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1章
14 シェルツ国の扇②
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あれは学園に入学してすぐの頃だ。
マ マルグリットが開いた夜会なので、レイヴンは出席することになる。
エスコートするのは、当然婚約者であるアリシアだ。
だけど2人で出席しても、2人が一緒に過ごすのはファーストダンスを踊るまで。
その後は別れて、それぞれ同性の貴族と交流をする。
初めて2人が夜会や舞踏会に参加した時から、今でもずっとそうして過ごしている、
あの日もいつもと同じ様にそうして過ごしていると、突然騒ぎが起こった。
ガルシア侯爵家の令嬢、ケンドラがアリシアにぶつかり、その弾みでアリシアの手から扇が落ちた。
そこにエルナンデス伯爵家の令嬢、ルーシーが偶然通りかかって、落ちてきた扇を勢いよく踏みつけた。
「まあ、ルーシー様、アリシア様の大切な扇を踏まれるなんて!」
「大変!扇の骨が折れてしまっていますわ」
アリシアが拾い上げた扇はひしゃげており、遠目でも骨が折れているのがわかった。
ケンドラやその取り巻きに責め立てられ、ルーシーは真っ蒼になって謝っている。
茶番だった。
そもそもルーシーはケンドラの取り巻きの一人なのだ。
ケンドラが偶然アリシアにぶつかり、扇を落としたところに偶々ルーシーが通りかかる。そんな出来過ぎたことがあるはずがない。
それでも偶然を装っている限り謝罪を受け入れるのは当然で、感情的になった方が非難を受ける。
ここで怒っても泣いても、評判を落とすのはアリシアだ。
「大丈夫ですわ。わざとではないのですから。気になさらないで」
アリシアもこれが仕組まれた嫌がらせだと、よくわかっていたはずだ。
扇を手にしたアリシアは、いつもの笑顔を崩さなかったが、その瞳には深い悲しみが浮かんでいた。
アリシアの悲しみを感じ取ったレイヴンは傍へ行こうとした。
だけどレイヴンがそれまで話していた相手は、そんなレイヴンの気持ちを汲み取ることなく、「問題は解決したようですよ」と言って、何事もなかったように話し出した。
それはレイヴンとアリシアの仲が冷淡なものだと理解しているからだ。
レイヴンはやきもきしながらも、相手を遮ることができずに、アリシアの傍へ行くことができなかった。
そうする内に、レオナルドがアリシアに寄り添い、広間から連れ出すのが見えた。
アリシアがこのところよく使っているあの扇は素晴らしいもので、扇面にはルトビア公爵家が王家より初めて拝領したというアシェントの景色が描かれている。
アシェントは今でもルトビア公爵領の中で中心となる地域だ。
その絵柄や色味から最近作られたものではなく、代々受け継がれてきたアンティークの品だと思う。
それが無残にも踏みつぶされたのだ。
アリシアが心配なレイヴンは、話し続ける相手を何とか制して後を追った。
アリシアとレオナルドは用意された休憩室にいた。
アリシアの泣き声が部屋の外まで聞こえてくる。
「酷いわ。お祖母様がくださった大切なものなのに。こんなことをするなんて。酷いわ」
「アリシアは悪くないよ。大丈夫、お祖母様もわかってくださるよ」
お祖母様とは、ルトビア前公爵夫人だろう。
前公爵夫人は少し前に亡くなっている。あの扇は前公爵夫人の形見だったのだ。
この時もレイヴンは、部屋へ入ることができなかった。
ただ、アリシアは泣いていることを他人に知られたくないだろうと思い、他に人が来ないようにと泣き声が治まるまで部屋の外にいた。
その後、先に広間に戻っていたレイヴンは、しばらくして涙の跡を化粧でうまく隠したアリシアが、いつもの笑顔でレオナルドにエスコートされて戻ってくるのを見た。
レイヴンはホッとし、祖母の形見の代わりにはならなくとも、少しでも慰めになるような扇を贈ろうと決めた。
しかしアンティークの品の代用品は難しい。
それならば、せめて今用意できるものの中で最高の物を贈ろうと、レイヴンは調べに調べた。
そしてシェルツ国の扇が良質で人気も高いと知り、シェルツ国の職人に作らせたのだ。
ただ調べるのに時間が掛かったこと、シェルツ国は友好国とはいえ外国あり、更に既製品を買うのではなく新しく作らせたことによって、手元に届いた時には半年が経っていた。
レイヴンはようやく手元に届いた扇を、今度こそ渡そうと学園へ持っていった。
だがその日、アリシアが学園で祖母の形見であるあの扇を、ジェーンに見せていたのだ。
「お兄様が腕のいい職人を見つけてくださったの。昨日ようやく届いたのよ」
あの日無残に折れた骨は金色の継が入り、見事に修復されていた。
絵柄にも金箔が足され、金色の継も含めて元からの絵柄のようだ。
「素晴らしいわ。お祖母様もお喜びになるわ」
そう言って笑うジェーンの父親は、アダム・ルトビア公爵の弟である。
アダムの弟、デミオンは、キャンベル侯爵家に婿入りして侯爵家を継いでいる。
ジェーンとアリシアは従姉妹であり、ルトビア前公爵夫人はジェーンにとっても祖母なのだ。
2人は祖母の扇が見事に修復されて戻ったのを喜び合っていた。
