歳になり成人となったシュナは無事エリックを後見人として国籍を取ることができた。
そして酒場に行ける年になったので自分のトラウマを克服するべく良い酒場がないかと尋ねると、エリックは何とも言えない表情で「まあ…ある程度安全な酒場でなら好きにすれば」とユニュイスを教えてもらったのだ。
そこでデュークやスーランと出逢い、魔力の使い方や魔術を覚え、今こうしてシュナがまともに生活できるようになったのはエリックが居てくれたからに他ならない。
バロアス国に来て約十年。今ではこの国に骨を埋めたいと思うくらいには国風や大切な人達が居てシュナは今の生活がとても気に入っている。
「じゃあいつもの花屋に行って調達してくる」
「そしていつものお散歩コースかしら」
「あたりーじゃあ行ってくるね」
「はいはい。気をつけてね」
「はーい」
シュナはにこりと微笑み手を振りながら寂れたドアベルを鳴らし出て行った。
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