87 / 129
イアン 24
しおりを挟む今までのシュナなら即座に高く聳え立つ堅牢な壁を作ったのだろう。
だがイアンの為に。
イアンと共に居たいと願い。
イアンと生きる為に頑張るのだと言ってくれている。
壁を作らずにまだイアンの手を掴みたいのだと願ってくれるのだ。
もうイアンの目の前のシュナはぼやけて何も分からない。
美しく艷やかなバターブロンドも神秘的なモスグリーンの瞳も、化粧をしない少し幼気な可愛い顔も全部が歪んでしまい何も見えない。
イアンが滂沱の涙を流しているからだ。
普段からは有り得ないほど頭が働かない中、涙を流したことなんか無かったと気づく。
頬を流れ続ける温かいものは一向に止まることはなく目は熱く視界は歪む一方だ。
それでもイアンは瞬きもせずに涙を流し続けながらシュナを見続ける。
「イ、アンと…一緒に、イアン、とっ…居たいって…っ、っ、望んじゃ、もっ…う、だめ…か、な……?」
イアンの方がシュナと共に居たいのだ。
イアンの方がシュナをもう離せないし離れたくない。
イアンの方が狂おしいほどにシュナを望んでいるのに。
今心を振り乱している番への溢れる気持ちなんてはっきり言ってどうでも良い。
この感情は番があっても無くても変わらないし、イアンの気持ちは微々たるも変わらないし、変えるつもりもない。
デュークがスーランの側に行き何かを渡す。
スーランはシュナの腕の枷を外し掛布に包んだ。
シュナが苦しい苦しいと、悲しい悲しいと、辛い辛いという心の慟哭がイアンの心にこびり付いて離れない。
歩みだそうとするが、イアンの腕を掴むフェリウスの力は緩まない。そしてイアンはそれを振りほどく気力が無い。
なぜなら今の現状をイアンに見られたとシュナが知ったら、何か言う前に彼女は即座に蹲って目を閉じ耳を塞ぎ、全てを遮断するような気がして出来なかったのだ。
シュナはイアンとの未来を、もう僅かにも残っていないかもしれないと思いこんでいる未来に縋ってくれている。
それならばイアンが出来る最善のことは何だ。
誰よりも狡猾で悪知恵の働く己の術を駆使してイアンはシュナをもう一度言い包めなければならない。
スーランは手を翳してシュナの目元を覆い魔術を施す。
シュナはアーロから聞いただろう悪事の数々を疲労困憊の状態でも説明し、媚薬効果の再動についても「よ、よっゆー…自慰でやり過ごして見せる」なんて相変わらずつれないことを言う。
そしてスーランの睡眠魔術によってシュナが眠りに落ちた。
「…来て良いよ」
スーランの声が聞こえフェリウスの手が離れると、直ぐ様イアンはシュナの元に飛んでいった。
幼気な表情ですうすうと眠るイアンの最愛。
いつまでも強く在って、イアンの為にもっと強くなろうとする健気で可愛いイアンの愛しい女の子。
イアンは寝台に腰掛け両手で髪に、頬に触れ額を合わす。
その間もずっと涙は止まらない。
イアンはゆっくりと掛布でシュナを巻き、抱き起こしてぎゅっと抱き締める。
もう片時も離れたくなかった。
「イアン。どうする?」
スーランの静かな声。見上げると、眠そうでないしっかりと開いた藍色の瞳をぶつかる。
「どうするも何も。何も変わらないよ」
「うん。でもシュナはまた大きな傷を負った。それは?」
イアンは首をゆっくり傾げた。
「荒療治。このまま悪夢もトラウマも全部。タイミングは今しかないからね。それと微々たるも勘違いして欲しくないから僕は番消しを飲むよ」
その言葉にスーランの目が丸くなる。
「僕を望んでくれているのに、番絆だってわかったから私を望むんだなんて万が一にも思われたくないからね。そんなもの無くてもそのままだって自信あるから僕は事が落ち着いたら申請に行く」
イアンの言葉にスーランが真意を探るように見つめてから、一つ頷いた。
「克服終わったらすぐに連絡。出来るだけのことはしたけど後遺症がないか一度確認させて」
「わかった。色々ありがとう」
「私の唯一の友人だから当たり前。それと報復の時は必ず呼べ」
そう言われてイアンもようやく思い出す。アーロのことなんて遥か彼方へ放っていた。
イアンが吹き飛ばした糞野郎の方を見ると、白目を剥いて気絶したらしく腕がおかしな方向に曲がりながらその場にしゃがみ込み、辺りは失禁した液体が広がっている。
今腕の中に戻ったシュナを抱き締めているイアンには、先ほどのような激情はもう無い。だが燻る火種はずっとそのままだ。
それでもイアンの今の最優先はシュナだ。
「…フェリウス」
暴走したイアンの代わりにフェリウスがデュークと共に、後から来た工作員達に指示を出していた。
激昂した時にフェリウスに放った言葉はあの時は本気だったが、今となれば間違っていたと当然気付く。
イアンに呼ばれたフェリウスがいつもの無表情で一言だけ言った。
「親友を助けるのは当たり前」
端的な言葉が心に響いてイアンはらしくなく顔を歪める。
「俺もあの時イアンの発破に救われた。彼女を大切に想っているから当然の行動…それに」
