【本編完結】幸福のかたち【R18】

2章

65 アリシアの秘密④

　クレールが呼んだ医師がジェーンを診ている間に、アリシアには考えなければならないことがあった。
　
　アリシアは混乱していた。
　
　このことをアダムやレオナルドが知ればどうなるだろうか。
　アンジュがジェーンを殴っていた時は、ジェーンの意志を尊重して事件は闇に葬られた。
　それはジェーンが侯爵位を受け継ぐためだ。
　ジェーンが結婚するまでデミオンには侯爵でいてもらわなければならない。

　だがアリシアが怪我をさせられたとなると、どうだろうか。

　アダムやレオナルドは、アリシアを可愛がってくれている。溺愛されているといってもいい。

　アリシアが怪我をしたと知れば、2人は怒り狂うだろう。ジェーンの為にデミオンを見逃してくれるだろうか？
　それになによりアリシアはレイヴンの婚約者だ。未来の王太子妃である。

　こんなことが公になれば王家は侯爵家を許さないだろう。
　アリシアやジェーンの意志など関係なく、デミオンは投獄されて領地は召し上げられ、爵位は剥奪される。
　アリシアが国王に泣いて嘆願すれば、少しの領地と男爵位くらいは残してくれるかもしれない。
　それがジェーンの遠縁の男に渡る。ジェーンの元には何も残らない。
　
　ああ、だけどジェーンは？
　
　アンジュはジェーンを素手で殴っていた。
　それでも繰り返し執拗に殴られたせいで、あんなに痣だらけになっていた。それが今回は鞭である。

　皮膚は引き裂かれ、ほとんど全身から流血している。意識もない。
　このままここに置いていたら、今度こそ殺されてしまうかもしれない。
　公爵邸に連れて帰るのが一番だろう。
　でもそうしたらアダムやレオナルドに知られてしまう。

　ああ、そうしたら侯爵位は？
　ここまで耐えてきたのに、これで侯爵位を失くしてしまう。

　ここにはアリシアしかいない。
　アリシアが決めるしかない。
　
　レオナルドに相談もできず、ジェーンの意志を確認することもできない。

　みんなに知らせるのか、知らせないのか。
　侯爵位を諦めるのか、諦めないのか。

　こんな重い決断を1人でしなければならない。

　混乱しているアリシアの足元では、デミオンが這いつくばって許しを乞うていた。
　内密にするよう懇願しているのだ。

　流石のデミオンも、アリシアを傷つけたことの意味を分かっていた。
　アダムが決して許さないことも、次期王太子妃を傷つけたことで王家より厳罰が下されるだろうことも理解している。
　だからこそなりふり構わず這いつくばって許しを乞い、内密にするよう懇願するのだ。

　そこにジェーンへの謝罪やジェーンへしたことへの罪悪感はない。
　デミオンを見ていると反吐が出そうだ。

　こんな男の為に！！
　アリシアの中で怒りが膨れ上がる。

　そうしてアリシアは決めた。




「だけど、アリシアが怪我をしたなら公爵邸の者が気づかないはずがない。アリシアがどれだけ隠しても、侍女たちが気づいたはずだ」

　レオナルドの声が震えている。
　公爵令嬢のアリシアが1人で着替えることはない。着替えも入浴も必ず世話をする侍女がいる。
　それにアリシアが破れたドレスで帰宅したりしたら、それだけで大騒ぎになるはずだ。
　
　アリシアは首を振った。

「公爵邸でこのことを知っているのは侍女のマリアンだけです。彼女にだけ打ち明けて、協力を頼みました」

　


　足元に這いつくばるデミオンに、アリシアはきつく言い渡した。

　このまま医師を邸に泊り込ませてジェーンが回復するまで治療をさせること。
　そして二度と、今度こそ絶対に、ジェーンに暴力を振るわないこと。

　これを破ったらこのことをアダムや王家に報告し、必ず厳罰に処させてやると言えば、デミオンはジェーンが治るまで治療を受けさせ、二度と暴力を振るわないと泣きながら誓った。

　アリシアはそれを信じてマリアンに使いを出した。
　ドレスを汚してしまったから着替えを一式持って迎えに来てーーと。