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互いの異名返上 3
しおりを挟む「その子はさ、僕と同じように快楽だけを欲する為に雄を転がすような悪女の異名を持ってた。一度しか抱けずに指を咥えていた雄の話を聞いたこともその様子を見たこともあるし。僕の顔にも身分にも性の技巧にすら屈さずに邪険にするんだ」
邪険にしたつもりはない。―――他の雄と同じ扱いをしただけ。
「僕に媚びない、靡かない、事が済んだら直ぐに背を向ける。凄く気になっちゃって。どうにか優勢になりたかったことから始まった」
イアンは頬を撫で続けながら、もう片方の手で背中を優しく擦ってくれる。
「とても強くて何事にも動じない可愛い子。何かに必死に挑んでいて、誰にも助けを求めず自分の力で何とか気張って――――怖い夢を見ても健気に一人で蹲って耐えている子」
シュナが瞠目するのをイアンはほろりと微笑む。
「…もうさ。いつの間にかその子のことばかり考えるようになってて。今じゃ生活や思考の基準が全部その子になっちゃった。出来ることなら遠征も片っ端から断って、彼女がいつ飛び起きても傍に居て助けてあげたい気持ちになるくらい」
イアンの紡ぐ信じられない言葉の数々にシュナは瞬きもせずに見つめる。
「もうどうにもならないくらい、物凄く大切で、ずっと傍にいてあげたくて、僅かにでもその子の助けになってあげたくて―――シュナが愛おしくて仕方ない」
シュナの視界がぶわりと歪む。
「女を厭うようになった過去のことなんてこの時の為にあったのかと思うくらい、僕はいじらしいシュナが可愛くて大事。どうしてもシュナが良い。シュナじゃなきゃ無理。シュナじゃなきゃぐっすり眠れない」
イアンがシュナを見つめる蕩けるような表情。瞬きするごとに視界が鮮明になっては次々に歪んでを繰り返す。
それでも。
壮絶に美麗でとても愛しそうに微笑むイアンの顔が、シュナの過去を知って歪んで蔑む様を見るのが果てしなく恐ろしい。
だけど。
シュナは口を開き、閉じ、また開く。
それを見ていたイアンがそっと人差し指をシュナの唇に当てて首を振ってきた。
「無理して言わなくて良いんだ」
「っ…」
「いつか言える時がきたら聞かせて。明日でも、来月でも、来年でも、何十年後でもずっと待つから」
シュナの目が見開かれる。
「シュナ。僕と番縁、繋ごう?」
ついにシュナは目だけでなく口も開いた。
その顔を見たイアンが眉を下げて可愛くて仕方がないとでも言う風に微笑み、シュナの両頬を包む。
「僕の、僕だけの、たった一人の伴侶になって?」
イアンの包む手にぼたぼたと涙が溢れる。
それを綺麗な指が優しく拭ってくれる。イアンがちょっと誂うような表情で首を傾げた。
「巷でクズの悪名を轟かす二人。そろそろ互いにその異名を返上しようか…世間の為に?」
その言葉に思わずシュナは噴き出してしまった。
「…ふふ。ついに巷を…騒がせていた二人がくっついて…平和に?」
「ふはっ。そうそう、世界平和の為」
イアンはいつもシュナの心を軽くしてくれる。
イアンはいつもシュナが少しでも苦しくないように言葉を重ねてくれる。
シュナは少し深呼吸してからイアンの頬に触れる。
「…きっと…イアンが思っている以上に私の、過去は…汚れてて悍ましい。―――話したい、けど…物凄く怖い。背を、…向けられることが、怖い。でも…信じたい」
「ん。シュナがいつか話しても良いって思った時に話して。今現在恐ろしい犯罪に加担はしていないね?」
少しおどけたように話すイアンにシュナはどんどん心が解されていく。
「ふふ…してたらエリックに既に見捨てられてるよ」
「エリック効果は凄いなー因みに僕もエリックに伝えてあるよ。シュナと番縁繋ぎたいって話してある」
その言葉にシュナが目を丸くする。
「エリックが知っている。多分デュークあたりもね。これが何よりも僕が本気だって証明にならない?」
シュナは何度も頷きながらも頬を流れる涙が止められない。汚れた過去を克服出来ていない弱虫なシュナをイアンは望んでくれる。
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