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イアン 24
今までのシュナなら即座に高く聳え立つ堅牢な壁を作ったのだろう。
だがイアンの為に。
イアンと共に居たいと願い。
イアンと生きる為に頑張るのだと言ってくれている。
壁を作らずにまだイアンの手を掴みたいのだと願ってくれるのだ。
もうイアンの目の前のシュナはぼやけて何も分からない。
美しく艷やかなバターブロンドも神秘的なモスグリーンの瞳も、化粧をしない少し幼気な可愛い顔も全部が歪んでしまい何も見えない。
イアンが滂沱の涙を流しているからだ。
普段からは有り得ないほど頭が働かない中、涙を流したことなんか無かったと気づく。
頬を流れ続ける温かいものは一向に止まることはなく目は熱く視界は歪む一方だ。
それでもイアンは瞬きもせずに涙を流し続けながらシュナを見続ける。
「イ、アンと…一緒に、イアン、とっ…居たいって…っ、っ、望んじゃ、もっ…う、だめ…か、な……?」
イアンの方がシュナと共に居たいのだ。
イアンの方がシュナをもう離せないし離れたくない。
イアンの方が狂おしいほどにシュナを望んでいるのに。
今心を振り乱している番への溢れる気持ちなんてはっきり言ってどうでも良い。
この感情は番があっても無くても変わらないし、イアンの気持ちは微々たるも変わらないし、変えるつもりもない。
デュークがスーランの側に行き何かを渡す。
スーランはシュナの腕の枷を外し掛布に包んだ。
シュナが苦しい苦しいと、悲しい悲しいと、辛い辛いという心の慟哭がイアンの心にこびり付いて離れない。
歩みだそうとするが、イアンの腕を掴むフェリウスの力は緩まない。そしてイアンはそれを振りほどく気力が無い。
なぜなら今の現状をイアンに見られたとシュナが知ったら、何か言う前に彼女は即座に蹲って目を閉じ耳を塞ぎ、全てを遮断するような気がして出来なかったのだ。
シュナはイアンとの未来を、もう僅かにも残っていないかもしれないと思いこんでいる未来に縋ってくれている。
それならばイアンが出来る最善のことは何だ。
誰よりも狡猾で悪知恵の働く己の術を駆使してイアンはシュナをもう一度言い包めなければならない。
スーランは手を翳してシュナの目元を覆い魔術を施す。
シュナはアーロから聞いただろう悪事の数々を疲労困憊の状態でも説明し、媚薬効果の再動についても「よ、よっゆー…自慰でやり過ごして見せる」なんて相変わらずつれないことを言う。
そしてスーランの睡眠魔術によってシュナが眠りに落ちた。
「…来て良いよ」
スーランの声が聞こえフェリウスの手が離れると、直ぐ様イアンはシュナの元に飛んでいった。
幼気な表情ですうすうと眠るイアンの最愛。
いつまでも強く在って、イアンの為にもっと強くなろうとする健気で可愛いイアンの愛しい女の子。
イアンは寝台に腰掛け両手で髪に、頬に触れ額を合わす。
その間もずっと涙は止まらない。
イアンはゆっくりと掛布でシュナを巻き、抱き起こしてぎゅっと抱き締める。
もう片時も離れたくなかった。
「イアン。どうする?」
スーランの静かな声。見上げると、眠そうでないしっかりと開いた藍色の瞳をぶつかる。
「どうするも何も。何も変わらないよ」
「うん。でもシュナはまた大きな傷を負った。それは?」
イアンは首をゆっくり傾げた。
「荒療治。このまま悪夢もトラウマも全部。タイミングは今しかないからね。それと微々たるも勘違いして欲しくないから僕は番消しを飲むよ」
その言葉にスーランの目が丸くなる。
「僕を望んでくれているのに、番絆だってわかったから私を望むんだなんて万が一にも思われたくないからね。そんなもの無くてもそのままだって自信あるから僕は事が落ち着いたら申請に行く」
イアンの言葉にスーランが真意を探るように見つめてから、一つ頷いた。
「克服終わったらすぐに連絡。出来るだけのことはしたけど後遺症がないか一度確認させて」
「わかった。色々ありがとう」
「私の唯一の友人だから当たり前。それと報復の時は必ず呼べ」
そう言われてイアンもようやく思い出す。アーロのことなんて遥か彼方へ放っていた。
イアンが吹き飛ばした糞野郎の方を見ると、白目を剥いて気絶したらしく腕がおかしな方向に曲がりながらその場にしゃがみ込み、辺りは失禁した液体が広がっている。
今腕の中に戻ったシュナを抱き締めているイアンには、先ほどのような激情はもう無い。だが燻る火種はずっとそのままだ。
それでもイアンの今の最優先はシュナだ。
「…フェリウス」
暴走したイアンの代わりにフェリウスがデュークと共に、後から来た工作員達に指示を出していた。
激昂した時にフェリウスに放った言葉はあの時は本気だったが、今となれば間違っていたと当然気付く。
イアンに呼ばれたフェリウスがいつもの無表情で一言だけ言った。
「親友を助けるのは当たり前」
端的な言葉が心に響いてイアンはらしくなく顔を歪める。
「俺もあの時イアンの発破に救われた。彼女を大切に想っているから当然の行動…それに」
フェリウスがアーロに向き蔑んだ冷酷な瞳で睥睨する。
「あそこでお前が仕留めていたら、これはあっという間に楽になるだろう?彼女の何倍も苦しませないと」
その言葉にイアンが目を丸くする。
「だね。エリックも是が非でも参加したいだろうから」
スーランもうむと頷く。
「俺もだ」
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