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第9話 妹の陰謀
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王都へ向かう旅路は、終始張りつめた空気に包まれていた。
淡く曇った空の下、アーロンの乗る馬は一定の速さを保ち、リシェルの馬はその少し後ろを静かに進む。
道の両脇には早春の雪がまだ残り、風に混じる冷気が頬に刺さった。
森を抜けるたび、鳥の影が逃げる。誰かに監視されているような、張り詰めた感覚が、二人を覆っていた。
「殿下、この道をそのまま進むのですか?」
「“アーロン”と呼べ。だが、ああ、そうだ。王都まではあと半日。日が傾くまでには到着する」
「……わたくし、胸がざわめくのです」
「不安か?」
「ええ。まるで、城がわたくしを待ち受けているような気がして」
リシェルの心の声は、予感に近かった。長い年月を過ごした城。そこには屈辱と嘲り、そして偽りの笑顔がまだ残っている。
それでも逃げることはできない。
母の死に繋がる“真実”を知るためには、王妃の待つ礼拝堂へ行かねばならない。
その重い決意を胸に、昼を過ぎて馬を進めるころだった。
小さな村を抜けようとしたとき、村の広場に人だかりができているのが見えた。村人たちのざわめきが、風に乗って届く。
「……“裏切りの令嬢”が捕まったんだってさ」
「王太子殿下に刃向かったそうじゃないか」
「とんでもない娘だ、王家に仇なすとは」
言葉を聞いた瞬間、リシェルは息を詰める。
今もなお、噂は王都から遠く離れたこの地にまで届いていたのだ。
アーロンの表情が氷のように冷えた。
「王都が動くのが早い……。兄上が民の口にまで嘘を流させている」
「アーロン……わたくしの存在そのものが、利用されてしまうのですね」
「利用させない。どれだけ兄上が計略を巡らそうと、真の証は母上が握っている」
そのとき、道の先に黒い馬車が見えた。
王家の紋章をつけた立派な車体。
まるでこちらを待っていたかのように、行く手を塞いでいた。
アーロンは手綱を引いて止まり、手を剣にかける。
「止まれ!」と馬車の従者が叫ぶ。
「第二王子殿下にお伝え申し上げます。王太子殿下の命により、この先の路は封鎖されております。戻られませ」
「命令だと?」
「はい。アーロン殿下のご同行の者に、反逆の疑いがあると」
冷えた空気が一気に張る。
アーロンがゆっくりと前に出、低く唸るように言った。
「おまえたちは、俺に剣を向けるつもりか?」
従者たちは視線を交わし、答えない。王太子の命令に逆らえば死罪、しかし目の前にいるのは第二王子。
緊張が張り詰める中、馬車の扉が開いた。
そこから姿を現したのは、薄桃色のドレスに身を包んだミリアだった。
「お姉様……」
その声を聞いた瞬間、リシェルの指先が止まる。
あれほど甘く響いていた妹の声が、今は氷のように冷たい。
「殿下も、一緒でしたのね」
ミリアは微笑んだ。その穏やかさの奥にある企みの光を、リシェルは見逃さなかった。
「何をしに来た、ミリア」
アーロンが冷ややかに問う。
「もちろん、お姉様をお迎えに。王都は今や混乱の渦です。お姉様が殿下を惑わせ逃げ出したという噂が、民の中で広がっていますの。ですから……早く“戻って”いただかないと」
「誰のもとへ戻るというの」
リシェルの声には静かな怒気があった。
「王太子殿下のもとへ、決まっていますわ」
「それがあなたの言う“幸せ”ですか。王家の体裁のために、また誰かを犠牲にすることが」
「犠牲? お姉様こそ、犠牲を求めているのですよ。わたくしと殿下が築こうとする未来を、壊そうとしている」
ミリアの瞳が鋭く光る。
「お姉様がいる限り、誰も本当の平穏を得られません」
「それを言いに来たのなら、無駄よ」
「いいえ、本当の目的は別ですわ」
ミリアは軽やかに微笑んで指を鳴らした。
次の瞬間、周囲の木陰から剣を持った兵が十数人現れた。
アーロンが即座に剣を抜く。
「やはりな……兄上ではなく、おまえが指揮していたか」
「兄上は優しい殿方です。汚れ仕事は、妹のわたくしでなければできませんもの」
その声は甘く澄んでいたが、言葉の刃は鋭かった。
