終わりから始まる恋――冷徹公爵に婚約破棄された令嬢は、愛されすぎて逃げられません!

nacat

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第13話 冷たい視線の主、まさかの再会

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ルディアンでの貿易会議を終えて数日後、リディアは王国方面への短い商用視察を兼ねて北西の街ロゼッタへ向かっていた。  
新しい取引港の候補地であり、王国とも国境を接しているこの街は、彼女にとって中立地のような場所でもあった。  
王都にはまだ戻るつもりはない。だが、王国と本格的に取引をする以上、その管理地を視察しておく必要があったのだ。  

海風を受けながら馬車の窓から外を見る。  
青と緑の入り混じる田園風景が続き、遠くに見えるのは王国旗を掲げた関税塔。  
かつてその旗を誇りに思っていた自分が、今では対等な立場で国と交渉する存在になっている――その事実が、少し可笑しくもあった。  

「支店長、まもなく到着します。」  
同行していたアルバートが声をかける。  
リディアは軽く頷いた。「ありがとう。向こうの港倉庫を確認したあとは商会連合の代表者と会うわ。」  

馬車が止まり、彼女は石造りの街へと降り立った。ロゼッタは王国文化の影響を受けながらも独自の香りを持つ国際色豊かな街だ。  
人々の衣装も言葉も混ざり合い、まるで異なる世界がひとつに溶け合っているように見えた。  

港沿いの倉庫街を歩いていると、向こうから数人の男たちが現れた。  
その中心で静かに指示を出していた人物の姿を見た瞬間、リディアは足を止める。  
――見覚えがある。  

背筋が伸びた立ち姿。  
銀灰色の髪に涼やかな青の瞳。  
彼は王都時代、常に彼女の婚約者であったレオンハルトの側近として仕えていた男――カイン・ハベルトンだ。  
冷静で、レオンハルトとは対照的に感情を見せない人物。だが彼の忠誠心は確かだった。  

カインもすぐに彼女に気づいたのか、手を止めてゆっくりと歩み寄る。  
「……お久しぶりです、リディア様。」  
その呼び方にリディアは眉をわずかに上げた。  
「もう“様”はいらないわ。私は商人よ。」  
「しかしあなたは、公爵家の元婚約者でありながら、この国を支えるほどの商会を率いる方です。呼び捨てにはできません。」  

リディアは小さくため息をついた。  
「相変わらず硬いわね、カイン。あなたがここにいるということは、王国がこの港の管理に関わっているのね。」  
「ええ、公爵家の監督下にあります。……そして閣下も、近いうちに視察に来られる予定です。」  
予想していた言葉だったが、胸の奥がわずかにざわめく。  

「そう……でも私はただの商会代表。公爵閣下にお会いする理由はありません。」  
「しかし、王国と貴商会の正式契約は、閣下の承認があってこそです。」  

冷静に告げられた一言に、リディアは苦笑を浮かべた。  
「因縁ね。結局どこへ行っても、彼とは関わらずにいられない。」  
「運命とは、時に皮肉なものです。」  
カインの声もまた冷ややかだったが、その裏に感情の揺らぎがわずかに感じられた。  

倉庫の案内を受け、リディアは内部を確認する。古い木材の梁が並び、壁にはまだ前の戦争時代の痕跡が残っている。  
それでも場所の利便性は確かだった。ここを王国と共同拠点にできれば、新航路計画は大きく前進する。  

視線を巡らせているうちに、不意に背後からまた声がした。  
「君がここに立つ姿を、もう一度見られるとは思わなかった。」  

リディアの呼吸が止まる。  
声の主――レオンハルト・グランディール本人。  
彼はいつの間にか到着していたらしい。  
白い外套に身を包み、相変わらず整った姿勢で立っている。だが以前の冷たい印象は薄れ、表情は穏やかだった。  

「視察の予定は明日ではありませんでしたか?」  
リディアの問いに、彼は静かに笑う。  
「早めに着いた。それに……どうしても君に一言伝えたくて。」  
「また謝罪なら聞き飽きました。」  
「謝罪ではない。」  
その声には硬さがなかった。  

彼は窓の外の海に目をやりながら続けた。  
「君を王国の敵としてではなく、同じ未来を築くための隣人として見ていると、ようやく言えるようになった。だからありがとう。」  

不意に胸の奥が熱くなる。  
自分がどんなに遠くへ行っても、過去は影のようについてくると思っていた。  
だが今、彼はその影を照らすような言葉をくれる。  

「……遅いのよ、レオンハルト様。」  
「わかっている。」  

短い沈黙が落ちる。倉庫の窓から射す陽光が二人の影を床に落とし、どこか懐かしい光景を生んでいた。  

やがてリディアが小さく息をつき、書類を閉じた。  
「公爵閣下、取引の条件についてご説明します。」  
「閣下と呼ぶのはやめてくれないか。」  
「それではお互いに困ります。」  
わずかに皮肉を交えた笑みに、彼もまた苦笑を返す。  

そこでカインが再び現れた。  
「閣下、次の査察のお時間が。」  
「……わかった。」  
レオンハルトは最後に一度だけリディアを見た。  
「君の進む道を邪魔するつもりはない。だが、もし道が交わるときが来たら、そのときは隣で歩かせてほしい。」  

予想もしなかったその一言に、リディアは答えられなかった。  
けれど、胸の奥で何かが静かに震えた。  

「……考えておきます。」  
その言葉だけを返すと、彼は微笑んで去っていった。  

残されたリディアは、窓の外に広がる航路を見つめる。  
海面には陽光がきらめき、どこまでも道が続いていた。  

アルバートが後ろから声をかける。  
「大丈夫ですか?」  
「ええ。」  
リディアは静かに頷いた。  
「過去の影を恐れていたけれど……いまは、それも私の一部なんだと思えるわ。」  

海の風が髪を揺らし、遠くの鐘が時を告げた。  
再会の波が静かに引いていく。  
その余韻の中で、リディアは新しい決意を胸に刻んだ。  

続く
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