トラウマ克服の為にクズに徹します

きるる

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三日ぶりにシュナは飛び上がらずにゆっくりと瞼を上げ目を覚ました。

公園で眠ってしまったシュナはその後、抱き締められ頭や額に落ちてくる温かい熱にほうっと溜息を吐き、そのまま悪夢も見ずにぐっすりと眠れた。


起きた時イアンは既に部屋には居らず、テーブルの上にはメモが残っており『お腹空いたから冷蔵庫に残ってた美味しい海鮮の炒め物食べちゃった。ごめんね。そしてご馳走さま。次はチキンかまた海鮮の料理が食べたいなー。三日後に戻るよ』と書かれているのを見て思わず頬が綻んだ。

そしてメモの隣には軍服の下に着ていただろうイアンのシャツが畳まれて置かれていた。

シュナは驚きながらもそれを手に取りそっと顔に押し当てる。僅かな柑橘類の香りと…イアンの匂い。

眠れなくなったシュナの為にわざわざ脱いで置いていってくれたのだろう。

シュナはじわりと涙腺を緩ませながら目を閉じてイアンの香りを堪能した。


(私弱すぎ…でも、今はそんな自分が嫌にならない―――これからはイアンが一緒に居てくれる)


そう思うと今までの重苦しく淀み霞がかっていた気持ちが霧散していくよう。

イアンが言ってくれたこと、約束してくれたことだけで、涙ぐんでも前を見据えようと、向き合ってやろうという気持ちが湧き起こる。


(…弱くなったようで、強くもなっているのかな)


こんな感情になったことがなかったシュナは胸に手を当てながらゆっくりと呼吸しじわりと実感する思いにとても晴れた心地になる。

シュナは一つ頷き、今日一日は精製に精を出そうと軽く頬を叩いてから浴室に向かっていった。

その晩は早速イアンのシャツを抱えて眠り、一度だけ息を切らせながら起きたが、イアンの匂いのするシャツに顔を埋めてゆっくりと暗示をかけながら眠ると、翌朝まで悪夢を見ることはなかった。




翌日、シュナは下の薬屋の寂れたドアベルを鳴らした。


「こんにちはー」
「いらっしゃい」


相変わらず心地良い低音のオネエ言葉で返してくるエリックにシュナは微笑みながら髪の香油をことんと置いていく。


「昨日ちょっと集中して精製したの。ティーツリー二本とイランイラン三本」
「あら、頑張ったのね。――――なるほど、変わるものね」


エリックが瓶を目線に上げレトロな照明で透かせながら呟いた。


「変わる?何かいつもと違う?」
「んーなんていうか、いつも通り透けていて綺麗なんだけど、それ以上に煌めくっていうか、思いがより込められてるっていうか」


エリックが瓶の蓋付近に鼻を近づけすんすんと嗅ぐ。


「…うん。香りも前より伸びやかになった感じ。――――シュナが良い方向に変わろうと進み始めた証拠ね」


その言葉にシュナは目を丸くする。


「…そんなことまでわかるの?」


エリックは微笑みながらゆっくりとシュナの頭に大きな手を置いて撫でてくれる。


「そりゃあんたを十年以上見てるから、何となくはわかる。頑丈に張り巡らされた傷だらけの壁から手を伸ばして、一人だけ中に受け入れた感じ。―――安心した、私の可愛い妹分だもの」


シュナにとっては、勝手に年の離れたお兄さんのように慕っていたが、エリックにとっても同じであってくれたらしい。

シュナは口をもごもごさせ照れながらも綻ぶように口角が自然と緩む。


「…うん。イアンがこんな私でも大事って言ってくれた。色々な感情がごちゃついているけど、今は差し伸べてくれる手をぎゅっと握りたいって思う」
「良いじゃない。それで更にシュナは強くなる。馴染むまでは時間掛かっても結果的には最強になる」
「ハリボテだったものだけど、本物っぽくできるかなー」
「余裕で出来る。あんたの根性は私が認めるから。―――デュークも安心するわね」
「ふふ。いつも酒場で迷惑かけてたからね。…でもあそこに行かなくなったら会えなくなるね」
「あら。私があいつにマスターの仕事だけさせてる訳ないじゃない。意外にこき使ってるし」
「あはは。意外じゃなくて予想通り」


弾けるように笑うシュナにエリックが笑みを深めてくれた。


そして。


「エリック」
「なーに?」
「話したいことがあるの」





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