フェリウスがアーロに向き蔑んだ冷酷な瞳で睥睨する。
「あそこでお前が仕留めていたら、これはあっという間に楽になるだろう?彼女の何倍も苦しませないと」
その言葉にイアンが目を丸くする。
「だね。エリックも是が非でも参加したいだろうから」
スーランもうむと頷く。
「俺もだ」
141
あなたにおすすめの小説
【完】麗しの桃は攫われる〜狼獣人の番は甘い溺愛に翻弄される〜
こころ ゆい
恋愛
※完結しました!皆様のおかげです!ありがとうございました!
※既に完結しておりますが、番外編②加筆しました!(2025/10/17)
狼獣人、リードネストの番(つがい)として隣国から攫われてきたモモネリア。
突然知らない場所に連れてこられた彼女は、ある事情で生きる気力も失っていた。
だが、リードネストの献身的な愛が、傷付いたモモネリアを包み込み、徐々に二人は心を通わせていく。
そんなとき、二人で訪れた旅先で小さなドワーフ、ローネルに出会う。
共に行くことになったローネルだが、何か秘密があるようで?
自分に向けられる、獣人の深い愛情に翻弄される番を描いた、とろ甘溺愛ラブストーリー。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。
黒騎士団の娼婦
星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
【完結】2番目の番とどうぞお幸せに〜聖女は竜人に溺愛される〜
雨香
恋愛
美しく優しい狼獣人の彼に自分とは違うもう一人の番が現れる。
彼と同じ獣人である彼女は、自ら身を引くと言う。
自ら身を引くと言ってくれた2番目の番に心を砕く狼の彼。
「辛い選択をさせてしまった彼女の最後の願いを叶えてやりたい。彼女は、私との思い出が欲しいそうだ」
異世界に召喚されて狼獣人の番になった主人公の溺愛逆ハーレム風話です。
異世界激甘溺愛ばなしをお楽しみいただければ。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―
喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。
そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。
二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。
最初は手紙も返ってきていたのに、
いつからか音信不通に。
あんなにうっとうしいほど構ってきた男が――
なぜ突然、私を無視するの?
不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、
突然ルイスが帰還した。
ボロボロの身体。
そして隣には――見知らぬ女。
勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、
私の中で何かが壊れた。
混乱、絶望、そして……再起。
すがりつく女は、みっともないだけ。
私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。
「私を簡単に捨てられるとでも?
――君が望んでも、離さない」
呪いを自ら解き放ち、
彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。
すれ違い、誤解、呪い、執着、
そして狂おしいほどの愛――
二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。
過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。
甘い匂いの人間は、極上獰猛な獣たちに奪われる 〜居場所を求めた少女の転移譚〜
具なっしー
恋愛
「誰かを、全力で愛してみたい」
居場所のない、17歳の少女・鳴宮 桃(なるみや もも)。
幼い頃に両親を亡くし、叔父の家で家政婦のような日々を送る彼女は、誰にも言えない孤独を抱えていた。そんな桃が、願いをかけた神社の光に包まれ目覚めたのは、獣人たちが支配する異世界。
そこは、男女比50:1という極端な世界。女性は複数の夫に囲われて贅沢を享受するのが常識だった。
しかし、桃は異世界の女性が持つ傲慢さとは無縁で、控えめなまま。
そして彼女の身体から放たれる**"甘いフェロモン"は、野生の獣人たちにとって極上の獲物**でしかない。
盗賊に囚われかけたところを、美形で無口なホワイトタイガー獣人・ベンに救われた桃。孤独だった少女は、その純粋さゆえに、強く、一途で、そして獰猛な獣人たちに囲われていく――。
※表紙はAIです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる