婚約破棄された令嬢ですが、今さら愛されたって遅いですわ。~冷徹宰相殿下の溺愛が止まりません~

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第3話 冷徹宰相殿下の求婚

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宰相邸の朝は静かだった。  
湖面を映す窓から差し込む光が、白い絨毯に淡い影を落としている。  
リリアナは用意された客間で目を覚まし、ゆっくりと身支度を整えた。  
昨夜の出来事が夢ではないことを、指先で確かめるようにドレスの裾を撫でる。  
「ここが、私の新たな戦場ですわね。」  
独り言のように呟き、鏡に映る自分を見つめた。変わらぬ金髪と青い瞳。だがその奥には、昨日までとは違う決意が宿っている。

朝食の席で、セドリックが現れた。  
黒の礼服に身を包み、いつもの無表情。だがその視線は、昨夜とは微かに異なる温かみを帯びていた。  
「おはよう、リリアナ嬢。よく眠れたか。」  
「ええ、殿下のおかげで。快適な一夜でしたわ。」  
侍従が運ぶ朝食はシンプルだが上品だ。焼きたてのパンと新鮮な果実、香り高い紅茶。  
リリアナはナイフを手に取り、静かに食べ始めた。沈黙が心地よい。  

食事が終わると、セドリックは切り出した。  
「今日、王都で動きがある。王太子が正式にルシア・アルメリア嬢との婚約を発表する。」  
リリアナの手が一瞬止まる。だがすぐに微笑を浮かべた。  
「まぁ、早いことですこと。私の席が冷めるうちに、新しいお城を飾るのですね。」  
「公衆の面前でだ。貴族たちが集まる式典でな。」  
セドリックの声は平坦だが、その瞳に嘲りが浮かぶ。  
リリアナは紅茶を傾け、ゆっくりと尋ねた。  
「それが、私に関係あるのですか?」  
「ある。君の名誉を回復する第一歩だ。」  

彼は机の引き出しから、一枚の羊皮紙を取り出した。  
王家の印と共に、宰相府の紋章が押された正式な文書。  
「これを読め。」  
リリアナは受け取り、目を走らせる。そこには、驚くべき言葉が記されていた。  
――ヴァルハイト宰相セドリックより、グランシュタイン公爵令嬢リリアナに対し、婚姻を申し込む。  
「求婚……ですって?」  
声に驚きが混じる。だがセドリックは淡々と続ける。  
「形式的なものだ。君を王太子の追手から守る最善の策だよ。宰相の妻となれば、誰も手出しはできまい。」  

リリアナは文書を置き、彼をじっと見つめた。  
「殿下。私は悪女の烙印を押された身。あなたの高貴な名に傷をつけることになりませんか?」  
「私の名に傷などつかん。むしろ、君のような才色兼備の令嬢が欲しかった。」  
言葉に嘘はない。だがその裏に、政治的な計算が透けて見える。  
リリアナは唇を噛み、考え込んだ。  
王太子の陰謀を暴くためには、力が必要だ。公爵家だけでは足りない。宰相の後ろ盾があれば、勝機が見える。  
「わかりましたわ、殿下。ですが条件があります。」  
「言ってみろ。」  
「これは政略結婚です。愛など求めません。ただ、私の復讐を優先してください。」  
セドリックは小さく笑った。  
「いいだろう。君の復讐が、私の目的と一致する。」  

その日の午後、二人は馬車で王都へ向かった。  
宰相邸からほど近いが、道中は静寂に包まれていた。  
リリアナは窓の外を眺め、心を落ち着ける。  
王都の中心、大聖堂での式典。貴族たちが集う中、王太子の新婚約発表が行われるはずだ。  
「殿下。本当に、私を伴って?」  
「もちろんだ。君を私の婚約者として紹介する。」  
リリアナの心臓が早鐘を打つ。だが顔には出さない。  

大聖堂に着くと、既に人々が溢れていた。  
絢爛な装飾のホールに、色とりどりのドレスが華やぐ。  
王太子エドワードは玉座に近い演壇で、ルシアを隣に立たせていた。  
ルシアの白いドレスが純潔を象徴し、周囲の視線を集めている。  
「皆さん、ご紹介いたします。私の新たな婚約者、ルシア・アルメリア嬢です!」  
エドワードの声が響き、拍手が沸き起こる。  
「純粋で優しい方です。リリアナの過ちを許し、私を支えてくださる天使です。」  
ルシアが涙ぐみ、謙遜する演技。会場は感動の渦だ。  

その時、入口でざわめきが起きた。  
黒のマントを翻し、セドリックが現れたのだ。  
その隣に、金髪を優雅に揺らすリリアナ。  
「宰相殿下が……あの悪女令嬢と?」  
囁きが広がる。セドリックは無視し、堂々と歩を進めた。  
エドワードの顔が強張る。  
「宰相閣下、何用か。」  
セドリックは一礼し、静かに宣言した。  
「本日、我が婚約を発表する。グランシュタイン公爵令嬢リリアナ・グランシュタインを、妻として迎える。」  

会場が凍りついた。  
貴族たちの目が、驚愕に見開かれる。  
ルシアの顔が青ざめ、エドワードの手が震える。  
「な、何だと……?リリアナ、あの悪女を?」  
セドリックは冷たく返す。  
「悪女?愚かな見間違いだ。王太子殿下。彼女は完璧な淑女だよ。」  
リリアナは微笑を崩さず、一礼する。  
「皆様、ご無沙汰しております。宰相殿下のご厚情に与り、新たな道を歩みますわ。」  

混乱の中、貴族の一人が声を上げた。  
「しかし、婚約破棄の直後に……不適切では?」  
セドリックは鋭い視線を向ける。  
「不適切なのは、王太子の浅はかな判断だ。証拠は我が手元にある。いずれ公表する。」  
その言葉に、会場が静まり返る。  
陰謀の気配を感じ取った者たちが、互いの顔を見合わせる。  

エドワードは歯を食いしばり、ルシアの手を強く握った。  
「宰相閣下、これは政略ですか?リリアナに、そんな価値は……」  
リリアナが初めて口を開く。  
「殿下。私に価値がないとおっしゃるなら、なぜ私を陥れたのです?あなたの罪を隠すためでは?」  
静かな声が、ホールに響く。  
ルシアが慌てて割って入る。  
「リ、リリアナ様!誤解ですわ!わたくしはただ……」  
「黙りなさい。」  
セドリックの冷声。ルシアは肩を震わせ、口を閉じた。  

式典は中断され、二人は退出した。  
馬車に戻る途中、リリアナはセドリックに囁く。  
「殿下、あまり攻めすぎると危険ですわ。」  
「危険なのは奴らだ。君を傷つけた代償を、払わせる。」  
その瞳に、氷の奥の炎が揺れる。  
リリアナは初めて、心のどこかが温かくなるのを感じた。  

宰相邸に戻ると、公爵からの手紙が届いていた。  
父の筆跡は力強い。――娘よ、宰相殿下との婚約を祝福する。グランシュタイン家は全力で支える。  
リリアナは微笑み、手紙を胸に当てた。  
「これで、戦いは始まりましたわね。」  

夜、セドリックが執務室で一人、地図を睨む。  
王太子の派閥、ルシアの背後の貴族連合。全てが繋がっている。  
扉をノックする音。リリアナが入室する。  
「殿下、まだお仕事ですの?」  
「終わらんよ。君も休め。」  
彼女はそっと近づき、肩に手を置いた。  
「ありがとうございます、殿下。私、負けませんわ。」  
セドリックは振り返り、珍しく柔らかな笑みを浮かべた。  
「私もだ、リリアナ。」  

湖畔の月が、二人の影を長く伸ばす。  
新たな同盟が、王都の闇に挑む夜だった。  

(続く)
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