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2章
12 学園の思い出②
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学園の中には好意的な者だけではない。
アリシアやレイヴンといつも一緒に行動しているジェーンに向けられる敵意は酷く、過去の失態を持ち出しては嫌味を言われたり、嫌がらせをされたりしていた。
レイヴンの中にジェーンに対する特別な思いはない。
だけどジェーンを悪く言われると、アリシアが傷つく。
アリシアが悲しんだり、嫌な気持ちになるのを防ぎたい。
そう思ったレイヴンは、ジェーンに敵意を向ける者に厳しく対処していた。
だけどこのことで予想外の噂が広がった。
レイヴンが本当に好意を寄せているのはアリシアではなく、ジェーンだというのだ。
アリシアは政略的に決められた婚約者なので丁重に接しているが、あくまでも形式的なものである。
本当に好意を寄せているジェーンには立場上本心を伝えられないかわりに、周りから守ることで気持ちを示しているーー。
この噂を知った時、レイヴンは体が震えた。
こんな噂をアリシアが知ったらどうする。
噂を信じて、僕がジェーンを好きなのだと信じてしまったら。
今すぐに駆けつけて弁解し、本当に好きなのはアリシアだと伝えたかった。
だけどこれまで2人の間にそんな関係は築けていない。
むしろ噂を聞いたアリシアが怒って責めてくれたら弁解ができるのにーー。
そんなことばかりを考えて、結局この時も一歩を踏み出すことができなかった。
悶々としたまま数週間が過ぎる。
当然、噂はアリシアの耳にも入っていた。
レイヴンの婚約者であるアリシアに嫉妬している令嬢もいる。
そんな令嬢が心配しているふりをして、「殿下とジェーン嬢には気をつけた方がよろしいわ」などと忠告しているところを見た。
「ありがとうございます。気をつけますわ」
アリシアはいつもの顔で答えていた。
それを強がりだと思った令嬢はほくそ笑んでいたけれど、レイヴンにはよくわかった。
アリシアはこの噂を聞いても、何とも思っていないのだ。
それはそうだろう。
アリシアは他の男をーーマルセルを想っている。
アリシアがマルセルに特別な表情やしぐさを見せたことはない。
レイヴンと接する時といつも同じだ。
それでも視線がマルセルを追っている。
きっとアリシア自身もそのことに気がついていない。
気がついているのは、アリシアをよく見ているレイヴンとジェーンだけだろう。
婚約者ではない、別の相手を想っているのはレイヴンではなくアリシアなのだ。
そのことに気がづいた時、レイヴンは教室の中で叫び出しそうになるのを必死で堪えた。
本当はアリシアに「マルセルを見るな!」と叫び、マルセルには「アリシアの視界に入るな!」と喚きたかったが、そんな真似をできるはずがない。
どこで聞いてきたのか、王宮でレオナルドから密かに「アリシアが婚約解消を望んだ時は何としてでもアリシアの望みを叶えてみせます」と言われた時は、気がついたら叫んでいた。
「婚約解消なんて絶対にしない!アリシアが好きだ。僕は絶対にアリシアと結婚する。他の男になんて絶対に渡さない!」
レオナルドは驚いてレイヴンを見ていたが、やがて嘆息した。
「なぜそれをアリシアに言わないのです?それはアリシアにこそ言うべきことでしょう」
その通りだった。
だけどこれまでアリシアとは本音で話したことがないのだ。
他の男を想っているアリシアに、今更「好きだ」などと言えるわけがない。
幸いアリシアがその想いを成就させようとすることはなく、卒業するまで他に気がついた者はいなかった。
そしてレイヴンはアリシアと結婚した。
「レイヴン様?」
先ほどまで楽しそうにアリシアの髪で遊んでいたレイヴンが、急に難しい顔をして黙り込んだ。
気がつけば顔色が悪く、アリシアを抱いている体も震えているようだ。
「レイヴン様?どうされました?!」
「待って。離れないで」
慌てて膝から降りようとするアリシアをレイヴンは抱き締める。
記憶の底に押し込んでいた学生時代を思い出してしまったのだ。
レイヴンにとって学生時代は辛い時間の方が長かった。
アリシアがマルセルを想っているのを傍で感じながら、それでも近くにいたいという気持ちを抑えることができずに、卒業するまで4人で共に過ごした。
「アリシア、僕を抱き締めて…」
これまでのいたずらのような「お願い」とは違う切実なものを感じてアリシアは戸惑った。
だけど青ざめて震えるレイヴンをこのままにはできない。
「レイヴン様、一度離していただけますか?このままの態勢ではちょっと…」
アリシアはレイヴンの膝に乗せられ、横抱きの状態で抱き締められているのだ。
レイヴンが青い顔のまま少し笑うと腕を離す。
アリシアは立ち上がると、レイヴンの頭を胸に抱き寄せた。さらさらの金髪が指の間からこぼれる。
レイヴンはアリシアの背中に腕をまわしてぎゅっと抱き締めてきた。