リシェルが馬を前に進め、アーロンの背に並ぶ。
「アーロン、お願い。わたくしのために剣を振るわないで」
「無理だ。君を守るための剣だ」
「血を流しても、わたしたちは同じ場所に戻るだけ。……彼女はわたしの妹なの」
「もはや、君を売ろうとする妹だ」
兵たちが一斉に動く。剣光が走り、金属の音が空気を震わせる。
アーロンの動きには無駄がなく、敵の刃をいなしては反撃に転じる。
その圧倒的な力に兵たちは後退を余儀なくされたが、ミリアは動じない。
「やはり私は正しかった。お姉様を連れ去った殿方は、国を乱すお方なのね」
「黙れ。兄上を唆しているのはお前の方だろう」
「唆す? 違います。殿下はわたくしを愛してくださっている。お姉様がいなければ、すべてはうまくいくのです!」
リシェルの手が震える。
子どものころ、一緒に花を摘み、笑って話した妹の姿が脳裏をよぎった。
その面影は、今や悲しいほど遠い。
「ミリア……どうして、こんなに歪んでしまったの」
「お姉様が、わたくしのすべてを奪ったからよ。殿下の心も、家族の誇りも。いつも周りはお姉様だけを見ていた!」
怒りと嫉妬の叫びが、森に響く。
アーロンが踏み込み、剣の刃をミリアの目前で止めた。
「これ以上、俺の前で彼女を侮辱するな。次は容赦しない」
その威圧に、ミリアの顔が青ざめ、一瞬だけ幼い妹の表情が戻った。
だが、すぐに冷笑で塗り替えられる。
「……だったら、いずれ王家に踏み潰されるといいわ。お姉様も、あなたも、きっと後悔する」
言い終えると彼女は退がり、兵たちに撤退の合図を出した。
馬車が回り、雪煙を上げて遠ざかっていく。
残された静寂の中で、リシェルはその背を見つめた。
頬に冷たい風が吹きつける。
「妹を失うのは……二度目ね」
「君が悪いわけじゃない。彼女が選んだ道だ」
アーロンが近づき、リシェルの肩に手を置いた。
「王城はもう完全に敵地だ。覚悟してくれ」
「ええ。どんな真実が待っていようと、逃げません」
王都の塔の上では、薄紅の夕陽が遠くの雲に滲んでいた。
その光の下で、ミリアは馬車の中から小さな暗号文を取り出した。
それにはたった一行――「礼拝堂は罠である」と書かれていた。
続く
淡く曇った空の下、アーロンの乗る馬は一定の速さを保ち、リシェルの馬はその少し後ろを静かに進む。
道の両脇には早春の雪がまだ残り、風に混じる冷気が頬に刺さった。
森を抜けるたび、鳥の影が逃げる。誰かに監視されているような、張り詰めた感覚が、二人を覆っていた。
「殿下、この道をそのまま進むのですか?」
「“アーロン”と呼べ。だが、ああ、そうだ。王都まではあと半日。日が傾くまでには到着する」
「……わたくし、胸がざわめくのです」
「不安か?」
「ええ。まるで、城がわたくしを待ち受けているような気がして」
リシェルの心の声は、予感に近かった。長い年月を過ごした城。そこには屈辱と嘲り、そして偽りの笑顔がまだ残っている。
それでも逃げることはできない。
母の死に繋がる“真実”を知るためには、王妃の待つ礼拝堂へ行かねばならない。
その重い決意を胸に、昼を過ぎて馬を進めるころだった。
小さな村を抜けようとしたとき、村の広場に人だかりができているのが見えた。村人たちのざわめきが、風に乗って届く。
「……“裏切りの令嬢”が捕まったんだってさ」
「王太子殿下に刃向かったそうじゃないか」
「とんでもない娘だ、王家に仇なすとは」
言葉を聞いた瞬間、リシェルは息を詰める。
今もなお、噂は王都から遠く離れたこの地にまで届いていたのだ。
アーロンの表情が氷のように冷えた。
「王都が動くのが早い……。兄上が民の口にまで嘘を流させている」
「アーロン……わたくしの存在そのものが、利用されてしまうのですね」
「利用させない。どれだけ兄上が計略を巡らそうと、真の証は母上が握っている」
そのとき、道の先に黒い馬車が見えた。
王家の紋章をつけた立派な車体。
まるでこちらを待っていたかのように、行く手を塞いでいた。
アーロンは手綱を引いて止まり、手を剣にかける。
「止まれ!」と馬車の従者が叫ぶ。
「第二王子殿下にお伝え申し上げます。王太子殿下の命により、この先の路は封鎖されております。戻られませ」
「命令だと?」