そしてレイヴンは、代用品の扇がいらなくなったことを知ったのだ。
マ マルグリットが開いた夜会なので、レイヴンは出席することになる。
エスコートするのは、当然婚約者であるアリシアだ。
だけど2人で出席しても、2人が一緒に過ごすのはファーストダンスを踊るまで。
その後は別れて、それぞれ同性の貴族と交流をする。
初めて2人が夜会や舞踏会に参加した時から、今でもずっとそうして過ごしている、
あの日もいつもと同じ様にそうして過ごしていると、突然騒ぎが起こった。
ガルシア侯爵家の令嬢、ケンドラがアリシアにぶつかり、その弾みでアリシアの手から扇が落ちた。
そこにエルナンデス伯爵家の令嬢、ルーシーが偶然通りかかって、落ちてきた扇を勢いよく踏みつけた。
「まあ、ルーシー様、アリシア様の大切な扇を踏まれるなんて!」
「大変!扇の骨が折れてしまっていますわ」
アリシアが拾い上げた扇はひしゃげており、遠目でも骨が折れているのがわかった。
ケンドラやその取り巻きに責め立てられ、ルーシーは真っ蒼になって謝っている。
茶番だった。
そもそもルーシーはケンドラの取り巻きの一人なのだ。
ケンドラが偶然アリシアにぶつかり、扇を落としたところに偶々ルーシーが通りかかる。そんな出来過ぎたことがあるはずがない。
それでも偶然を装っている限り謝罪を受け入れるのは当然で、感情的になった方が非難を受ける。
ここで怒っても泣いても、評判を落とすのはアリシアだ。
「大丈夫ですわ。わざとではないのですから。気になさらないで」
アリシアもこれが仕組まれた嫌がらせだと、よくわかっていたはずだ。
扇を手にしたアリシアは、いつもの笑顔を崩さなかったが、その瞳には深い悲しみが浮かんでいた。
アリシアの悲しみを感じ取ったレイヴンは傍へ行こうとした。
だけどレイヴンがそれまで話していた相手は、そんなレイヴンの気持ちを汲み取ることなく、「問題は解決したようですよ」と言って、何事もなかったように話し出した。
それはレイヴンとアリシアの仲が冷淡なものだと理解しているからだ。
レイヴンはやきもきしながらも、相手を遮ることができずに、アリシアの傍へ行くことができなかった。
そうする内に、レオナルドがアリシアに寄り添い、広間から連れ出すのが見えた。
アリシアがこのところよく使っているあの扇は素晴らしいもので、扇面にはルトビア公爵家が王家より初めて拝領したというアシェントの景色が描かれている。
アシェントは今でもルトビア公爵領の中で中心となる地域だ。
その絵柄や色味から最近作られたものではなく、代々受け継がれてきたアンティークの品だと思う。
それが無残にも踏みつぶされたのだ。
アリシアが心配なレイヴンは、話し続ける相手を何とか制して後を追った。
アリシアとレオナルドは用意された休憩室にいた。
アリシアの泣き声が部屋の外まで聞こえてくる。
「酷いわ。お祖母様がくださった大切なものなのに。こんなことをするなんて。酷いわ」
「アリシアは悪くないよ。大丈夫、お祖母様もわかってくださるよ」
お祖母様とは、ルトビア前公爵夫人だろう。
前公爵夫人は少し前に亡くなっている。あの扇は前公爵夫人の形見だったのだ。
この時もレイヴンは、部屋へ入ることができなかった。
ただ、アリシアは泣いていることを他人に知られたくないだろうと思い、他に人が来ないようにと泣き声が治まるまで部屋の外にいた。
その後、先に広間に戻っていたレイヴンは、しばらくして涙の跡を化粧でうまく隠したアリシアが、いつもの笑顔でレオナルドにエスコートされて戻ってくるのを見た。
レイヴンはホッとし、祖母の形見の代わりにはならなくとも、少しでも慰めになるような扇を贈ろうと決めた。
しかしアンティークの品の代用品は難しい。
それならば、せめて今用意できるものの中で最高の物を贈ろうと、レイヴンは調べに調べた。
そしてシェルツ国の扇が良質で人気も高いと知り、シェルツ国の職人に作らせたのだ。
ただ調べるのに時間が掛かったこと、シェルツ国は友好国とはいえ外国あり、更に既製品を買うのではなく新しく作らせたことによって、手元に届いた時には半年が経っていた。
レイヴンはようやく手元に届いた扇を、今度こそ渡そうと学園へ持っていった。
だがその日、アリシアが学園で祖母の形見であるあの扇を、ジェーンに見せていたのだ。
「お兄様が腕のいい職人を見つけてくださったの。昨日ようやく届いたのよ」
あの日無残に折れた骨は金色の継が入り、見事に修復されていた。
絵柄にも金箔が足され、金色の継も含めて元からの絵柄のようだ。
「素晴らしいわ。お祖母様もお喜びになるわ」
そう言って笑うジェーンの父親は、アダム・ルトビア公爵の弟である。
アダムの弟、デミオンは、キャンベル侯爵家に婿入りして侯爵家を継いでいる。
ジェーンとアリシアは従姉妹であり、ルトビア前公爵夫人はジェーンにとっても祖母なのだ。
2人は祖母の扇が見事に修復されて戻ったのを喜び合っていた。
そしてレイヴンは、代用品の扇がいらなくなったことを知ったのだ。
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