まるで縋りつかれているようだ。
胸に顔を埋めて震えるレイヴンの頭や背中を宥める様に撫でながら、アリシアは胸がきゅっとするのを感じた。
これは母性本能のようなものなのだろうか。
初めて感じるおかしな感情にアリシアは戸惑った。
アリシアやレイヴンといつも一緒に行動しているジェーンに向けられる敵意は酷く、過去の失態を持ち出しては嫌味を言われたり、嫌がらせをされたりしていた。
レイヴンの中にジェーンに対する特別な思いはない。
だけどジェーンを悪く言われると、アリシアが傷つく。
アリシアが悲しんだり、嫌な気持ちになるのを防ぎたい。
そう思ったレイヴンは、ジェーンに敵意を向ける者に厳しく対処していた。
だけどこのことで予想外の噂が広がった。
レイヴンが本当に好意を寄せているのはアリシアではなく、ジェーンだというのだ。
アリシアは政略的に決められた婚約者なので丁重に接しているが、あくまでも形式的なものである。
本当に好意を寄せているジェーンには立場上本心を伝えられないかわりに、周りから守ることで気持ちを示しているーー。
この噂を知った時、レイヴンは体が震えた。
こんな噂をアリシアが知ったらどうする。
噂を信じて、僕がジェーンを好きなのだと信じてしまったら。
今すぐに駆けつけて弁解し、本当に好きなのはアリシアだと伝えたかった。
だけどこれまで2人の間にそんな関係は築けていない。
むしろ噂を聞いたアリシアが怒って責めてくれたら弁解ができるのにーー。
そんなことばかりを考えて、結局この時も一歩を踏み出すことができなかった。
悶々としたまま数週間が過ぎる。
当然、噂はアリシアの耳にも入っていた。
レイヴンの婚約者であるアリシアに嫉妬している令嬢もいる。
そんな令嬢が心配しているふりをして、「殿下とジェーン嬢には気をつけた方がよろしいわ」などと忠告しているところを見た。
「ありがとうございます。気をつけますわ」
アリシアはいつもの顔で答えていた。
それを強がりだと思った令嬢はほくそ笑んでいたけれど、レイヴンにはよくわかった。
アリシアはこの噂を聞いても、何とも思っていないのだ。
それはそうだろう。
アリシアは他の男をーーマルセルを想っている。
アリシアがマルセルに特別な表情やしぐさを見せたことはない。
レイヴンと接する時といつも同じだ。
それでも視線がマルセルを追っている。
きっとアリシア自身もそのことに気がついていない。
気がついているのは、アリシアをよく見ているレイヴンとジェーンだけだろう。
婚約者ではない、別の相手を想っているのはレイヴンではなくアリシアなのだ。
そのことに気がづいた時、レイヴンは教室の中で叫び出しそうになるのを必死で堪えた。
本当はアリシアに「マルセルを見るな!」と叫び、マルセルには「アリシアの視界に入るな!」と喚きたかったが、そんな真似をできるはずがない。
どこで聞いてきたのか、王宮でレオナルドから密かに「アリシアが婚約解消を望んだ時は何としてでもアリシアの望みを叶えてみせます」と言われた時は、気がついたら叫んでいた。
「婚約解消なんて絶対にしない!アリシアが好きだ。僕は絶対にアリシアと結婚する。他の男になんて絶対に渡さない!」
レオナルドは驚いてレイヴンを見ていたが、やがて嘆息した。
「なぜそれをアリシアに言わないのです?それはアリシアにこそ言うべきことでしょう」
その通りだった。
だけどこれまでアリシアとは本音で話したことがないのだ。
他の男を想っているアリシアに、今更「好きだ」などと言えるわけがない。
幸いアリシアがその想いを成就させようとすることはなく、卒業するまで他に気がついた者はいなかった。
そしてレイヴンはアリシアと結婚した。
「レイヴン様?」
先ほどまで楽しそうにアリシアの髪で遊んでいたレイヴンが、急に難しい顔をして黙り込んだ。
気がつけば顔色が悪く、アリシアを抱いている体も震えているようだ。
「レイヴン様?どうされました?!」
「待って。離れないで」
慌てて膝から降りようとするアリシアをレイヴンは抱き締める。
記憶の底に押し込んでいた学生時代を思い出してしまったのだ。
レイヴンにとって学生時代は辛い時間の方が長かった。
アリシアがマルセルを想っているのを傍で感じながら、それでも近くにいたいという気持ちを抑えることができずに、卒業するまで4人で共に過ごした。
「アリシア、僕を抱き締めて…」
これまでのいたずらのような「お願い」とは違う切実なものを感じてアリシアは戸惑った。
だけど青ざめて震えるレイヴンをこのままにはできない。
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まるで縋りつかれているようだ。
胸に顔を埋めて震えるレイヴンの頭や背中を宥める様に撫でながら、アリシアは胸がきゅっとするのを感じた。
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