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香りが傍にあれば 2
しおりを挟むシュナは眉を下げて微笑み、カバンから小さなメモと書くものを取り出しさらさらと書いて渡した。
「これを店主に渡せばお手頃価格で手に入ります。もし気に入ったら今後定価で購入してもらえたら嬉しいです」
「え、でも元の価格より半分って―――」
「ふふ。損して得を取れってやつです。それにちょっとした宣伝をしてしまいましたし、半額でも石鹸よりは金額が高いので。紹介されたとは言え無理はしないでくださいね」
シュナの克服もそうだ。損して――――いつか得が取れることを願って。
小柄な女性はパッと花が綻ぶような笑顔になる。
「ありがとうございます!…シュナさんとおっしゃるのですね」
シュナは頷く。メモの最後に書いてある流れ書きのシュナの名前はそれが本物だという証。これでエリックには伝わるだろう。
「私、イリエと申します。今度特殊部隊様限定ですがランチボックスをタルカル食堂監修で販売する予定なんです。お知り合いに特殊部隊の方が居たら是非宣伝してもらえると嬉しいです」
「…特殊部隊?」
イアンの所属する部隊だ。
「はい。…私の旦那様がそこに所属していて―――――」
ここでチリチリンとドアベルが鳴り、イアンと同じ特殊部隊のダークグレーの軍服を来た背の高い怜悧な恐ろしいほどに整った顔立ちの美丈夫がこちらに向かってきた。
「イリエ」
「あ。私の旦那様です。フェス!」
シュナは辛うじて出さなかったがかなり驚いていた。
イリエに向かってくる彼を実際見るのは初めてではあるのだが、その風貌にとある噂を思い出す。
『正統派クズ』の異名を持ったイアンの相方。
『無感情無関心クズ』の異名を持つ…いや、持っていた人物ではなかろうか。
そしてイリエが旦那様と呼ぶくらいなのだから、今はその異名ではないのだろう。シュナは驚きながらもぺこりとお辞儀だけをしておく。
フェス―――フェリウス・レオダッドはじっと無感情な顔でシュナを見て僅かに首を傾げてから軽くお辞儀をしてきた。
「フェス。王都の端にある薬屋ってわかりますか?」
「薬屋…分かるけど」
「お店の洗髪用のティーツリーの石鹸が売り切れてて。丁度ここでお買い物をされていた、シュナさんって名前なんですけど、彼女がその薬屋さんに髪の香油を卸しているそうで、ティーツリーの香油を買いに行きたいのです」
「イリエの好む香り?」
「はい!フェスも絶対気に入ると思います」
「じゃあこれから行こうか」
そこでフェリウスが後ろから羽織るようにイリエを包み込む仕草にシュナはまたまた驚いてしまう。
イリエは慣れたものなのか、気にせずに「行きたいです!」とにこにこしながら微笑んでいる。
「シュナさん。嬉しい香油の情報をありがとうございます!」
イリエの弾けるような素敵な笑顔にシュナも思わずにこりと微笑む。内心目の前にいる噂の人物のあまりに違う凄い光景に驚きながらも「じゃあ、私はこれで」と洗髪用の石鹸の方へ向かった。
二人は無香料の石鹸を会計に持って移動し始めたのだが。
「…これイアンが使っているやつ」
ふと耳に届いた情報。
「イアンさんご愛用ですか?―――シトラス…柑橘系が好きなんですね」
「前に聞いた」
「そうなんですね」
そんな話をしながら店を出て行った二人にシュナは固まりを解いて、今聞いてしまった柑橘系の洗体用の石鹸を手に取る。
(シトラス…柑橘系では良く使うもの。花なら…フリージアあたりが合うかも)
そんなことを考えながらシュナは無意識に手に取った石鹸を嗅いだ。
(あ…嗅いだことある)
イアンの部屋の石鹸はシンプルなサボンの香りだが、いつかこの香りを嗅いだような記憶があった。恐らく湯を浴びてからシュナに会った日のことだろう。
(会わない日は…この石鹸使ったら、悪夢を…見ないかもしれない)
悪夢は見ても、イアンの使う香りがすれば震えも少しは速く治まるかもしれない。シュナがじっとその石鹸を見てからことんと籠に入れた。
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