「はい。アーロン殿下のご同行の者に、反逆の疑いがあると」
冷えた空気が一気に張る。
アーロンがゆっくりと前に出、低く唸るように言った。
「おまえたちは、俺に剣を向けるつもりか?」
従者たちは視線を交わし、答えない。王太子の命令に逆らえば死罪、しかし目の前にいるのは第二王子。
緊張が張り詰める中、馬車の扉が開いた。
そこから姿を現したのは、薄桃色のドレスに身を包んだミリアだった。
「お姉様……」
その声を聞いた瞬間、リシェルの指先が止まる。
あれほど甘く響いていた妹の声が、今は氷のように冷たい。
「殿下も、一緒でしたのね」
ミリアは微笑んだ。その穏やかさの奥にある企みの光を、リシェルは見逃さなかった。
「何をしに来た、ミリア」
アーロンが冷ややかに問う。
「もちろん、お姉様をお迎えに。王都は今や混乱の渦です。お姉様が殿下を惑わせ逃げ出したという噂が、民の中で広がっていますの。ですから……早く“戻って”いただかないと」
「誰のもとへ戻るというの」
リシェルの声には静かな怒気があった。
「王太子殿下のもとへ、決まっていますわ」
「それがあなたの言う“幸せ”ですか。王家の体裁のために、また誰かを犠牲にすることが」
「犠牲? お姉様こそ、犠牲を求めているのですよ。わたくしと殿下が築こうとする未来を、壊そうとしている」
ミリアの瞳が鋭く光る。
「お姉様がいる限り、誰も本当の平穏を得られません」
「それを言いに来たのなら、無駄よ」
「いいえ、本当の目的は別ですわ」
ミリアは軽やかに微笑んで指を鳴らした。
次の瞬間、周囲の木陰から剣を持った兵が十数人現れた。
アーロンが即座に剣を抜く。
「やはりな……兄上ではなく、おまえが指揮していたか」
「兄上は優しい殿方です。汚れ仕事は、妹のわたくしでなければできませんもの」
その声は甘く澄んでいたが、言葉の刃は鋭かった。
リシェルが馬を前に進め、アーロンの背に並ぶ。
「アーロン、お願い。わたくしのために剣を振るわないで」
「無理だ。君を守るための剣だ」
「血を流しても、わたしたちは同じ場所に戻るだけ。……彼女はわたしの妹なの」
「もはや、君を売ろうとする妹だ」
兵たちが一斉に動く。剣光が走り、金属の音が空気を震わせる。
アーロンの動きには無駄がなく、敵の刃をいなしては反撃に転じる。
その圧倒的な力に兵たちは後退を余儀なくされたが、ミリアは動じない。
「やはり私は正しかった。お姉様を連れ去った殿方は、国を乱すお方なのね」
「黙れ。兄上を唆しているのはお前の方だろう」
「唆す? 違います。殿下はわたくしを愛してくださっている。お姉様がいなければ、すべてはうまくいくのです!」
リシェルの手が震える。
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その面影は、今や悲しいほど遠い。
「ミリア……どうして、こんなに歪んでしまったの」
「お姉様が、わたくしのすべてを奪ったからよ。殿下の心も、家族の誇りも。いつも周りはお姉様だけを見ていた!」
怒りと嫉妬の叫びが、森に響く。
アーロンが踏み込み、剣の刃をミリアの目前で止めた。
「これ以上、俺の前で彼女を侮辱するな。次は容赦しない」
その威圧に、ミリアの顔が青ざめ、一瞬だけ幼い妹の表情が戻った。
だが、すぐに冷笑で塗り替えられる。
「……だったら、いずれ王家に踏み潰されるといいわ。お姉様も、あなたも、きっと後悔する」
言い終えると彼女は退がり、兵たちに撤退の合図を出した。
馬車が回り、雪煙を上げて遠ざかっていく。
残された静寂の中で、リシェルはその背を見つめた。
頬に冷たい風が吹きつける。
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アーロンが近づき、リシェルの肩に手を置いた。
「王城はもう完全に敵地だ。覚悟してくれ」
「ええ。どんな真実が待っていようと、逃げません」
王都の塔の上では、薄紅の夕陽が遠くの雲に滲んでいた。
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続く
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