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2章
49 侯爵家の過去②
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その女性をジェーンは知らない。
何を考えて暮らしていたのか、知ることはできない。
ジェーンが知っているのはこの家であった事実だけだ。
「その女性はお祖父様のことを愛しておられたのか、それともお金の為だったのか…。お祖父様は毎月お手当てを渡していて、女性はそれを実家の家族へ送っていたそうです。そんな生活を何年も送っている内に、お祖母様が女性を不憫に思われて、せめて年末年始休暇の間は実家に帰らせたらどうかと提案されました。侯爵家の馬車の使用許可も出したそうですわ。女性は地元で噂になるからと馬車は辞退されましたが、休暇を実家の家族の元で過ごすことにしたそうです。そうしてまた数年が経ち、ある時の年末年始に実家へ戻っていた女性から手紙が届いて、それきりこちらには戻ってきませんでした。お祖父様も呼び戻そうとすることはなく、そのまま手切れ金を送ってその女性とはおしまいになったといいます」
ジェーンはふうっと息を吐いた。
「お父様やアンジュ殿もそのようにしてくださったら良かったのに」
サンドラはそんな両親を見て育ち、貴族の夫婦がどんなものなのか理解していた。
デミオンが当主として、夫としての義務を怠らず節度を守っていれば、ジェーンが生まれた後あの家にアンジュを囲ったとしても受け入れたはずだ。
だけどデミオンは結婚当初から「本当に愛しているのはアンジュだ」と言って憚らず、サンドラはこの家のことを教えなかった。
結局デミオンはアンジュに自分で用意した家を与え、通うようになった。そしてとうとう帰って来なくなってしまった。
あの家が本来の使われ方をすることはなくなり、サンドラはこのエリアを子ども達の遊び場として供することにした。
ジェーンはこの庭園で花の栽培を始め、ここは子どもたちの憩いの場所になっていった。
サンドラは息を引き取る直前まで、今後もあの家が本来の使われ方をされないようにと願っていた。
だからジェーンは、ジョッシュにこのエリアのことを教えないつもりだ。
「アンジュがこの家だけで満足できるはずがないわ。絶対に無理よ。侯爵邸で好き勝手しているエミリーも、絶対無理だと思うわ」
アリシアが不快感を露わにして言い捨てた。
あの家に侯爵邸のような使用人はいない。ハンナがお世話をすると言っても、日中少し手伝うだけだ。
自分で料理や洗濯、掃除をして、偶に訪れる旦那様を待つ。
収入源は、旦那様からのお手当てだけである。
侯爵家で贅沢に慣れ、我儘三昧をしてきたエミリーにそんな生活が送れるはずがない。
「確かに、エミリーではなく私がこの家に追いやられそうね」
苦笑したジェーンに全員がぎょっとした。
夫がジョッシュでは有り得そうで恐ろしい。
絶対に知られてはならないと、全員が心の中で誓った。
「…でもまあ、離宮と同じかもしれないわね」
アリシアがぽつりと呟いた。
「ジョッシュ殿やエミリーに領主の仕事はできないもの。彼らにそんな能力はないわ。一族の集まりに呼ばれるのもジェーンだし、本邸を奪われたとしてもジェーンが侯爵家の女主人であることは間違いないわ」
「…離宮というのは?」
「王宮の敷地に離宮があるでしょう?そこに移ったとしても王太子妃として公務を行うのは私だもの。いえ、やっぱり駄目ね。侯爵家の正当な血筋はジェーンだもの。ジェーンが本邸から追い出されるなんて絶対に駄目よ。私とは違うわね」
「…ちょっと待って。アリシアが離宮に移るつもりなのか?」
「そんなこともあるかもしれない、ということですわ」
ただの「もしも話」なのだとアリシアは笑う。
レイヴンがアリシアをじっと見ていた。
何を考えて暮らしていたのか、知ることはできない。
ジェーンが知っているのはこの家であった事実だけだ。
「その女性はお祖父様のことを愛しておられたのか、それともお金の為だったのか…。お祖父様は毎月お手当てを渡していて、女性はそれを実家の家族へ送っていたそうです。そんな生活を何年も送っている内に、お祖母様が女性を不憫に思われて、せめて年末年始休暇の間は実家に帰らせたらどうかと提案されました。侯爵家の馬車の使用許可も出したそうですわ。女性は地元で噂になるからと馬車は辞退されましたが、休暇を実家の家族の元で過ごすことにしたそうです。そうしてまた数年が経ち、ある時の年末年始に実家へ戻っていた女性から手紙が届いて、それきりこちらには戻ってきませんでした。お祖父様も呼び戻そうとすることはなく、そのまま手切れ金を送ってその女性とはおしまいになったといいます」
ジェーンはふうっと息を吐いた。
「お父様やアンジュ殿もそのようにしてくださったら良かったのに」
サンドラはそんな両親を見て育ち、貴族の夫婦がどんなものなのか理解していた。
デミオンが当主として、夫としての義務を怠らず節度を守っていれば、ジェーンが生まれた後あの家にアンジュを囲ったとしても受け入れたはずだ。
だけどデミオンは結婚当初から「本当に愛しているのはアンジュだ」と言って憚らず、サンドラはこの家のことを教えなかった。
結局デミオンはアンジュに自分で用意した家を与え、通うようになった。そしてとうとう帰って来なくなってしまった。
あの家が本来の使われ方をすることはなくなり、サンドラはこのエリアを子ども達の遊び場として供することにした。
ジェーンはこの庭園で花の栽培を始め、ここは子どもたちの憩いの場所になっていった。
サンドラは息を引き取る直前まで、今後もあの家が本来の使われ方をされないようにと願っていた。
だからジェーンは、ジョッシュにこのエリアのことを教えないつもりだ。
「アンジュがこの家だけで満足できるはずがないわ。絶対に無理よ。侯爵邸で好き勝手しているエミリーも、絶対無理だと思うわ」
アリシアが不快感を露わにして言い捨てた。
あの家に侯爵邸のような使用人はいない。ハンナがお世話をすると言っても、日中少し手伝うだけだ。
自分で料理や洗濯、掃除をして、偶に訪れる旦那様を待つ。
収入源は、旦那様からのお手当てだけである。
侯爵家で贅沢に慣れ、我儘三昧をしてきたエミリーにそんな生活が送れるはずがない。
「確かに、エミリーではなく私がこの家に追いやられそうね」
苦笑したジェーンに全員がぎょっとした。
夫がジョッシュでは有り得そうで恐ろしい。
絶対に知られてはならないと、全員が心の中で誓った。
「…でもまあ、離宮と同じかもしれないわね」
アリシアがぽつりと呟いた。
「ジョッシュ殿やエミリーに領主の仕事はできないもの。彼らにそんな能力はないわ。一族の集まりに呼ばれるのもジェーンだし、本邸を奪われたとしてもジェーンが侯爵家の女主人であることは間違いないわ」
「…離宮というのは?」
「王宮の敷地に離宮があるでしょう?そこに移ったとしても王太子妃として公務を行うのは私だもの。いえ、やっぱり駄目ね。侯爵家の正当な血筋はジェーンだもの。ジェーンが本邸から追い出されるなんて絶対に駄目よ。私とは違うわね」
「…ちょっと待って。アリシアが離宮に移るつもりなのか?」
「そんなこともあるかもしれない、ということですわ」
ただの「もしも話」なのだとアリシアは笑う。
レイヴンがアリシアをじっと見ていた。
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